第一次世界大戦の複素解析

戦略融合の記念コラム


重要関連核武装戦略と水素船プロジェクトの融合 参照

多くの漁民の怒りは地方の政治家を揺れ動かし、歴史を作る人々の融合を成功させました。日本国内において、密かに弁務級クリルタイが開催されました。今年と来年から日本でも時代が急速に動きます。この動きは、明治維新を凌駕するでしょう。
歴史が人を動かし、人が歴史を動かす

第一次世界大戦の特異点の続き

第一次世界大戦と間接アプローチ戦略(2)

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出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
次に、第一次世界大戦においてリデルハートが取り上げた間接アプローチ戦略の2つ目の事例をご紹介したいと思うが、その前に私から読書の皆様に1つ次のような質問をさせていただこう。「なぜ、ドイツを中心とする同盟国は、英仏を中心とする連合国に敗北したのか?」ドイツの軍港キールで水兵の反乱が起こったからだというのは大学の入試試験で合格点をもらえても、歴史の真実に迫るという点では、残念ながらとても満点を与えることはできない。なぜなら、なぜ、キールで水兵が反乱するような事件が起こったのかということを一度考えなければいけないからだ。ドイツが敗戦したのは、4年に渡る大戦によって、経済が疲弊しきっていたからではないのかという解答もあるかと思うが、それでは逆に英仏を中心とする連合国は全く疲弊していなかったのかという新たな疑問が浮かび上がる。第一次世界大戦において、消費された大砲の弾丸だけでも、イギリス3億発、ドイツとフランスで2億以上にのぼり、両者とも戦時経済は相当なまでに圧迫されていたことは間違いない。(ちなみに、日露戦争で、日本が売った大砲の弾丸は200万発だったという。)そこで、「なぜ、ドイツを中心とする同盟国は、英仏を中心とする連合国に敗北したのか?」という質問に対して、リデルハートは次のように著書の中で回答をしている。

ドイツの降伏の諸々の原因のうちで、海上封鎖が最も基本的な原因であると考えられる。もしも革命が起こらなかったとすれば、ドイツの軍隊は確固として自国の国防を防衛することができたのではないかという設問に対しては、海上封鎖の存在が最も確実な解答を与えてくれる。そのわけは、たとえドイツ国民が、自らの国土の防衛という明瞭な目的の下に、最大の努力を捧げるために立ち上がったとすれば、連合軍を寄せ付けない事は可能であろうが、それはただ敗戦を延期するだけにに過ぎなかったであろう。その理由は、ドイツ国民は、英国の伝統的武器-海軍力-の把握の下にあったからである。(略)「戦争の真の目的は敵側支配層の心にあり、その軍隊という身体に当たるものにあるのではない。勝利と敗北の間のバランスは心理的印象のほうに傾くものであり、物理的打撃についてはそれが間接的であった場合にのみ、そのほうへ傾くものである」(略) 捕虜、銃砲、及び土地などの損害以上にルーデンフルフの精神を動揺させたのは、奇襲を受けたという衝撃であり、自分は敵側の潜在的戦略運動に対抗し得る力がないと感じたその感じ方である。(略) ドイツ国民の半飢餓状態がドイツの「銃後戦争」の最後的崩壊の生起に果たした直接的効果を過小評価する史家は一人もいないであろう。「戦略論」p206等:リデルハート

ドイツが第一次世界大戦に敗北した原因に対するリデルハートの考察を要約すると、ドイツはイギリス海軍による「海上封鎖」という間接的アプローチにより、食料が輸入できないため飢餓状態に陥り、結果、その精神的な圧迫により、ドイツ水兵が戦争に勝利することに対して絶望し、反乱を起こした。そして、その後起こった革命によりドイツは敗北に至ったというのである。このドイツ軍に対する「海上封鎖」こそが、リデルハートが第一次世界大戦の事例で取り上げる間接アプローチ戦略の2つ目の事例である。1915年に5月7日にイギリス客船ルシタにア号がドイツのUボートにより放たれた魚雷によって沈没した事件(ルシタニア号事件)は、アメリカ国内の世論を対独戦争へ傾ける事になったことになったということは日本の歴史の教科書でも説明されている。

