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2007年12月25日

古代文明の滅亡理由

この文章はシュメール文明の再掲載です

シュメール文明 永井俊哉著

シュメール人は、世界で初めて都市文明を築いた。現在の地球文明の原型はシュメール文明にある。シュメール文明はなぜ成立したのか、なぜ滅んだのかを分析しながら、文明のあり方を考えよう。

1. シュメール文明の成り立ち

シュメール文明とは、周辺民族とは言語系統が異なるシュメール人が、紀元前3100年頃に、メソポタミア(現在のイラク)南部に造った世界初の都市文明である。もう少し広く、メソポタミア文明といってもよいのだが、それだと、後に北部に成立したアッカドやバビロニアまで含まれてしまうので、シュメール人の文明に限定して、シュメール文明という名前を使うことにしよう。

シュメール文明は突然花開いたと思っている人が多い。

この国(及び民族)は大きな謎に包まれています。彼らは人類史上、最古の文明を興しました。そして、文字(楔形文字)・文学・王政・司祭・教育制度・医学・天文学・高層建築・運河・造船・集約農業・冶金術・商工業・貿易・法制・・・と、現代文明にも匹敵するありとあらゆるものを持っていたのです。それも、何と6000年以上も前に。更に謎なのが、これだけのレベルを持つ文明でありながら、先行文明がなかった事です。どう言う事かと言うと、「チンパンジーがある日突然、コンピュータを作り、そして、使いだした」様なものなのです。つまり、何の前触れもなく、ある日突然、シュメール文明は始まったと言う事です。

しかし、シュメール文明は、全くの無から生じたわけではない。メソポタミア地方には、ウバイド文化と呼ばれる先行文化があった。だから、まず話をそこから始めなければいけない。

紀元前6200年頃、小氷期と言ってよい急激な寒冷化が世界で起き、バルカン半島や東地中海は、旱魃に見舞われた。ボルガ川にはサマッラ文化という新石器文化があったが、この文化の担い手は、暖かい土地を求めて、紀元前5850年ごろに、以下の地図の赤茶色の矢印に沿って、メソポタミア一帯に南下したと考えられる。小氷期は紀元前5800年に終わり、以後ヒプシサーマル/クライマティック・オプティマムと呼ばれる長い温暖の時期が続く。

メソポタミア地方
ウバイド期のメソポタミア地方の地図。当時の海岸線は、現在よりもずっと奥まで入り込んでいた。
[Ubaid period - Wikipedia, the free encyclopedia]

紀元前5300-4750年頃、濃い茶色の矢印の方向から、セム系のアッカド人がこの地にやってきた。さらに、紀元前4850-4500年頃、オリーブ色の矢印に沿って、現在のバーレン近くにあるディルムンからシュメール人がやってきて、星印で記されているエリドゥに定着したと言われている。ただし、シュメール人の出自には諸説があって、本当のところはよくわからない。彼らの言語がアルタイ諸語に近いことを考えると、中央アジアから来たと推測できる。

シュメール人到着後、灌漑農耕と神殿建設を特徴とするウバイド文化が南から北へと広がっていき、最終的には、上の地図の肌色で示されている地域、すなわち、チグリス・ユーフラテス川の沿岸の全域で繁栄した。ウバイド文化の担い手はシュメール人であるという説が有力である。

紀元前3700年頃になると、ヒプシサーマルが終了し、寒冷化が始まる。同時に、北緯35度以北は湿潤化し、北緯35度以南の北半球は乾燥化した。このため、アナトリア高原での降水量が増え、チグリス・ユーフラテス川の水量が豊富になったため、乾燥化のため水を渇望する下流域の農民が大河に集中した。人々が集中すると、争いごとが増えるので、それを調停する宗教的権威の高い媒介者が必要となる。そして、指導者のもとでの組織的な灌漑農耕が必要になってくる。こうして、より大規模な灌漑農耕と神殿建設を特徴とするシュメール都市文明が紀元前3100年ごろに成立する。チグリス川は流れが急で、氾濫を起こしやすいので、都市国家は、主として、ユーフラテス川の流域に作られた。

シュメール文明が栄えたのは、メソポタミア南部であって、北部ではない。北メソポタミアの年間雨量が250ミリを超えるのに対して、南メソポタミアは100ミリ以下の乾燥地帯である。灌漑農耕と神殿建設がもっとも必要なところから都市国家が生まれたということである。南メソポタミアは、森林資源と地下資源が乏しかったので、灌漑で量産した穀物を輸出し、シリアや中央アジアから木材や金属を輸入していた。シュメール人の交易ネットワークはエジプトにまで及んでおり、当時の西アジアは、都市文明の名にふさわしい経済的分業を広域的に行っていた。

2. シュメール文明の滅亡

シュメール文明は、一時期、セム系の言語を話す異民族に支配されたことがあった。すなわち、BC2334年に、サルゴンが、シュメールの都市国家を併合し、アッカド帝国を建国した。アッカド帝国は、サルゴンの孫であるナラム・シンの時代に版図を最大にしたが、彼の死後、ザグロス山脈方面からアーリア系とみなされているグティ人が侵入し、衰退したと『アガデの呪い』などで伝えられている。はたして、アッカド帝国は、グティ人によって滅ぼされたのだろうか。ウィキペディアには次のように書かれている。

シュメール人やアッカド人等は、アッカド王朝末期の混乱の元凶がグティ人という蛮族の侵入にあると見た。現代の我々がそうであるように古代の人々もまた各種の歴史観を持ち、それにそって歴史を記述したのである。メソポタミアの人々はグティ人蛮族の侵入のために政治混乱が発生し平和が失われたとする見解を強く持っていた(今日これを「蛮族侵入史観」と呼ぶ学者もいる。)が、現在ではアッカド王朝末期の政治混乱はメソポタミア各地の都市の自律的発展による社会変化が強く影響しているとして、グティ人による「混乱」を過大評価すべきでは無いとする見解が次第に一般的になりつつある。

私もグティ人の侵入が、アッカド帝国を衰退させた根本的な原因とは考えていない。それは原因というよりもむしろ結果である。また「メソポタミア各地の都市の自律的発展による社会変化」というのも根本的な原因でない。確かに、シュメールの都市国家が中央から離反するようになったが、それはアッカド帝国衰退の結果であって、原因ではない。では、根本的な原因は何か。

ブライアン・フェイガンは、シリアの遺跡、テル・ライランの発掘調査から、紀元前2200年ごろ、メソポタミア北部で大規模な噴火があったと言う [Brian M. Fagan:The Long Summer: How Climate Changed Civilization, p.143]。火山灰は太陽光線をさえぎり、大気圏内の循環を弱め、メソポタミア地域は大きな農作物の被害を受けた。アッカド帝国は、この危機に対処できずに力を失い、内乱と外患を誘発した。ほぼ同じ頃、すなわち紀元前BC2185年頃、エジプト古王国が滅び、エジプトも内乱状態になった。

火山の噴火は、一時的な混乱をもたらしはするものの、文明を滅ぼすほどの影響を与えるわけではない。紀元前2112年に、ウルの軍事司令官であったウル・ナンムがグティ人の支配から自立して、ウル第三王朝を建国した。しかし、紀元前2004年にウル第三王朝が滅亡すると、この地域の中心は、ユーフラテス川のより上流に位置するバビロンやバグダッドに移り、シュメールの都市国家が文明の中心として復活することはなかった。また、シュメール人自身も姿を消した。その意味で、シュメール文明は滅んだということができる。

3. シュメール文明はなぜ滅んだのか

シュメール文明は、灌漑をやりすぎて塩害で滅んだという説が有力である。メソポタミア南部のような乾燥地帯で、灌漑を行い、大量の水を散布すると、灌漑用水は、いったんは土壌中の塩類を溶かしながら下方へと浸透するが、やがて毛管現象により上昇し、地表面にまで来ると、水分が蒸発するので、塩類だけが残る。そして、地表面に塩類が残留すると、強い浸透圧により、植物は根から水を吸収できなくなり、枯れてしまう。これが塩害である。

メソポタミアの刻文に「黒い耕地が白くなり」「平野は塩で埋まった」という記録があるから、塩害の被害は当時も深刻だったのだろう。シュメール人は、もともと灌漑で小麦を育て、それを輸出していたが、ウル第三王朝が滅んだ頃は、塩害に強い大麦を育てていたという事実がそれを雄弁に物語っている。シュメールの都市国家の一つラガシュでは、紀元前2350年から紀元前2100年にかけて、単位あたりの麦の収穫高が4割近く減っている [松本健 他:四大文明 (メソポタミア),p.72]。

安田喜憲は、ギルガメシュ叙事詩に描かれているフンババの殺害を引き合いに出しながら、メソポタミア文明による森林資源の搾取を指摘している [安田喜憲:森と文明―環境考古学の視点, p.45-55]。しかし、シュメール文明は、森林を伐採しすぎて滅んだわけではない。シュメール人が輸入していたレバノン杉は、ローマ帝国の時代になってもまだ豊富にあった。シュメール文明は、輸入する木材に不足して滅んだのではなくて、輸出する小麦に不足して滅んだのである

エジプト文明やインダス文明は、シュメール文明とは異なって、灌漑をやりすぎて塩害に苦しんだということはなかった。エジプト文明やインダス文明では、肥沃な土壌を運んでくる川を自然に氾濫させ、水が引いた場所に作物を植えていた。川が恒常的に氾濫するような場所だと、塩分が完全に洗脱されるので、塩害は起きない。

ところが、シュメール人は、こうした自然の恵みを利用する方法は取らなかった。シュメール人は、雨季が始まる12月に種を蒔き、5月ごろに収穫していたのだが、収穫の時期と洪水の時期が一致するので、せっかくの収穫が水に流されて台無しになるということがしばしばあった。彼らにとって、洪水は恵みの水ではなくて、災難だった。またチグリス・ユーフラテス川は天井川なので、堤防を造っても決壊しやすかった。そこで彼らは、縦横に灌漑用水路を引き、流れを分散させ、洪水対策を兼ねた収穫増産を行ったわけである。

