戦略と戦略的行動


戦略(軍事的な純戦略) について


以上のように、戦略と大戦略の定義を踏まえた上で、戦略(軍事的な純戦略) について考えてみよう。まず、戦略とは軍事的手段を利用して、政略上の目的を達成にすることにある。よって、政略上の目的が何であれ、戦争している当事者が軍事力を使用する事で、自己の目的を達成するために考える事は「相手の抵抗の可能性を消滅させること」と言い換えることができるだろう。戦略はこの目的を達成するために、「運動」及び「奇襲」の要素を利用する。リデルハートは運動と奇襲を次のように定義している。

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運動:物質的分野に属し、時間・地勢・輸送力という諸条件についての計算に依拠するもの

奇襲:心理的分野に属し、物質的分野よりもはるかに困難な計算であるところの、それぞれの場合により変化して敵の意志にも影響を与えると考えられる多種多様の諸条件の計算に依拠するもの
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ここで、戦略の目的「相手の抵抗の可能性を消滅させること」について考えてみよう。戦略の目的がこのように定義された場合、敵の武装兵力の破砕のみが戦争における堅実な目的であると考えるクラウゼヴィッツの思想もリデルハートが定義する戦略の目的の一部を構成するに過ぎないことがわかる。敵の武装兵力を破砕することによって、相手の抵抗可能性を消滅させることは可能であるが、逆に相手の抵抗可能性を消滅させるために、敵の武装兵力を破砕することのみが最も有用であると限らないからだ。逆にそのような固定的な観念に囚われることで大失敗した史実が日本にも存在する。大日本帝国海軍の艦隊決戦主義がそれである。太平洋戦争は空母の時代であり、より端的に言えば、航空機の時代であったにも関わらず、海軍内の官僚的硬直性から艦隊決戦主義を見直すことができなかった大日本帝国海軍が、本国を滅亡させたことは歴史の教訓として我々は記憶に留めておかなければいけない。一方で「相手の抵抗の可能性を消滅させること」に重点をおいて、正面突破を避けることで、少ない犠牲で多大な功績を与えた史実も存在する。第二次世界大戦におけるドイツ軍の対フランス戦略プラン(マンシュタインプラン)は前回のコラムでも紹介したので、是非今一度ご確認頂きたいと思う。この戦争は世界の戦略の歴史において、最も驚異的で劇的であった戦いとして数えることができる。



-フランス侵攻作戦-
秘匿名称「ケース・イェロー」

1940年、ドイツ軍はグーデリアンのセダンにおける奇襲的中央突破に引き続いて、アミアンに入り、アッペヴィルを越えて海岸に到達し、ベルギーにある連合軍の交通線を遮断することに成功した。これによって、欧州大陸における連合軍の全面的崩壊を確実にしたのである。本作戦において、ドイツは6万人の死傷という少ない犠牲で、100万人の捕虜を獲得する事に成功したのだから、敵の破砕は必ずしも事態の決着や戦争目的の達成のために不可欠なものでないことが証明された。「軍事的手段が大戦略の目的にとって諸手段のうちの1つの手段に過ぎないのと全く同様に、戦闘は戦略の目的にとって諸手段のうちの1つであるに過ぎない。戦闘に訴えることが適している状況においてはそうすれば通常最も迅速に効果をおさめる事ができるが、状況がそれに適していない場合に戦闘手段に訴えることは稚拙である。」とリデルハートは指摘する。グデーリアンによるセダンにおける奇襲的中央突破によって、戦略の目的は「相手の抵抗の可能性を消滅させること」であることは証明されたが、「相手の抵抗の可能性を消滅させること」とは一体どのような状態になることを意味するのだろうか? 将棋で言う所の"詰んだ状態"になれば、相手の王将を取らなくても相手の敗北は決定する。つまり、これは味方が敵軍よりも、有利な戦略的状況に位置した事を意味する。そのような状況になるためには、相手を撹乱させることが重要となってくる。「撹乱の結果として敵の崩壊又は戦闘における敵破砕の容易化が起こるであろう。敵の崩壊のためには一部において、戦闘手段を必要とするかも知れないが、しかしそれは戦闘の性格を持つということではない。」とリデルハートは指摘する。つまり、戦略の目的は相手を"撹乱すること"にあると言い換えることができる。


戦略における行動について

それでは、どうすれば相手を撹乱させることができるのであろうか?

「物質的分野又は兵站的分野においては(a)敵の配備を混乱させ、敵に正面の急遽変更を強制することによって敵兵力の配備及び組織を撹乱し、(b)敵兵力を分断し (c)敵の補給を危機に陥れ、(d)敵がその必要に応じて撤退して基地又は本国内に地歩を占めるために利用し得る路線を脅威するという運動の結果としてこの戦略的撹乱が生み出される。(戦略論-間接アプローチ)」

撹乱はこれらの数個の諸効果のうちの1つによっても生み出されるかもしれないが、数個の諸効果の結果として生み出される方がずっと多いとリデルハートは指摘する。先ほど言及したグデーリアンによるセダンへの奇襲的中央突破は、(a)-(d)における全ての条件を満たしていたのだから、英仏軍がどれほど混乱状態に陥ったのかということは想像に難くないであろう。そのような物理的効果を敵軍に与え続けた結果として、敵軍が不意に不利な状態に陥れられたと認識して、相手のこの行動に対して、対抗できないと感じた場合、その印象は強烈なものとなり、物理的な効果が敵軍を心理的に撹乱させることになる。これとは逆に敵の正面に対して、直進的に運動する行動は敵の心的状態及び行動をどのように変化させるかというと、「敵の正面に対して、直進する運動は敵の物理的及び心理的バランスを固めさせるものであり、固めさせることは敵が抵抗力を強化する事である。(略)この方式では、その最大限においても敵に対してショックを与えるというよりもむしろ緊張を課するものである。(戦略論-間接アプローチ)」

先の第一次世界大戦で、西部戦線は塹壕戦に突入する事で、多大な被害を生む結果となったが、これは敵の正面に対して、単に直進する行動でしかなかった。それでは、敵の正面を迂回して、敵の背後の周りこみさえすれば、相手を撹乱させることができるので、多大な戦果を得ることはできるのではないのかというと、その背後に回り込む行動自身が、直接的に指向されている場合(相手の予測通りの行動)、簡単に敵は配備戦線を変更する事ができるので、その結果、その行動は敵の正面に対する直接的アプローチにしかなり得ないのである。

よって、撹乱攻撃を成功させるためには、牽制と定義される行動が必要とされる。第二次世界大戦における西部戦線において、ドイツ軍(A軍)はアルデンヌを通過して連合軍の背後回り込むことを企画・実行したが、本作戦が成功したのはB軍集団が、ベルギー、オランダへの正面攻撃を行い、十分にイギリス、フランス軍を引きつけていたからである。間接アプローチを成功させる重要な要素として、この牽制と呼ばれる行動は重要になってくるが、この牽制の目的についてリデルハートは、「牽制の目的は、敵から行動の自由を奪うことであり、そしてこれは物理的及び心理的な両分野において実施すべきことである。物理的分野においては、牽制は敵の兵力の拡散又は敵の中の無益な目的への逸脱を生起させるべきであり、その結果、敵はその兵力を過広に分散するとともに至る所に突っ込みすぎるため、自らの決定的に企画していた運動に出る事が出来なくなってしまうのである。(戦略論-間接アプローチ)」と指摘している。またリデルハートは戦略の柔軟性を確保するためにも、主要な作戦と予備の作戦を常に切り替えるように作戦をそれに沿った形で進めなければならないことも強調している。

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