このドイツの潜水艦作戦は一般的に「無制限潜水艦作戦」と呼ばれ、ドイツ軍が如何に非人道的であったかということの代名詞として、いまだによく取り上げられるのだが、なぜドイツがこのような潜水艦作戦をとらなければいけなかったというと、北海がイギリス艦隊によって、封鎖され、海外からの物資の補給が断たれたことによって、ドイツ国内が食料や軍事物資が不足による飢餓状態に陥ったからだ。よって、ドイツはイギリスへの報復作戦のために、潜水艦によって敵国・中立国を問わず軍需物資を積んだ船舶を無警告で撃沈する作戦に出たのである。これによって、ドイツは英米仏間の海上輸送を封鎖することができた。しかし、ルシタニア号事件に対する国際的な非難の結果、ドイツは「無制限潜水艦作戦」を中止していたが、その2年後に再びこの作戦を開始することになる。再び、この「無制限潜水艦作戦」を行えば、アメリカが参戦してくるかもしれないという状況の中で、苦渋の選択肢として、作戦再開の決断をした裏側には、1916年5月、デンマークのユトランド半島沖で、イギリス海軍の海上封鎖に苦しめられていたドイツ軍が、その封鎖体制の打開のために、イギリス海軍との海戦を行ったが勝てなかったという原因があった。(ユトランド沖海戦) 交戦の結果は物別れに終わったが、ドイツ海軍はイギリス海軍に勝てなかったので、その封鎖体制を破ることができなかったのである。戦争を継続するためには、ドイツは鉄鉱石を確保しなければいけない。ドイツにとって、この鉄鉱石の輸入国が北欧のスウェーデンだが、冬季にスウェーデンの鉄鉱石積み出し港が凍結してしまうので、鉄鉱石を自国に運搬するためには、ノルウェーのナルヴィク港経由でしかドイツに輸出することができなかった。よって、北海がイギリス海軍によって、制海権を抑えられている間は、ドイツは戦争継続に必要な鉄鉱石を、逐次安全にドイツに持って来る事ができなかったのでる。

そして、次にこのドイツ軍による潜水艦作戦の再開によって、どのくらい、イギリスの戦時経済が追いつめられていたのか、以下のような記載がある。

船舶の喪失は1917年に2月に、50万トンであったのが、4月には87万5千トンに達した。独側の潜水艦資源が不足して、その潜水艦活動が次第に低下した事にあい応じて英国が対抗策を講じ始めた際に、英国は自国民のための食料備蓄を向こう6週間しか持たなかった。「戦略論」p206等:リデルハート

イギリスにとっても、国民の生存と自国軍の維持はすべて、海上補給に依存していたので、ドイツによる無制限潜水艦作戦によって、イギリスは敗北寸前まで追い込まれていたことになる。しかし、ドイツが1917年2月に無制限潜水艦作戦を宣言すると、アメリカはすぐにドイツとの国交を断絶し、1917年4月6日にドイツに宣戦を布告している。参戦後にアメリカは、ヨーロッパへ200万を超える大軍を送り込み、莫大な軍需物資の供給や借款などの経済援助を行ったことによって、ヨーロッパ戦線は英仏有利に傾き、追い込まれたドイツ軍は1918年に軍事攻勢に出るが及ぼず、同年11月のキール軍港で水兵の反乱が発生したことが、ドイツ革命につながり、第一次世界大戦に敗北することになったのである。

絶望は絶望を呼ぶものであり、生命の喪失ではなく希望の喪失が戦争の帰趨を決するものであることは歴史が証明している。「戦略論」p206:リデルハート

英仏米軍による「海上封鎖」という間接的アプローチがドイツの水兵のみならず、ドイツ軍全体の希望を奪ったと言えるだろう。1918年の段階において、ドイツは英海軍の海上封鎖によって、国内で大量の餓死者を出すまでに経済が破綻しており、もはやこれ以上の戦争継続は不可能だったのである。この希望の喪失こそがドイツを中心とする同盟国が敗北した原因であったのだ。