エジプト文明やインダス文明が自然を利用する文明であったのに対して、シュメール文明は、自然を克服する文明であった。そして人類で支配的になったのは、後者のタイプの文明である。シュメール文明自体は滅びたが、その文明のあり方は、後のメソポタミア文明、地中海文明、西欧文明に受け継がれて世界に普及している。エジプトも今では、伝統的な農業を止め、アスワンハイダムを建設して、大規模灌漑システムを導入し、塩害に苦しんでいる。パキスタンもインダス川流域で灌漑を行って、塩害を惹き起こしている。シュメール文明の教訓は生かされていないのである。

2007年12月20日

なぜ古代ローマ帝国は滅亡したのか(再掲載)

古代ローマ帝国は、いわゆる五賢帝時代に最盛期を迎えた後、徐々に衰え、大移動を開始したゲルマン民族に蹂躙され、滅んだ。なぜ古代ローマ帝国は持続不可能になったのか。諸説を検討しながら、考えよう。

1. 古代ローマ帝国はいつ滅びたのか

古代ローマ帝国がなぜ滅んだのかを考える前に、そもそも古代ローマ帝国の滅亡とは何かから考えなければいけない。ローマ帝国自体は、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)として、オスマン帝国のメフメト2世がコンスタンティノポリスを陥落させた1453年まで続くわけだが、 定説では、古代ローマ帝国は、西ローマ帝国が滅亡した、すなわち幼帝ロムルス・アウグストゥルスが、ゲルマン人オドアケルの圧力で退位した476年をもって終焉を迎え、そこから中世が始まったということになっている。だから、その後の東ローマ帝国は「中世ローマ帝国」と呼ばれることがある。

もっとも、476年というのは、ローマ帝国の歴史にとって特別に画期的な年ではなかった。そもそも、ロムルス・アウグストゥルス帝は、正統な西ローマ皇帝であるネポス帝をクーデターで追放したゲルマン人オレステスが擁立した、傀儡皇帝(実の息子)で、東ローマ帝国皇帝をはじめ、周囲は正当な皇帝とは認めていなかった。だから、最後の正統な西ローマ帝国皇帝であるネプス帝が殺害された480年を西ローマ帝国が滅んだ年とみなす学者もいる。

しかし、それ以降も西ローマ帝国は存続したとする見解もある。800年に、フランク王国のカール大帝が、ローマ教皇より西ローマ帝国皇帝の称号を得たことで、西ローマ帝国が復活し、それは神聖ローマ帝国として引き継がれたという事実がその根拠である。1453年に東ローマ帝国が滅びた後も、オスマン帝国やロシア帝国がローマ皇帝の継承を主張した。もちろん、それは形式的な継承に過ぎないが、こうした事情もあって、ローマ帝国がいつ滅びたかに関しては、明快に答えることができない。

一つ確実に言えるのは、ローマ帝国はトラヤヌス帝(在位:98年-117年)の時に版図が最大となったが、その後、辺境の蛮族の攻撃を受け、変質し、段階的に衰退していったということである。ここでは、古代ローマ帝国の滅亡の年を特定することなく、5世紀ごろに事実上消滅したとみなしつつ、その段階的衰退の原因を探りたい。

2. 様々な説の検討

古代ローマ帝国滅亡の原因としては、様々なものが挙げられている、中には、結果と原因を混同しているものもあるのだが、ここでは、代表的なものを挙げて、論評しよう。

2.1. 蛮族侵入説

最もポピュラーな説は、古代ローマ帝国は、周辺の蛮族、特にゲルマン民族に滅ぼされたという説である。確かに、4世紀から5世紀にかけて「ゲルマン民族の大移動」と日本で呼ばれている現象が、主として西ローマ帝国の領土内で起きており、これが直接の原因であったことは、私も否定しない。問題は、なぜ、ゲルマン民族の大移動が惹き起こされ、なぜ西ローマ帝国は、東ローマ帝国とは異なり、それを撃退し続けることができなかったかである。

なお、この説を補強するものとして、3世紀にゲルマニアで蹄鉄が発明され、ゲルマン民族の騎馬勢力が強力となり、歩兵中心のローマ軍を圧倒したという説があるが、当時のゲルマン民族には歩兵も多かったし、またこれと戦っていたローマ軍の中にも、大量のゲルマン人の傭兵がいたから、あまり説得力はない。

2.2. 士気低下説

『ローマ帝国衰亡史』の著者として有名なエドワード・ギボンは、ローマ市民の道徳の低下が、根本的な原因だと見ていた。ローマ市民は、国防をゲルマン傭兵に頼るようになり、それが命取りになったというわけである。またキリスト教が普及するに連れて、人々の関心がこの世からあの世に行き、こうした精神的な変質も原因の一つとして挙げられている。

これもあまり説得力のない説明である。ローマ帝国が、領土を拡張するにつれて、被征服民を軍団に参入していくことは不可避的である。ゲルマン民族と一口に言っても、ローマ帝国の国境近くにいる文明化された近蛮族とその背後にいる遠蛮族がいて、近蛮族がローマ帝国内に侵入してくる原因の一つは、遠蛮族による圧迫があったわけだから、近蛮族を使って遠蛮族を攻撃するという戦略は決して悪くはなかった。また、キリスト教が原因で西ローマ帝国が滅んだとするならば、同じ原因で、キリスト教徒がもっと多かった東ローマ帝国も早々と滅んだはずだが、そうではなかったから、これも原因とは考えられない。

2.3. 貨幣改悪説

経済的側面から、ローマ帝国の滅亡を説明しようとする人もいる。例えば、3世紀以降、貨幣の銀含有率が大幅に低下し、これがインフレをもたらしたという事実がよく指摘される。しかし、もし国家財政が豊かなら、発行している通貨に金や銀が一分子も含まれなくても、インフレを惹き起こさないはずである。金や銀が不足したから、商品経済が衰退したわけではなかった。

問題は、蛮族侵入の頻発化で、歳出は増える一方なのに、農作物が不作で、歳入が落ち込んでいたことである。古代ローマ時代も末期になると、ローマの軍隊は、 かつての三十万から六十万に倍増し、借地料は、10%から50%以上に跳ね上がっていた。このため、耕作を放棄する農民が続出し、農地が荒れ果て、収入の不足を補うために、さらに借地料が上げられるという悪循環が続いた。

古代ローマ時代末期のインフレは、経済成長をもたらすインフレではなくて、スタグフレーションの様相を呈していた。

なぜなら、三世紀後半になって、金利の低下現象が起こっているのだ。「パクス・ロマーナ」が完璧に機能していた時代の金利は年率十二パーセントが普通であったのが、この時代四パーセントにまで下がっているのである。これも、投資意欲の減少傾向の反映ではなかったか。

スタグフレーションは、物不足が深刻になった、敗戦や石油危機のときの日本に起きたような、景気後退をもたらすインフレで、実質金利は低くなる。では、なぜスタグフレーションの原因となる物不足が起きたのか、この点が問われなければならない。

2.4. 疫病流行説

古代ローマ帝国では、2世紀から7世紀にかけて人口が減少した。これは、疫病の流行が原因だと言う人がいる。144-6年、171-4年にエジプトの人口が2/3になり、165-180年には、マケドニアから始まって、ローマ帝国のほぼ全土に「アントニヌスの疫病」が、251-266年には、一日に5千人が死ぬ、より悪質な「キプリアヌスの疫病」が流行した。こうした疫病が人口を減少させ、それが税収の不足をもたらしたという説が唱えられることがある。

しかし、古代ローマ帝国の衰退が決定的になる3-5世紀には、大きな疫病の流行はなかった。もしも農作物が十分実っていたのなら、疫病で一時的に人口が減っても、すぐに回復することができたはずである。問題は、なぜ、人口を回復させるだけの食料が生産できなくなったかである。

3. ローマ帝国衰退の気候的原因

ローマ帝国が、衰退した原因は、二つある。一つは、ゲルマン民族の侵入の頻繁化とそれに伴う軍事支出の増大であり、もう一つは、作物の不作による税収入の減少である。歳入が減り続け、歳出が増え続ければ、当然のことながら、国家財政は破綻する。この二つの現象は、一つの原因で説明できる。気候の寒冷化である。気温が下がると、凶作となる。また、北方の騎馬民族は、南の暖かい気候を求めて、南下してくる。

振り返ってみると、ローマ帝国は、温暖化により膨張し、寒冷化により収縮したと言えそうである。紀元前800-400年の精神革命寒冷期において花開いたギリシャ文明は、ローマ帝国に受け継がれ、その後の温暖化とともに、ローマ帝国の版図は拡大し、トラヤヌス帝の時に最大になった。しかし、トラヤヌス帝が死去したあたりから、気温は再び下がり始めた。

以下の図は、古代ギリシャの黎明期から中世初期にいたるまでのヨーロッパの気候の変遷を説明した図である。

The Long Summer: How Climate Changed Civilization

左上は、精神革命寒冷期の頃のヨーロッパの気候である。地中海性気候の北限を示すライン(Mediterranean)が、現代よりも南にあることがわかる。右上の図は、ローマが繁栄していた頃のヨーロッパの気候である。地中海性気候のラインが、現代よりも北にあることがわかる。ローマ人たちは、地中海性気候の北上に合わせるかのように、ケルト人を駆逐して、北方へと膨張して行った。そして左下の図は、ゲルマン民族が南下して、建国した頃のヨーロッパの気候である。地中海性気候のラインは再び南下している。あたかもこのラインの南下に合わせて、ゲルマン民族は南下したかのようである。

もしも、寒冷化が西ローマ帝国を滅ぼしたのだとするならば、なぜ東ローマ帝国は、同じ原因で滅びなかったのかと読者は訝しく思うかもしれない。東ローマ帝国は、西ローマ帝国とは異なって、高度な文明国であるペルシアと国境を接していた。このため、税源を農作物のみに頼る必要はなく、交易による富にも依存することができた。このため、凶作による税収入の落ち込みが、西ローマ帝国ほどひどくはなかったと考えられる。

4. ローマ帝国と漢の運命

ローマ帝国の衰退期に当たる西暦100-700年の寒冷期を日本では、「古墳寒冷期」と呼んでいる[阪口豊:日本の先史・歴史時代の気候,科学雑誌,1984年5月号,p.18-36]。日本国内で古墳が造成された時代と重なるから、こう呼ばれているのだが、世界的な寒冷化を呼ぶ名称としては、「民族大移動寒冷期」の方がふさわしいのではないだろうか。なぜなら、この時代、北方騎馬民族が南下するという現象がユーラシア大陸全土で見られたからである。

