戦略及び大戦略の基本的事項と相違点


戦略及び大戦略の基本的事項(序文)


前回までは第一次、第二次世界大戦における間接アプローチ戦略の実際の運用方法について学んだ。本稿では、リデルハートの「戦略論-間接アプローチ」の第4部を学習することで、間接アプローチ理論の本質について学ぶことを目的とする。

戦略と大戦略の相違点

まず、「戦略」という言葉の意味について学んでみよう。戦略という言葉はビジネスシーンや日常生活でもよく使用される言葉であるが、英語ではstrategyとなり、日本語では長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法という意味合いで用いられる (goo辞書より)。 一方、クラウゼヴィッツは「戦争論」において、戦略を「戦争の目的を達成するための手段として、諸戦闘を用いる術。言い換えれば、戦争の計画を形成し、戦争を構成する数個のキャンペーン(一連の密接に関連する戦闘)の取るべき予定のコースを描き上げ、そしてそれぞれのキャンペーンの取るべき予定のコースを描き上げ、そしてそれぞれのキャンペーン中において戦われるべき諸戦闘を規制するものである (戦略論-間接アプローチ)」として定義している。

まず、戦争というものには目的がある。例えば、太平洋戦争において、アメリカと戦争をした日本の戦争目的の1つは間違いなく「自存自衛」であった。1937年7月、北京の盧溝橋で起きた発砲事件を契機に、日中戦争という戦争状態に突入し、泥沼状態に陥っていた日本軍はアメリカ、イギリスからの対蒋介石への援助ルートを断ち切るために、南部仏印に進駐した。日本軍のこの行動に対して、即座にアメリカのルーズベルト大統領は在米日本資産の完全凍結と石油輸出全面禁止という強行措置に出たために、資源のない日本は、対米戦争を決意し、東南アジアにおける南方資源の確保と継続した日本本土への資源の運搬及びアメリカとの早期和解を実現しなければならなかった。これが太平洋戦争を決意した日本国の最重要の目的の1つだった。つまり戦争目的とは政治において決定されるべきものであることがわかる。しかし、クラウゼヴィッツは、戦争の目的を軍事指導者が決定すべきかのように戦略を定義している。(少なくともそのように見える。) この点に関して、リデルハートはクラウゼヴィッツの戦略の定義について、戦略そのものが、政策の分野すなわち戦争を遂行すべき最高の分野に冒し入っていることが誤りであると指摘している。もともとこの分野は必然的に政府の責任に属するべきものであり、軍人に責任を負わせるべきではないと言及している。

また、クラウゼヴィッツの戦略の定義の欠陥として、戦争目的を達成する手段を諸戦闘に限定していまっていることが挙げられる。(少なくともそのように誤解される書き方である。)この戦争の目的と諸戦闘という手段が混合した結果として、「戦争においては一個の決定的戦闘に対して、他のあらゆる考慮を従属させるべきである」という考えに至るクラウゼヴィッツの信奉者を増加させ、第一次世界大戦の大被害を招いたのだとリデルハートは指摘する。

一方で、ドイツのモルトケは、「戦略」の定義をクラウゼヴィッツよりも明確かつ賢明に述べている。政治が軍事部面に干渉することを可能にするため、モルトケは戦略の定義を「見通し得る目的の達成のために、一将帥にその処分を委任されたところの諸手段の実際的運用」であると規定した。これによって、軍司令官の責任は、その委任された作戦域内において、分与された兵力を戦争政策の利益に対し最も有利に適用することに限定される。よって、戦争は政府の政策に基づいて制限されることになるので、クラウゼビッツのように、必ずしも戦略は敵の軍事力の覆滅の要望をその単一目的すべきものではないということになるのだ。

以上を踏まえた上で、リデルハートは戦略を次のように簡潔に定義している。「戦略とは、政略上の諸目的を達成するために軍事的手段を分散し、適用する術である。」リデルハートにとって、戦略とはあくまで、軍事指導者が責任を負うべき範囲で限定されるべきで、戦略を制限する戦争目的は政治の政策に分野において決定されるべきものである。次に、リデルハートは戦略の高次元の存在として、大戦略というものを定義している。大戦略とはある戦争のための政治目的を達成に向かって調整し、かつ指向することことであり、軍事分野の戦略をより高次元から限定すべきものである。よって、大戦略とは軍隊を維持するために、国家の経済資源及び人的資源を計量し、開発すること、国民の意欲を高揚させること、各軍隊間及び軍・産業間における資源の配分を決定することなどがあり、以上の例から、戦略は大戦略の目的を達成する手段の1つにしか過ぎないということがわかる。

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