日本経済と間接アプローチ戦略

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出典:Handelskrieg
冒頭で、第二次大戦以後における、原子爆弾の登場は、国家間同士の戦争の在り方を直接的なものから、より間接的なものへと変貌させたことは、すでに紹介した。情報戦争、金融戦争、テロ戦争などと呼ばれる非対称戦争が、現在世界中で行われている事実はご周知の通りである。しかし、現在の日本経済は既に、この非対称戦争に敗北して莫大な不良債権を抱えることになったことを我々、日本人は深く認識しなくていけないだろう。日本人は、第二次世界大戦の敗戦から、何も学ばなかったのだ。

すでに読者は、日本が経済敗戦を喫したことは、ご存知であろう。1985年9月、アメリカ、日本、イギリス、西ドイツ(当時)、フランスの先進5ヵ国の大蔵大臣と中央銀行総裁が、米国の対外赤字のさらなる悪化を食い止めるために、為替市場に介入し、ドルを押し下げることに合意した。いわゆるプラザ合意である。この合意直前に241円だったドルは、約1年後に150円台に、1年半後には約130円台となり、日本経済はパブルに突入した。そして、1990年代についにバブルが弾けると、日本経済は長期低迷の「失われた10年」に突入し、アメリカに経済的な敗戦を喫したのである。しかし、この敗戦はそれだけでは終わらず、2003年6月に、日本の新発10年物国債の利回りは、なんと0.43%となり、人類史最低を記録した。こうした経緯を、神奈川大学の故・吉川元忠教授は「マネー敗戦」と呼んだが、この時点で金融と財政が行き詰まり、もはや日本国はほぼ打つ手がなくなってしまったのである。したがって、残された道は破綻処理だけであり、これをするのはIMFをおいて他になかろうと考えた結果、私はこのペーパーバックスで「2008年IMF占領」を書いた。(略)

現在の世界的同時不況の中で、行き先を失ったマネーが穀物市場や石油市場などに流れ込むことにより、さらなる物価高騰が起こり、インフレが加速することはまず間違いない。そうなると当然インフレを抑制するために金利は上げざるをえない。そうなると、既に約800兆円(政府保証型債務残高含む)を超えている日本政府の国債及び借入金残高に対する利払いは日本国政府の税収入を超える日もやってくるのもそう遠い先の未来のことではない。森本氏の言う日本国政府の財政破綻がすぐにやって来るというもの納得できる。そうなると、森本氏が指摘するように、日本の財政破綻を防ぐために、政府はさらなる増税を日本国民に負担させてくるに違いない。ここ数年の増税路線の結果を見てみると、この流れがどこまで加速するのか心配になって来る。

2002年10月 雇用保険料:引き上げ3000億円

2003年4月 医療:健保の本人負担3割、保険料引き上げ1兆3000億円

      年金給付:物価スライド(0.9%引き下げ) 3700億円

     介護保険料:引き上げ(65歳以上) 2000億円

2003年5月 雇用保険:失業給付額削減 3400億円

      発泡酒・ワイン増税770億円

2003年7月 たばこ税増税(1本1円程度) 2600億円

2004年1月 所得税:配偶者特別控除は石 4790億円

2004年10月 厚生年金保険料:引き上げ(13年毎年) 6000億円

2005年1月 所得税:公的年金等控除縮小、老年者控除廃止 2400億円

2005年度 住民税:配偶者特別控除は石2554億円

2006年度 住民税:公的年金等控除縮小、老年者控除廃止1426億円

2006年1月 定率減税:2年で廃止が決定

2007年度 定率減税が廃止(所得税で1兆3000億円、住民税で4000億円、2年間で3兆4000億円の増税)

2007年11月 政府税制調査会は2008年度の税制改正に向けた答申を発表。配偶者控除を廃止・縮小の方向

第二次世界大戦の敗戦においても、今回のマネー戦争の敗戦においても、戦争に負けた"つけ"は全て日本国民が背負わなければいけないことを覚悟しなければいけない。太平洋戦争に引き続き、今回も「日本国政府」のマネー戦争の敗戦により、日本国民は塗炭の苦しみをしばらくの間、味わらなければいけないであろうが、それで、日本国自体が消滅するわけではない。我々は過去の敗戦とリデルハートの間接アプローチ戦略を学ぶことが、次の日本を作る上で非常に重要になってくるに違いない。


主要アクセス先(2008/07/16)


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