江上波夫氏の有名な騎馬民族征服王朝説も、この世界史的出来事を背景に、4世紀の日本における大和朝廷の成立を説明したものである。彼は、古墳時代後期の副葬品に、前期とは異なって、馬具類が見られることなどから、ユーラシア大陸の騎馬民族が、朝鮮半島を南下して、北九州に上陸し、さらに畿内に遠征して、大和政権を樹立したのではないかという仮説を立てた。私はこの仮説を支持しないが、いわゆる神武東征は、気候悪化を原因とする一種の民族大移動であったと解釈している。

他方で、中国では、地中海世界とパラレルな現象が起きた。精神革命寒冷期において、ギリシャのポリスが争いながらも高度の哲学や学問が栄えていた頃、中国では、春秋戦国時代で、諸子百家が様々な思想を唱えていた。アレキサンダー大王、続いて、ローマがギリシャ文明を継承して、広大な帝国を築いていた温暖期には、秦の始皇帝、続いて漢が高度な中国文明を継承して広大な帝国を築いた。

しかし、民族大移動寒冷期になると、ローマ帝国にゲルマン民族が移住を開始したように、中国の華北地方に北方遊牧民族が移住を開始した。そして、旧西ローマ帝国の領土が、ゲルマン民族の群雄割拠状態となっていた頃、華北は、五胡十六国時代と呼ばれる、北方遊牧民族による群雄割拠状態となっていた。700年以降の温暖期にフランク王国による統一王国ができた頃、中国には唐という統一王朝ができた。

最後に、もう一つ類似性を示そう。凶作と治安の悪化という絶望的な時代に、ヨーロッパでキリスト教が普及した頃、中国では仏教が普及しだした。キリスト教の原型である古代ユダヤ教と仏教の原型である原始仏教が精神革命寒冷期において誕生し、民族大移動寒冷期において、ヨーロッパと中国という新天地で信者を獲得したことは、偶然とはいえない。キリスト教と仏教は、ともに去勢宗教である。母なる自然が冷たくなった時、去勢が行われるのだ。

関連コラム:希望の船

革命者としてのプロジャーナリストの情報転記


今年も残すところあと僅かとなりました。同じ志を持つ皆が集まって、真剣に世界平和について考えてみませんか?ベンジャミンフルフォードによる“日本をよくするための提案”も発表しますので、皆で意見を交換しあいましょう。この機会にベンジャミンフルフォードと本音で話し合い、交流を深める場にしたいと思います。その他アイディアのある方は積極的にお持ちください。ベンジャミンフルフォードへの質問も大歓迎です!!

尚、会場の都合上、先着80名様で締め切らせていただきます。(※お一人様参加も大歓迎です)
~ベンジャミンフルフォード忘年会~
テーマ: 世界平和のために、日本を変えるために、私達ができることは何か?
日時: 2007年12月27日(木) 19:00~22:00(受付は18時半からです)
場所: 渋谷駅 T‘s salon 2F (東京都渋谷区渋谷1-6-8渋谷井上ビル)
アクセス: JR渋谷駅「東口」より徒歩5分
地図: http://www.tsrental.jp/access/index_salon.html
費用:  4500円 (フリードリンク3時間 軽食付き)
申し込み方法: 氏名、連絡先 、参加人数を明記の上、
          メール(benjaminoffice88@gmail.com)にてお申し込み下さい。
お問い合わせ: ベンジャミンフルフォード事務所 (benjaminoffice88@gmail.com)

2007年8月26日

持続可能な文明(3)再生可能なエネルギー

人類の文明を、何千年、何万年と持続させるためには、再生可能なエネルギー源による循環型社会を構築しなければならない。再生可能なエネルギーには多くの候補があるが、主力となるのは、バイオマスであろう。

1. 持続可能な文明のエネルギー源 

人間は、この地球に誕生して以来、現代に至るまで、バイオマスを主なエネルギー源にしている。つまり、人間は、植物が、太陽エネルギーを利用して作った低エントロピー資源に依存している。バイオマスという言葉は、化石燃料を含まない狭い意味で使われることもあるが、ここでは、化石燃料を含めた、生物起源の有機物という広い意味で使うことにしたい。

私たちが、体内用エネルギー源として、バイオマスに依存していることは言うまでもない。私たちが食べる食物には、植物起源のものもあれば、動物起源のものもあるが、後者の資源価値は、前者の資源価値に由来する。人間のみならず一般的に生物は、食物を高熱源として、水を低熱源として利用し、自らのエントロピーを縮減することで生きている。

私たち人間は、体外用エネルギー源としても、主として、バイオマスに依存してきた。時代とともに、主流が、木材、石炭、石油、天然ガスと変化してきたが、その資源価値のほとんどは、植物に由来するといってよい。そして、人類文明は、バイオマス燃料を高熱源として、水や空気を低熱源として利用し、自らのエントロピーを縮減することで存続している。

もちろん、人類の文明は、植物による光合成にのみ依拠しているわけではない。人類は、産業革命以前から、水車や風車などにより、水力や風力を使うこともあったが、それらはエネルギー供給の主流にはならなかった。今日、風力エネルギー、水力エネルギー(非塞き止め型)、太陽エネルギー、地熱エネルギー、海洋エネルギーなど、さまざまな再生可能エネルギーの利用が試みられているが、これらは、需要とは無関係に電力を供給するので、バイオマス発電で出力調整をしなければならない。

ところで、再生可能エネルギーというと、通常は、化石燃料は除外されている。しかし、これはおかしな話だ。石油にせよ、石炭にせよ、天然ガスにせよ、化石バイオマスは、現在も新たに自然に作られている。ただ、人類がその100倍以上の量を消費しているから、生産が消費に追いつかないだけだ。そして、これと同じことは、現役バイオマスについても当てはまる。人間が、現在のエネルギーの消費量を変化させずに、化石バイオマスの代わりに現役バイオマスを消費すれば、やはり、生産が消費に追いつかなくなって、現役バイオマスは枯渇する。

バイオマスは、カーボン・ニュートラルだが、化石燃料はそうではないといったこともしばしば耳にするが、現役バイオマスならカーボン・ニュートラルで、化石バイオマスならカーボン・ポジティブとは限らない。カーボン・ニュートラルであるのは、大気中に放出される炭素と、大気中から取り入れられる炭素の量が均衡しているときに限る。現役バイオマスであれ、化石バイオマスであれ、生産以上に消費すれば、大気中の二酸化炭素濃度は上昇する。もとより、現役バイオマスのうち、化石バイオマスになるのは一部で、残りは分解されて、二酸化炭素を放出するから、現役のときに燃料として利用した方が、二酸化炭素放出量は少なくてすむ。

カーボン・ニュートラルでかつ持続可能なバイオマスの消費を続けようと思えば、人類のバイオマス・エネルギー消費量を、植物による生産量の水準まで減らさなければいけない。風力エネルギー、水力エネルギー、太陽エネルギー、地熱エネルギー、海洋エネルギーなど、他の再生可能エネルギーを利用したとしても、その量はたかがしれている。私は、このシリーズの初回で、世界人口の削減の必要性を強調したが、それは、現在の世界人口を再生可能エネルギーだけで養うことは、将来の技術革新を考慮しても、不可能と考えるからだ。

おそらく、多くの人は、このような禁欲的な提案に賛成しないだろう。「自然エネルギーに頼るなどという原始的なことはやめて、新エネルギーの本命である核融合エネルギーを実用化して、無尽蔵のエネルギーを使えるようにするべきだ」と反論する人がいるにちがいない。しかし、仮に将来、核融合エネルギーの利用が実用化して、エネルギー問題が解決したとしても、核融合炉は食料を生産しないのだから、人口が増え続ければ、食糧危機が起きるだろう。一方で、農業技術が進歩を遂げてはいるが、他方で、沙漠化が進行しており、今後とも増大する食糧需給を満たし続けることができるかどうかはきわめて不透明である。

私たちは、今一度、人類の進歩とは何かという根本的な問いを問い返さなければならない。人類の進歩は、科学・技術・文化といった情報システムの質的向上であって、人口増加のような物質システムの量的増大ではない。私たちの目標は、現実空間に生物遺伝子を残すことから仮想空間に情報遺伝子を残すことに変わるだろう。もちろん、人口が多いほうが、優れた人物も多く現れるのだろうが、教育水準の低い国の人口増加は人類の進歩に寄与しそうにない。出生数を減らしても、一人当たりの教育投資を増やせば、人材の量的減少による質的低下を防ぐことができる。文明を持続可能にするには、文明の規模を自然の許容度の範囲内に収める必要がある。

2. バイオマスエネルギーの利用方法

バイオマスは、今後とも、循環型社会を構築しようとする人類にとって、体内用エネルギー源としてはもちろんのこと、体外用エネルギー源としても、また各種の資材資源としても、重要な役割を果たすだろう。ここでは、体外用エネルギー源としてのバイオマス資源の活用方法について考えてみたい。

バイオマスエネルギーの利用方法はいろいろあるが、エネルギーを取り出す方法という観点からすると、以下の表のように分類することができる。

図解でわかる京都議定書で加速されるエネルギービジネス

このうち、一番上の燃焼は、最も古くから行われているバイオマスの利用方法で、木炭、石炭、石油、天然ガスといったバイオマスの従来の利用方法は、これである。技術的に容易である反面、窒素酸化物や硫黄酸化物といった有害物を放出し、大気を汚染するという欠点がある。

近年の原油価格の高騰のおかげで、バイオディーゼルやバイオエタノールが代替燃料として注目されるようになった。バイオディーゼルは、生物起源の油脂をメチルエステル化し、水分、グリセリン、メタノールを除去することで作られるディーゼル自動車用燃料で、軽油の代替として使うことができる。バイオエタノールは、サトウキビやトウモロコシなどのバイオマスを発酵させ、蒸留して生産されるエタノールで、ガソリンに混入して使うことができる。

バイオディーゼルやバイオエタノールのエネルギー収支が黒字であることを疑う人も多い。Pimentel と Patzek によると、とうもろこしからバイオエタノールを生産するには、それよりも29%多い化石燃料のエネルギーを消費しなければならず、大豆からバイオディーゼルを生産するには、それよりも27%多い化石燃料のエネルギーを消費しなければならない[D. Pimentel, T.W. Patzek (2005) Ethanol Production Using Corn, Switchgrass, and Wood; Biodiesel Production Using Soybean and Sunflower]。

しかし、その後行われた検証によると、彼らは、エタノールの副生成物を入力エネルギーに換算したり、古いデータを使うなどして、バイオ燃料のエネルギー収支を過小評価しているとのことである[Alexander E. Farrell et al. (2006) Ethanol Can Contribute to Energy and Environmental Goals]。多くの研究者は、バイオ燃料のエネルギー収支が黒字であると評価している。農薬や肥料に使うエネルギーを減らせば、黒字幅をもっと拡大することができる。

バイオディーゼルとバイオエタノールは、どちらも、既存の自動車インフラをそのまま使うことができることから、原油価格の高騰に即座に対応できるというメリットをもつ反面、化石燃料ほどではないにしても、燃焼時に窒素酸化物や硫黄酸化物といった有害物を放出するデメリットを持つ。このため、バイオマスから、ガス化または発酵により、水素、メタン、一酸化炭素を取り出し、それを燃料電池の燃料として利用し、発電する方法が研究されている。有害物質を燃料生産時に取り除けば、消費時には、水と二酸化炭素しか出さない。

3. 二酸化炭素問題にどう対処するか

バイオマス・エネルギーの消費は、二酸化炭素を排出し、地球温暖化をもたらす点が問題視されている。そこで、バイオマスの燃焼によって排出される二酸化炭素を回収し、地中の帯水層や油田や深海底などに封入する二酸化炭素隔離の様々なプロジェクトが検討されている。だが、わざわざエネルギーを使って、毒物ではない二酸化炭素をあたかも毒物であるかのように隔離する方法には賛成しかねる。

循環型社会の理念からすれば、二酸化炭素として排出される炭素は、元の形態に戻して隔離する方法が望ましい。人間は、バイオマスの燃焼とセメントの製造により大気中の二酸化炭素濃度を上昇させている。だから、炭素は、バイオマスおよびセメントの原料である石灰石(炭酸カルシウム)に戻すことで貯蔵する方法を優先するべきである。

バイオマスの燃焼で生じた二酸化炭素は、光合成の材料となることで、再び、バイオマス化される。温室栽培で、これを人為的に早める方法が考案されている。バイオマス発電所に温室を併設し、発電で生じた廃熱と二酸化炭素を温室に送り込む方法は、電気と熱と二酸化炭素の三者が有効に利用されることから、日本では、トリジェネレーションと呼ばれている[大阪ガス:トリ・ジェネレーション]。スイカやメロンなど、光合成産物を貯蔵するシンク器官のある植物の場合、高濃度二酸化炭素環境による施肥効果が顕著に現れる。

二酸化炭素をセメントのリサイクルに活用する案も出されている。使用済みのセメントは強度が弱くて、そのまま再利用すると品質上の問題を起こす。そこで、飯塚淳氏は、廃コンクリートから再生骨材を製造する際に廃棄物として排出される廃セメント微粉末に、二酸化炭素を高圧で供給して、炭酸によるカルシウムの抽出を行い、これにより廃セメントからセメント原料となる炭酸カルシウムを生産する方法を提案している[廃セメントを用いた二酸化炭素排出量削減プロセス]。

二酸化炭素の固定化を長期化させるために、木造家屋の建設を優遇する政策も有効だ。木材で建築物を作るのは、日本の伝統なのだが、最近では、コンクリートの建築物に取って代わられつつある。コンクリートの代わりに木材を使えば、木材内の炭素を長期間にわたって貯蔵できるのみならず、セメントを節約することで、二酸化炭素の発生を防ぐことができる。家屋を取り崩すときは、廃材をバイオ燃料として使うことで、化石バイオマスの燃焼を減らすことができる。

木造家屋を奨励すると、森林資源が枯渇すると危惧する人もいるが、木は、ある程度大きくなると、成長が止まり、二酸化炭素をあまり吸収しなくなる。だから、森林は、人間が干渉しなくても、ある程度の期間が経つと、新陳代謝のために山火事を起こす。せっかくの森林資源を燃やすともったいないから、それを人間の生活に役立てようというのが、林業の精神である。森林の再生能力を超えないように、よく管理した上なら、木材の利用が森林破壊をもたらすことはない。

結論

以上、三回にわたって、持続可能な文明のために何が必要なのかを論じてきた。最後に全体をまとめることにしよう。

  1. 人類文明を何千年、何万年と持続できるようにするには、近代になって爆発的に増えた人口を削減しなければならない。今後、世界経済のオートメーション化が進むことで、単純労働者は不要になる。したがって、現在の先進国で起きている、経済の知識集約化による少子化の流れを世界全体に広げる必要がある。
  2. 沙漠化を阻止し、再緑化を行うためには、人口を減らすだけでなく、農薬漬け、肥料漬け、灌漑水漬けの近代農業を見直し、菌根菌を活用した有機農業を行う必要がある。また、沙漠化の直接的な原因となっている放牧を減らし、陸棲動物の代わりに水棲動物を食べ、排泄物を陸上に還元することで、栄養の循環を作り上げるべきである。
  3. 人口を減らし、緑化に成功するならば、豊富になった現役バイオマス資源を、体内用エネルギー源としてのみならず、体外用エネルギー源として活用することができるようになる。植物による生産と動物による消費が均衡すれば、二酸化炭素問題も解決する。人類文明は、植物による扶養能力を超えないなら、持続可能になる。

もしも人類文明が、何千年、何万年と持続するならば、宇宙移民も夢ではなくなるだろう。そうした夢を実現するためには、まずは、目先にある、資源問題と環境問題を解決しなければならない。

謝辞

この1年間、『連山』にて連載してきた「資源問題と環境問題への解決策」は、今回で最終回となります。本連載と平行して執筆した英文書籍“Hydrogen Civilization”は、近く出版される予定です。これまで拙文をお読みいただき、ありがとうございました。

関連書籍紹介
書名 バイオマスエネルギー利用技術
媒体 単行本
著者 湯川 英明
出版社と出版時期 シーエムシー出版, 2006/10
書名 図解でわかる 京都議定書で加速されるエネルギービジネス
媒体 単行本
著者 井熊 均
出版社と出版時期 日刊工業新聞社, 2006/02
書名 植物力 人類を救うバイオテクノロジー
媒体 単行本
著者 新名 惇彦
出版社と出版時期 新潮社, 2006/07/22

2007年8月25日

【覚書】 コスモス(7)

『コスモス』は、アメリカの天文学者、カール・セーガンが監修し、自らナビゲータとして進行を担当した、宇宙と生命をテーマとする、全13回のドキュメンタリー科学番組である。日本で初めてテレビ放送されたのは、1980年のことであるが、2000年に7枚組みのDVDが発売されたので、それを見て思いついたことを7回にわたって書いてみたい。

12. ヒエログリフの解読

French Egyptologist Jean-Francois Champollion (1790-1832), portrait made by Leon Cogniet (1794-1880) in 1831.
ジャン=フランソワ・シャンポリオンの肖像画 [Jean-Francois Champollion (1790-1832) portrait made by Leon Cogniet in 1831]

ジャン=フランソワ・シャンポリオンは、ロゼッタ・ストーンを手掛かりに、ヒエログリフを解読したエジプト学の父である。シャンポリオンは、12歳のとき、ジョゼフ・フーリエの部屋でロゼッタ・ストーンの碑文を目にし、そこで使われている三種の文字のうち、ヒエログリフはまだ解読されていないと言われ、将来、自分が解読しようと決意したと伝えられている。

ジョゼフ・フーリエは、フーリエ解析で有名な数学者・物理学者だが、ナポレオンがエジプトへ遠征した時、文化使節団の一員として、ナポレオンに随行した。フーリエは、ナポレオンが新設したエジプト学士院の書記としてエジプトの研究に従事し、『エジプト誌』の監修を務めた。

シャンポリオンとともに、ヒエログリフ解読の業績を争ったのは、イギリスの著名な科学者、トーマス・ヤングであった。古代エジプト研究に、フーリエやヤングのような自然科学者が携わったということは、現代の感覚からすれば奇妙に聞こえるが、この当時は、今ほど専門分化が進んでいなかったし、また、古代文明の理解には、科学的な能力が必要である。

現代の、専門分化が進んだ学界では、古文書の研究は、主として、数学や自然科学とは無縁の文学研究者によってなされている。しかし、現代では、テクストの電子化が進み、統計学的解析が可能となっており、計量文体学ないし、計量文献学と呼ばれる数学的アプローチによる文学研究が、画期的な知見をもたらしている。これまで、日本の大学の文学部文学科は、文系の牙城と目され、入学試験に数学が課されなかったが、これからは、文学研究を志す人も、数学を勉強しなければいけない。

13. なぜ核戦争の脅威は減ったのか

Picture taken of the atomic bombing of Nagasaki on August 9, 1945
B29によって撮影された、長崎での原爆の写真 [Picture taken of the atomic bombing of Nagasaki on August 9, 1945]

全面核戦争により人類が滅亡するシナリオが最も現実に近づいたのは、1962年のキューバ危機の時である。当時、米国は、ソ連との全面戦争に備えて、国内の核弾頭搭載の弾道ミサイルを発射準備態勢に置き、ソ連も国内の大陸間弾道弾やキューバの中距離弾道ミサイルを発射準備態勢に置いた。もし全面核戦争ということになれば、直接的な影響により、米国、ソ連、ヨーロッパで、多数の死者が出るのみならず、核の冬などの間接的な影響により、中立国でも、大量の死者が出たに違いない。人類の滅亡も決して杞憂ではなかった。

現在、イランや北朝鮮の核開発が焦点となっているが、仮に米国がこれらの国々と核戦争を行ったとしても、人類が滅亡することはないだろう。キューバ危機の時よりも兵器の性能がよくなっているにもかかわらず、核戦争による人類滅亡の可能性が小さくなったのは、戦争の性格が変わってきたからだ。かつては、植民地の利権をめぐって先進国どうしが戦争をしたが、今では、米国、EU、日本といった先進国どうしが戦争をするということは考えられなくなってきた。冷戦崩壊後起きている戦争は、先進国による途上国への制裁か途上国どうしの紛争で、強者同士の覇権争いというよりも、弱者による強者への謀反という性格を帯びている。

COSMOSのDVDと本
タイトルCosmos Collector's Edition (7pc) (Coll Box)
媒体DVD
監督, 出演Carl Sagan
出版社と出版時期Cosmos Studios, 2002/10/22
書名Cosmos
媒体ペーパーバック
著者Carl Sagan
出版社と出版時期Abacus, 1983/08/11

2007年8月19日

持続可能な文明(2)沙漠の再緑化

地球の沙漠化は、おそらく最も深刻な環境問題ということができる。過去の多くの文明は、森林伐採と土地の酷使によって滅んだ。現代文明が滅びないようにするには、持続可能な農業の方法を確立しなければならない。

1. 沙漠化はいかにして起きるのか

産業革命以降の急激な人口爆発により増大した農作物と家畜への需要を満たすべく、近代人は、森林を切り開き、農地や放牧地を作ってきた。以下の図は、米国に限定されているが、近代文明の発展が原生林を消滅させる様子を描いている。

Source of 1620, 1850, and 1920 maps: William B. Greeley, The Relation of Geography to Timber Supply, Economic Geography, 1925, vol. 1, p. 1-11. Source of TODAY map: compiled by George Draffan from roadless area map in The Big Outside: A Descriptive Inventory of the Big Wilderness Areas of the United States, by Dave Foreman and Howie Wolke (Harmony Books, 1992).
1620年(左上)、1850年(左下)、1920年(右上)、現在(右下)の米国における原生林の分布 [United States Deforestation from 1600AD]

左上の、1620年の図は、イギリスのメイフラワー号がプリマスに到着した時の原生林の分布を示している。当時のアメリカ大陸東部は、うっそうとした原生林で覆われていた。しかし、やがて原生林は、ヨーロッパから来た移民によって蚕食され、現在では、ほとんど残っていない。この地図には描かれていないが、現在は、再植林による人工林が増えつつある。もとより、現在の森林被覆率は1620年の水準には及ばない。

原生林が開墾され、農地や牧草地に転換されても、植被が減るわけではないから、問題はないと思うかもしれない。確かに、木でも草でも植物であることには変わりがないのだが、木と比べると、草のほうが、蒸散の量と規模が小さいので、水の循環を作り出す機能が弱い。もちろん、農地であれ、放牧地であれ、持続可能ならよいのだが、実際には、農地や放牧地が沙漠化するという現象が頻発している。沙漠化のメカニズムは、以下のとおりである。

1.1. 放牧地が沙漠になる過程

生産性を高めようと、家畜の数を増やすと、家畜が牧草を食べ過ぎて、牧場が持続不可能になる。また、放牧地では、家畜が行き来するので、家畜の踏圧により、土壌が硬くなる。その結果、降雨が地下に浸透せずに、地表層に貯まり、蒸発しやすくなり、植物の根圏土壌水分環境を悪化させ、植生の再生伸長を妨げる [国際農林水産研究センター: 過放牧が引き起こす砂漠化の微気象学的メカニズム] 。そして、植被が後退すると、風食や水食により表層土壌が失われ、恒久的な沙漠になる。

1.2. 農地が沙漠になる過程

天然の草木は、菌根菌や根粒菌といった共生菌のおかげで、わずかな栄養とわずかな水分で生きていくことができる。ところが、近代農業は、商品価値の高い作物を作ろうとして、大量の殺虫剤や除草剤を散布して、土中有用微生物を殺してしまう。その結果、植物は、土中の栄養分や水分を吸収する能力を大幅に失う。そのため、化学肥料の散布と灌漑が必要になるが、大量の肥料と水の投与は、塩類集積をもたらし、作物を枯らすことになる。そして、植被が後退すると、風食や水食により表層土壌が失われ、恒久的な沙漠になる。

2. 沙漠化にはどのような問題があるのか

現在、世界の沙漠は、毎年6万平方キロメートルのスピードで広がっている。植物は、食料、建築資材、衣類原料など、人類にとって有益な資源を提供するのみならず、水と気温を調整するなどエコロジカルにも重要な役割を果たしているのだから、植被の後退としての沙漠化が人類にとって好ましくないことは言うまでもない。

植物が二酸化炭素の吸収源としても機能していることは広く知られているが、生きている間に、植物本体にのみならず、土壌にまで炭素を蓄積させることはあまり知られていない。だから、京都議定書は、植林に仮のクレジットしか認めない。だが、植物による土壌への炭素隔離、長期にわたる温暖化防止策として、近年注目されている。

Plants serve as sinks for atmospheric carbon dioxide. Carbon stored in vegetation, soil, or the ocean, which is not readily released as carbon dioxide, is said to be sequestered. To balance the global carbon budget, we need to increase carbon sequestration and reduce carbon emissions. While carbon can cycle in and out of soil or biomass material, there are methods for building up what are called soil “humic” substances (also known as organic matter) that can remain as stable carbon compounds for thousands of years.

植物は、二酸化炭素吸収源として機能している。炭素が、二酸化炭素として直ぐに大気中に放出されるのではなく、植物、土壌あるいは海洋に貯蔵されることを「隔離」という。地球上の炭素の収支バランスを保つために、我々は炭素の隔離を増やし、炭素の大気中への排出を減らす必要がある。炭素が土壌あるいはバイオマス(一定の空間に存在する動植物と有機物全部)の内外で循環しうる一方で、いわゆる土壌の「腐植」物質(有機物としても知られる)を増加させる方法がある。この腐植物質は、炭素を安定した炭素化合物として何千年もの間存続させることができる。

Before forests and grasslands were converted to field agriculture, soil organic matter generally composed 6 to 10% of the soil mass, well over the 1 to 3% levels typical of today’s agricultural field systems. The conversion of natural grasslands and forests around the globe works to elevate atmospheric carbon dioxide levels significantly. Building soil organic matter by better nurturing our forest and agricultural lands can capture this excess atmospheric carbon dioxide, and preserve more natural landscapes.

森林や草原が農地に切り替わる以前は、土壌有機物は土壌質量の約6-10%を占め、今日の通常の農耕システムにおける1-3%の水準をはるかに上回っていた。世界中で自然の草原や森林が農地に切り替わることで、大気中二酸化炭素濃度は著しく増加した。我々は、森林や農地をもっと肥沃にして土壌有機物を増やすことによって、この過剰な大気中の二酸化炭素を捕え、より自然な地形を維持することができる。

土壌中に最も大量に炭素固定を行っているのは、菌根菌である。菌根菌は、植物に、リン酸を代表とする無機栄養と水分を与える代わりに、植物から有機物を受け取る形で、植物と共生している。この共生関係は、植物が陸上に進出した4億年前から続いている [T. N. Taylor, W. Remy, H. Hass, H. Kerp (1995) Fossil Arbuscular Mycorrhizae from the Early Devonian]。近代以降、人類は、農薬をまくことで、菌根菌を殺し、4億年間続いてきた共生関係を破壊しつつある。

3. どうすれば沙漠を再緑化することができるか

土壌の炭素固定能力を回復させるためには、菌根菌を生かした有機農業を復活させなければいけない。有機農業とは何かに関しては、様々な議論があるが、米国農務省は、次のように定義している。

Organic agriculture: A concept and practice of agricultural production that focuses on production without the use of synthetic pesticides.

有機農業:合成殺虫剤を使わない生産を重視する農業生産の概念と実践。

合成殺虫剤の不使用だけでは、不十分である。有機農業の定義には、除草剤や化学肥料の不使用までが必要である。有機農業では、害虫の駆除や雑草の除去には、化学農薬ではなくて、生物農薬が使用され、肥料は、化学肥料ではなくて、堆肥などの有機肥料が使われる。

もとより、生物農薬や有機肥料だからといって、安全だとか、環境によいというわけではない。生態系を破壊するような生物農薬は使うべきではないし、有機肥料も必要最小限にしなければならない。肥料を過剰に与えると、余剰窒素を求めて虫や病原菌が湧く。肥料を必要最小限にすると、虫や病原菌が湧かなくなるので、農薬の使用も減らすことができる。

この考えをさらに推し進めて、化学農薬や化学肥料だけでなく、農薬と肥料を一切使わずに作物を育てる無肥料栽培を推奨する人々がいる。なぜ一切肥料をやらなくても、作物は育つのか。

現在の施肥農業は、植物を生育させる栄養素はチッソ・リン酸・カリのほかに一六種の必須微量元素が必要で、植物の生産量は最も不足する無機成分量に支配されるという「最小養分律」の概念が基本になっている。したがって、不足成分をバランスよく補うことが大切になる。しかし無肥料栽培の場合、不足成分を人為的に補うことはない。植物は必要不可欠な成分をどのように得ているのであろうか。

その答えとなる説のひとつに「元素転換」がありそうだ。一般の化学では異端視されている説だが、量子力学の見地からすると、その正当性が成り立ってくるそうである。

元素転換は常温核融合と同じく、ごくわずかなエネルギーでも起こり得るといわれている。そのエネルギーのもとになっているのが、植物と人間が共通してもつ微弱な生体電流だともいわれ、特に人が放つ生体電流は作物の生長に大きく影響を与えているのだそうだ。

簡単にいえば、農家の体や心の状態までもが作物に影響する。つまり農家が愛情をもって作物に接し世話をする、その心の声(こえ)こそが、見えない肥(こえ)になっているのかもしれない。

ここに出てくる生物学的元素転換説は、ルイ・ケルヴラン(Corentin Louis Kervran)が唱えたものだが、元素転換は実証されていない仮説である。また、無肥料栽培でどれだけ連作ができるかについての実験もない。日本の土壌は肥えているので、無肥料でも、しばらくは作物が育つが、無機栄養分は、植物によって摂取されたり、水に流されたりするので、新たに補給されなければ、徐々に減っていって、最終的には、土壌は作物を育てることができなくなる。

日本で農業をするには、あまり肥料は必要ないかもしれないが、沙漠や荒地など、栄養の乏しい土地を緑化するには、施肥は不可欠である。化学肥料は、リン鉱石から作られるが、リン鉱石は枯渇しつつあるので、化学肥料を用いた農業は持続可能ではない。

化学肥料は、石油と同様、無尽蔵な資源ではない。リン鉱石が枯渇したら、人類は、海に流出したリンを回収しなければなくなるだろう。そうした回収を機械 で直接やろうとすれば、莫大な費用とエネルギーが必要になるが、心配は無用である。魚や鯨が代わりにやってくれる。魚や鯨の骨には大量のリンが含まれているから、それを農地に還元すればよいのだ。

化学肥料のもう一つの問題点は、主要な必須元素を含んではいるものの、微量の必須元素までは含んでおらず、長期的に化学肥料ばかりを用いていると、田畑が植物の育たない土地になってしまうということである。この点からも、有機肥料、なかんずく人糞尿の利用を見直したいものである。

家畜の糞尿を肥料として使うという方法もあるが、これだと海から陸への栄養の循環を作ることはできない。また、家畜の放牧自体が沙漠化をもたらしていることを考えるならば、家畜への依存度を高めることも好ましくはない。陸上動物ではなくて、水中動物の肉を食べ、そして、人糞を発酵させて肥料にし、有機農業により陸地に還元することが、沙漠の緑化にとって必要である。 

関連書籍紹介
書名 根と共生して作物を強くする菌根菌の活かし方―Dr.キンコンの効果と利用
媒体 単行本(ソフトカバー)
著者 依藤 敏昭 他
出版社と出版時期 農山漁村文化協会, 1995/04
書名 無農薬で庭づくり―オーガニック・ガーデン・ハンドブック
媒体 単行本
著者 曳地 トシ 他
出版社と出版時期 築地書館, 2005/07
書名 超かんたん無農薬有機農業―全公開!プロ農家の栽培技術
媒体 単行本
著者 山下 一穂
出版社と出版時期 農村報知新聞社, 2004/06

砂漠の緑化コラム

中国の黄河断流の原因は何か

イギリスと日本の環境政策

日本人と地球の砂漠化

日本とイラク復興の権益問題

世界金融と取り残される日本人

自己過信する日本人

21世紀の戊辰戦争と西南戦争

2007年8月18日

【覚書】 コスモス(6)

『コスモス』は、アメリカの天文学者、カール・セーガンが監修し、自らナビゲータとして進行を担当した、宇宙と生命をテーマとする、全13回のドキュメンタリー科学番組である。日本で初めてテレビ放送されたのは、1980年のことであるが、2000年に7枚組みのDVDが発売されたので、それを見て思いついたことを7回にわたって書いてみたい。

10. 宇宙観の脱中心化

The 100 inch (2.5 m) Hooker telescope at Mount Wilson Observatory near Los Angeles, California. This is the telescope that Edwin Hubble used to measure galaxy redshifts and discover the general expansion of the universe.
ロサンゼルス郊外のウィルソン山天文台の100インチフッカー望遠鏡。[Andrew Dunn (1989) 100 inch Hooker]

エドウィン・ハッブルとミルトン・ヒューメイソンは、ウィルソン山天文台の100インチフッカー望遠鏡(上の写真)で銀河の赤方偏移を測定し、宇宙膨張を発見した。地球から遠ざかる銀河から来る光は、ドップラー効果により、赤方に偏移するのだが、赤方偏移の量は、遠方の銀河ほど大きいことがわかった。ヒューメイソンは、地球を中心に宇宙が膨張していると考えたが、現代の科学者は、宇宙のどの地点で観測しても、同じ現象が見られると考えている。

The expanding raisin bread model
レーズンパンモデルによるハッブルの法則の説明 [WMAP Cosmology101: Formation of the Elements]

銀河をレーズンに喩えると、パンが膨らむにつれて、どのレーズンから見ても、他のレーズンが離れていくように見える。また、遠くにあるレーズンほど遠くへと離れることがわかる。だが、レーズンパンモデルだと、中心に位置するレーズンと縁に位置するレーズンの違いが出てくるので、真に、各銀河を脱中心化したとはいえない。宇宙に三次元的な縁がないことを示すためには、四次元モデルが必要である。球の表面上に位置する点は、球が膨張するとき、相互に離れていくが、どの点も特異点ではないし、二次元的に縁があるわけでもない。

人間は、地球が太陽系の中心ではなく、太陽系は銀河系の中心ではなく、そしてこの銀河系は宇宙の中心でないことを認識するようになった。人間の知的進歩は、人間が特殊な存在ではないということを明らかにしている。むしろ、人間の宇宙における特殊地位は、人間が宇宙において特殊地位を持たないことを認識している点にある。

11. 情報エントロピーの増大としての汚染

クジラは、海中で音波によるコミュニケーションを行っている。人間が大規模に進出するまでは、大洋は静かで、クジラが発する音声は、15000キロメートル先まで届いた。だが、人間が海洋上を頻繁に往来するようになると、船のスクリュー音やソナーが撹乱要因となって、音声は数百キロメートルにまでしか届かないようになった。

人間が海を喧しくしたおかげで、クジラの繁殖のためのコミュニケーションが妨げられるようになった。人間による物質的な海洋汚染のみならず、ノイズ汚染までもが、クジラの生態を危機にさらしているわけだ。最近増え始めた、クジラの岸辺への打ち上げも、人間によるソナーの使用が原因ではないかという指摘もある [BBC NEWS : Sonar 'may cause whale deaths'] 。

人間は、たんに物質的なエントロピーを増大させるだけではなく、情報エントロピーをも増大させることによって、他の生物に害を与えている。人間が夜間に出す過剰な光は、間違った信号として、動植物の生態を撹乱し、光害と呼ばれているが、これも情報エントロピーの増大としての汚染と位置づけることができる。

COSMOSのDVDと本
タイトルCosmos Collector's Edition (7pc) (Coll Box)
媒体DVD
監督, 出演Carl Sagan
出版社と出版時期Cosmos Studios, 2002/10/22
書名Cosmos
媒体ペーパーバック
著者Carl Sagan
出版社と出版時期Abacus, 1983/08/11

2007年8月13日

【転載論文】知性とは何か

私たちが、人間と他の動物との間にある最も重要な違いと考えている属性は、高い知性である。しかし、知性が高いということは、具体的にはどういうことなのか。人はなぜ知性が高くなったのか。なぜネアンデルタール人が滅んだのかを考えながら、知性の本質を探ろう。(永井俊哉ドットコム論文編より転載)

1. 知性が高いとはどういうことか

“知性 intellect”は、語源的には、ラテン語の動詞“intellegere”に由来し、複数の選択肢の“間から inter”“選ぶlegere”能力を意味する。ただし、選択の能力といっても、遺伝子にあらかじめプログラムされた本能は知性でない。知性は新しい選択の可能性を切り開く後天的な能力である。未経験の選択をするのだから、迷いはある。しかし、人間は、迷うからこそ意識を持つのである。だから、知性とは、意識を伴った選択の能力であると考えてもよい。

もっとも、こうした内面的な定義は、動物とか古人類の知性を論じるときには、直接使えない。外から観測して知性を計量するには、どうすればよいだろうか。最も安直な方法は、頭蓋骨から脳容積を測定する方法である。世界史の教科書の類には、猿人:約500cc→原人:約1000cc→旧人/新人:約1500ccというように、あたかも脳容積の増大が知的能力の進化であるかのように記述しているものもあるが、もし脳が大きければ大きいほど頭が良いとするならば、人間は象やクジラよりはるかに頭が悪いということになってしまう。

ならば、脳重を体重で割った値ではどうだろうか。この基準では、人間は、ネズミとかスズメとか、思わず軽蔑したくなるような小動物に負けてしまう。それなら、脳のしわの数ではどうだろうか。この基準では、人間はイルカに負けてしまう。「一番頭の良い動物」という人間の自尊心を満足させる指数を見つけることは、案外難しいのである。

こうした難点を解消するために考案された指数に、EQ(Encephalization Quotient 大脳化商)がある。一般に脳重は、体重の三分の二乗に比例するので、そのトレンドからどれくらい逸脱しているかで、知性の度合いを測ろうというわけだ。この指数を計算してみると、ヒトのEQが全動物の中で最大となる。めでたし、めでたしである。しかし、EQをはじめとする相対脳重の指数にも問題がある。これらの指数を使って様々な動物の脳を調べると、果実を食べる一夫多妻の動物の相対脳重は大きいという結論が導かれる。果物をしゃぶりながら、愛人を愛撫しているオヤジを見て「知的」と感じる人がどれぐらいいるだろうか。

そもそも、脳は、部位によって機能が異なるのであって、そうした質的な違いを無視して、脳全体の量的な大きさだけで知性を計測しようとする方法には限界がある。知性を司るのは、脳の中でも大脳新皮質であり、大脳新皮質の中でもとりわけ前頭連合野である。こうした部位がどれだけ発達しているかにも注目しなければならない。

新皮質率、すなわち、大脳新皮質量を、新皮質を除く総脳重で割った値の分析から、面白い仮説が出されている。新皮質率は、群れの規模が大きくなるにつれて、高くなるというグループサイズ仮説である。社会のメンバーの数が増えるにつれて、メンバーどうしの関係の複雑性が増えるのだから、その複雑性を縮減するため、より高い知性が要求されるというこの仮説は説得力がある。しかし、群れの規模が大きくても、ボスザルとの関係だけが問題となるような社会では、高い知性は必要ではない。

システム論では、社会的な複雑性を縮減する媒介者をコミュニケーション・メディアと呼んでいる。高い知性を育むには、ボスザルのような特殊な存在者ではなくて、言語のような普遍的存在者がコミュニケーション・メディアでなければならない。言語には、《いま・ここ》を超えた普遍性がある。その普遍性ゆえに、未経験の事柄に対しても、言語によって媒介された存在者は、選択を行うことができる。知性とは、言語の能力であると考えて差し支えない。

一匹のボスザルが支配できる群れの大きさには限界がある。ホモ・ロクエンスである人間は、言語によって表現された法により、大きな社会集団を作ることができる。そして、法の壁を超えて、言語という普遍的なメディアを媒介にした交換のネットワークを広げることにより、社会の規模をさらに広げることができる。

人間は、言語能力という点でチンパンジーとは大きく異なっているが、それ以外の情報処理能力に関しては、優劣の差は大きくない。では、ヒトがチンパンジーから分岐して、高い知性を発達させてきたのは、言語のおかげなのだろうか。答えは、この問いが遺伝子レベルでの進化についてのものならばノーであり、文化レベルでの進歩についてのものならば、イエスである。

言語が文化レベルでの進歩に絶大な貢献を果たしたことは言うまでもない。言語のおかげで、私たちは、いちいちゼロから出発することなく、先祖の知を受け継いで、それを発展させていくことができる。だが、そうした言語の使用がDNAに変異をもたらしたことはない。将来、人類は、遺伝子操作により自らの身体を改造するかもしれないが、少なくともこれまでは、自らの知性を用いて人種改造をしたことはない。現生人類は、この1万年の間に、大いに文化を発展させたが、遺伝子的には、この数万年間、ほとんど何も変わっていないのだ。

2. 道具の使用が知性を高めたわけではない

なぜ人間の知性は高くなったのかに関して、世界史の教科書などは、いまだに「人間は直立二足歩行を始めるにつれ、自由になった手で道具を作るようになり、それによって知能が発達した」などという昔の定説を掲載しているが、このおなじみの定説は、今日大いに疑問視されている。ヒトは、直立二足歩行を始めてから、300万年間以上もの間、道具を作らず、その知性は類人猿レベルだった。ヒトが石器を作り始めたのは、250万年前頃なのだが、石器を作り始めたために、少しずつ知能が向上したというわけではなかった。

今日広く受け入れられている進化論上の仮説に、断続平衡説がある。進化とは、小さな変化が長期にわたって少しずつ積み重なった結果なのではなくて、地質学的な尺度からすれば一瞬の出来事なのであり、大きな変化が起こった後はほとんど何の変化も起きない停滞が続くという学説である。この理論は、人間の進化を説明するのにも使うことができる。すなわち、脳の進化は、道具の使用によってもたらされたのではなく、突然変異的に偶然生じたと考えることができる。

新しい形質は、偶然生じるとしても、淘汰圧に晒されるのだから、環境に適応した形質が優先的に生き延びることになる。ヒトは、喉頭の下降と吸気の抑制能力のおかげで、言葉を話すハードウェアができた。もちろん、言葉を話すハードウェアができたからといって、実際に言葉を話すとは限らない。むしろ、多くの猿人は、言葉を話すことなく、乾燥化と寒冷化という環境悪化の中で絶滅していった。そんな中、ホモ属の元祖であるホモ・ハビリスは、言語を用いたコミュニケーションにより、苛酷な環境を生き抜いた。

ホモ・ハビリスに言語能力があったことは、その頭蓋骨の形状からわかっている。言語表現能力を担うブローカ領野と言語理解能力を担うウェルニッケ領野が発達していたことから、ホモ・ハビリスには、言語を使うだけの知性があったと考えられている。ホモ・ハビリスは、最初の石器文化の創始者とされているが、石器の使用は知性の結果であって、原因ではない。

人間の知性の歴史において、ホモ・ハビリスの出現に匹敵する画期的な出来事は、現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の出現である。現生人類の脳は、前頭連合野の著しい発達によって特徴付けられる。前頭連合野は、私たちが「人間的」と呼びたくなる高度な精神的機能を果たす脳の最高中枢部である。前頭連合野が大脳新皮質に占める割合は、猫で約3.5%、サルで約11.5%、人間では約30%である。これは、人間の知性の優位を明確に示す指数と言える。

3. ネアンデルタール人はなぜ滅んだのか

4.5万年前頃に中近東で現生人類が「文化のビッグバン」と呼ばれる言語革命・技術革新を起こし、同時代のライバルであったネアンデルタール人を絶滅へと追いやったのは、発達した前頭連合野のおかげだと考えてよい。ネアンデルタール人の脳容積は、現生人類よりもむしろ大きいぐらいなのだが、前頭連合野は、現生人類と比べると未発達だった。

ネアンデルタール人の脳容積が現生人類よりも大きかったのは、彼らが、筋肉隆々・骨格頑丈な巨体を持っていたからである。遺跡の調査から、ネアンデルタール人は、現生人類よりも10倍も多くの石器を作っていたことがわかっている。また、重労働をさせると骨が太くなるということが、動物実験で実証されている。彼らの頑丈な体は、こうした重労働の結果であると考えることができる。

では、ネアンデルタール人は、なぜ重労働をしなければならなかったのだろうか。遺跡の調査から、現生人類が、季節によって住まいを豊富な食料が得られる場所へと移動させたのに対して、ネアンデルタール人は、一年中同じ場所に留まっていた。このため、ネアンデルタール人は、現生人類よりも厳しい狩猟採取労働を余儀なくされた。ネアンデルタール人は、二重の意味でスマートではなかったのだ。

アウストラロピテクス・アフリカヌス対アウストラロピテクス・ロブストゥス、あるいはクロマニヨン人対ネアンデルタール人など、やせてはいるが頭のいい類人猿の方が、多くの食料を必要とする筋骨隆々の類人猿よりも淘汰されにくいという傾向があるようだ。

なぜネアンデルタール人は、季節ごとに、獲物がたくさんいる場所へと移住しなかったのだろうか。それは、彼らが、現生人類のように、家族を超えた交易のネットワークを持たず、情報が不足していたからだ。ネアンデルタール人は、小家族単位でしか暮らしていなかった。ネアンデルタール人の火打ち石の石器素材が、産出地から50キロメートル以上も離れて見つかる例がほとんどないのに対して、現生人類は、他の部族と、火打ち石、石器、装飾品などの交易網を確立していて、原材料は300キロメートルも動いていた。例えば、バルチック海沿岸産の琥珀が南欧のクロマニヨン人の遺跡で発見されたり、鮫の歯や海産の貝殻が、海から数百キロメートルも離れた内陸のクロマニヨン人の遺跡で見つかったりしている。

ネアンデルタール人は、さらに、現生人類ほど洗練された言語を持っていなかった。そのことは、ネアンデルタール人の遺跡には、クロマニヨン人の遺跡に見られるような、象徴的能力を示す痕跡がほとんど残っていないことからもわかるが、人骨の形からも推定できる。ネアンデルタール人の頭蓋底部は、その祖先と考えられているホモ・ハイデルベルゲンシスと比べて、平べったく、喉頭は彼らよりも高い位置にあった可能性がある。これは、人類の進化とは逆方向である。また、ネアンデルタール人の声は、鼻にかかっていて明瞭ではなかったとか、一部の母音や子音を発音できなかったという説がある。

ネアンデルタール人の言語が明晰でなかったことは、彼らが小家族単位でしか暮らしていなかったことと関係がある。今でもそうだが、家族内のコミュニケーションなら、以心伝心で事足りる。明晰な言語で、法律を作ったり契約をしたりするのは、コミュニティの外部にいる他人との関係においてである。クロマニヨン人が、明晰で複雑な言語のシステムを築き上げたのは、彼らが、家族を超えた交換のネットワークを持っていたからだ。

4. ネットワークの創発が知性を発達させる

言語の基本的な能力を司っているのは、ブローカ領野とウェルニッケ領野である。しかし、最近の脳科学によると、メタファーや創作といった、言語のイノベイティブな機能を担っているのは、前頭連合野なのだそうだ。連合野は、感覚野における個別的な情報処理能力を統合し、運動野につなげるという点で、ネットワーク化の働きをしていると言うことができる。その連合野の中でも、前頭連合野は、新しいネットワーク化を創作する能力を持っている。ネットワークの創発、これが知性を理解する上でのキーワードである。

クロマニヨン人の脳の発達した前頭連合野は、新しい神経回路のネットワークを作り出し、交易の新しい社会的なネットワークを作り出し、それによって言語システムを複雑にし、概念の示差的なネットワークに革新をもたらした。この三つのネットワークの創発は、相互に無関係なのではなく、知性の発達という一つの本質の異なった側面に過ぎない。

私たちは、現在、グローバル社会という、巨大なネットワーク社会の中で生きている。異質な人と人との自由な出会いから、この地球上では、絶えず新たなネットワークが生み出されている。そうした、グローバルなネットワーク社会の方が、例えば北朝鮮のような、グローバルなネットワークから孤立して、上から情報統制をしている社会よりも、競争力がある。北朝鮮の一般市民が貧困に苦しんでいるのは、決して、彼らが怠け者だからではない。むしろ、日本のフリーターなどよりも熱心に働いているに違いない。それでいて、彼らの生活水準が、日本のフリーターのそれに及ばないのは、彼らが、複雑系がもたらす技術革新の恩恵に浴していないからだ。

ボスザルならぬボス教授が専制支配する閉鎖的な研究室で、狭い専門の殻に篭って研究を続けていても、新しい知のパラダイムは生まれない。アカデミズムの人たちは、「地道な研究をこつこつ続けていれば、必ず成果が現れる」とよく言うが、ネアンデルタール人や北朝鮮の人々がいくら重労働に励んでも、飢餓から抜け出すことができなかったように、視野が狭ければ、研究者は知的飢餓状態から抜け出すことはできない。私が、意図的に様々な領域の学問を取り上げ、知の新しいネットワーク化を目指しているのは、知性とはネットワークを創発させる能力だと認識しているからである。

読書案内
書名 出アフリカ記 人類の起源
媒体 単行本
著者 クリス ストリンガー 他
出版社と出版時期 岩波書店, 2001/02
書名 African Exodus: The Origins of Modern Humanity
媒体 ペーパーバック
著者 Christopher Stringer 他
出版社と出版時期 Henry Holt & Co (P), 1998/06/01

2007年8月12日

持続可能な文明(1)人口増加の抑制

人類文明を持続可能にするには、(1)人口増加の抑制、(2)植生の維持と回復、(3)再生可能エネルギーの利用が必要である。三つの課題に対する私の提案を三回にわたって連載することで、本シリーズ「資源問題と環境問題への解決策」の結論としたい。今回は、まず人口爆発問題を取り上げる。

1. 現代の資源問題と環境問題の根本原因

現代における資源の枯渇リスクの増大と環境汚染の深刻化は、根本的には、産業革命以後急激に増大したエネルギー消費によってもたらされている。

Jean-Marie Martin-Amouroux, IEPE, Grenoble, France, private communication (2003); BP Statistical Review of World Energy 2004.
急増する世界のエネルギー消費量。バイオマスエネルギーは横ばいだが、産業革命以降、化石燃料の消費が急増している。[HYDROPOLE:Data from Jean-Marie Martin-Amouroux, IEPE, Grenoble, France, private communication (2003) BP Statistical Review of World Energy 2004.]

エネルギー消費量は、人口と一人当たりのエネルギー消費量によって決まるのだから、エネルギー消費量を減らそうと思えば、このうちのどちらか、または両方を減らさなければならない。

一人当たりのエネルギー消費量は、技術革新によりエネルギー効率を高めるなど、生活の質を下げることなく、ある程度までは下げることができる。エネルギーの消費が生み出す高エントロピー廃棄物が環境に与える負荷を最小にする上でも技術革新は重要な役割を果たす。技術革新が、資源・環境問題の解決に必要であることは言うまでもない。だが、技術革新に過剰な期待を持つことは禁物である。特に、エネルギー消費の総量を減らそうと思えば、人口を減らさなければならない。

以下のグラフが示すように、世界の人口は、産業革命以降、爆発的に増えている。技術革新による生産力の増大と医療の発達による平均寿命の延びが、多産多死社会を多産少死社会にした。この人口爆発が持続可能でないことは明らかである。資源問題と環境問題を解決する上で、最初に必要なことは、多産少死社会を少産少死社会にすることである。

出典:国連人口部「World Population Prospects: The 2004 Revision」(2005年)、同「The World at Six Billion」(1999)、他
20世紀以降、爆発的に増加した世界人口
[UNFPA(国連人口基金)東京事務所世界人口推移グラフ]

2. 改善しつつある人口問題

幸いにして、人口増加率は、1960年代後半以降減少している。1970年代以降、先進国では、少子化が顕著に進んでおり、日本でも、1973年をピークに、新生児数や合計特殊出生率が下がりだした。

World Population Information
世界の人口増加率の変遷。1960年前後に大きく落ち込んでいるのは、1958年から始まった毛沢東の大躍進政策の影響である。[International Data Base (IDB) - World Population]

世界人口の増加数も1990年以降減り続けている。下の図には、世界人口のグラフも赤線で書き込まれているが、このまま順調に人口増加数が減り続ければ、世界人口は、S字型のロジスティック曲線を描いて、人口増加を停止させるだろう。

United Nations, 1999, The World at Six Billion
世界人口の毎年の増加数(棒グラフ,目盛りは左軸,単位は百万人)と世界の人口(赤の曲線,目盛りは右軸,単位は十億人)[Historical Estimates of World PopulationUnited Nations (1999) The World at Six Billion]

3. 知識集約的経済は人口を減らす

世界の人口増加率が減少しているのはなぜだろうか。通常のロジスティック・モデルは、生物の個体数が環境収容力に近づくことが、個体数の増加に歯止めをかけると説明するのだが、現在の世界の人口増加は、餓死者の増加によってというよりも、むしろ餓死とは無縁の先進国における出生率の低下によって抑制されている。では、先進国で出生率が下がっている原因は何か。

日本の夫婦は、教育コストの高さゆえに、子供をあまり産みたがらない。韓国、台湾、香港、シンガポールといった教育熱心な東アジア諸国でも事情は同じで、これらの国々の合計特殊出生率は、日本よりも低い。低学歴社会の発展途上国では、子供は、早い段階で労働力として使われるので、子だくさんに経済的メリットがあるが、高学歴社会の先進国では、子だくさんはむしろ経済的デメリットである。ゆえに、社会の高学歴化は、人口減少をもたらす効果を持つ。

また、高学歴社会では、就学期間の長さゆえに、晩婚化が進む傾向がある。女性の場合、生殖能力がある期間は限られているので、晩婚化は合計特殊出生率を下げることになる。世界的に見て、女性の教育水準と合計特殊出生率との間には、負の相関があることがわかっている。以下の図を見ても、学歴が高くなるにつれて、合計特殊出生率(total fertility rate)が下がる傾向があることがわかる。

Women's education and family size in selected countries, 1990s (Population Reference Bureau 2001).
7つの発展途上国における女性の教育と家族の規模の関係。各国の左の棒グラフは、学歴なし、中央の棒グラフは、初等教育修了、右の棒グラフは中等教育修了の女性の合計特殊出生率。[Center for Global Geography EducationPopulation Module - Lesson 3]

教育は性欲を学問や芸術に昇華させる。平均的なIQのティーンエイジャーよりもIQの高いティーンエイジャーのほうが、セックスやキスをしないという調査結果[Smart teens don't have sex (or kiss much either)]から判断しても、知的活動は性的活動を抑制する傾向があるといってよいだろう。先進国のように情報産業が発達している社会では、娯楽が多様化するので、性的関心は相対的に低下する。また、日本の萌えオタクのように、性欲をバーチャルな対象で満足させてしまう人々も増えている。今後、世界的に、リアルな世界に遺伝子(gene)を残すよりも、バーチャルな世界に文化的遺伝子(meme)を残すことに熱心な人々が増えるだろう。

こうした様々な原因で、低学歴社会から高学歴社会への、労働集約的経済や資本集約的経済から知識集約的経済への移行は、出生数を減らす。人類が特に意図したわけでもないのに、自然と人口問題は解決しつつある。まるで自然の摂理が働いているかのようだ。先進国の中には、少子化に危機感を抱いて、様々な少子化対策をしているところもあるが、人口増加が人類の絶滅の危機を高めていることを考えるならば、少子化をむしろ逆に促進するべきである。

4. 人口を減らすための政策

人口の削減は、温室効果ガスの削減と似ている。全体の削減にはみんな賛成するのだが、自分のところの削減となると抵抗が出てくる。とはいえ、人類全体の利益を優先させて考えるならば、各国ともエゴを主張しているわけにはいかない。「京都議定書(3)新しい制度の提案」で、私は、温暖化対策として、温室効果ガスの排出にピグー税を課すことを提案したが、ここでは、「子供の排出」にピグー税を課すことを提案したい。

具体的には、結婚する前に、養育保険への加入を義務付け、多額の保険料を支払うことを制度化する。未婚で出産するときも、同様の義務を負うものとする。この制度を世界的に普及させれば、経済的理由から出産を断念する人が増えるので、人口増加を抑制することができる。

また、結婚後、親が、病気や破産などの理由で、子の養育ができなくなっても、保険金により、子は十分な教育を受けることができる。だから、この制度は、教育水準の低い労働者を増やすことを阻止する。

発展途上国は、これまで、教育水準の低い労働者を大量に生み出してきた。しかし、世界的に産業のオートメーション化が進んでいるので、今後の労働市場で重要になるのは、人材の量ではなくて質であろう。子供の数を減らしつつも、一人当たりの教育投資を増やす養育保険制度は、知識集約的経済の時代にふさわしい人口増加抑制制度だと思う。

私は、このページの最初で、資源・環境問題の解決には、技術革新と人口増加の抑制の二つが必要だと言ったが、どちらも知識集約的経済が解決してくれる課題だ。一人当たりの教育投資が増えれば、優れた技術者の数も増えるだろうし、それだけ技術革新も促進されるだろう。

少子化を危惧している人たちは、少子化が進むと、生産年齢人口に対して非生産年齢人口である高齢人口が増え、経済が停滞するという問題を指摘するが、この問題も知識集約的経済が解決してくれる。人間の肉体的能力は、年とともに急速に衰えるが、知的能力は、加齢によっては容易に衰えない。知識集約的経済では、高齢者が知的労働を続けるので、高齢者の割合の増加が若年層の負担を増やすことはない。日本もそろそろ定年制を廃止してはどうだろうか。

関連書籍紹介
書名 人口が爆発する!―環境・資源・経済の視点から
媒体 単行本
著者 ポール・R. エーリック 他
出版社と出版時期 新曜社, 1994/06
書名 子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)
媒体 新書
著者 赤川 学
出版社と出版時期 筑摩書房, 2004/12
書名 知識・情報集約型経済への移行と日本経済
媒体 単行本(ソフトカバー)
著者 経済企画庁経済研究所
出版社と出版時期 大蔵省印刷局, 1999/04/27

2007年8月11日

【覚書】 コスモス(5)

『コスモス』は、アメリカの天文学者、カール・セーガンが監修し、自らナビゲータとして進行を担当した、宇宙と生命をテーマとする、全13回のドキュメンタリー科学番組である。日本で初めてテレビ放送されたのは、1980年のことであるが、2000年に7枚組みのDVDが発売されたので、それを見て思いついたことを7回にわたって書いてみたい。

8. 恒星間航行

An artist's conception of Project ORION; from NASA
オリオン計画での宇宙船の想像図
[An artist's conception of Project ORION]

太陽系内での宇宙旅行なら、既存の宇宙船で問題はないが、恒星間航行となると強力な動力源が必要になる。米国は、1958年から、核パルスによって推進される宇宙船を開発するオリオン計画 (Project Orion)を始めた。英国惑星間協会(British Interplanetary Society)は、1973-1978年にかけて、核融合で推進される宇宙船を開発するダイダロス計画 (Project Daedalus) を立てていた。だが、どれも、他の恒星にまで航行するのに時間がかかりすぎる。そこで、カール・セーガンは、ワームホールの通過によるワープを提案していたが、仮にそれが理論的に可能でも、技術的には非常に難しいだろう。

9. 宇宙の死と人類の未来

According to the Big Crunch theory, the universe will end in an infinitely dense singularity.
ビッグクランチ理論によれば、宇宙は、将来、無限に収縮して終焉を迎える。[Big crunch]

生命は、地球に誕生して以来、38億年間のうちに、様々な種への分岐し、進化してきた。進化は今後も続くだろうし、人間も、絶滅せずに、新たな進化を遂げるかもしれない。だが、生命は永遠に続くのだろうか。いつかすべて絶滅する日が来るのだろうか。

ビッグバンで生成した宇宙は、ビッグクランチによって終焉するという説がある。他方で、宇宙は今後も膨張し続け、終焉を迎えることはないとする説もある。熱力学第二法則によれば、孤立系である宇宙のエントロピーが減ることはない。だから、従来、宇宙は最後にはいかなる仕事をも取り出すことが不可能な熱死を迎えると考えられてきた。

だが、エントロピーが最大になる以上のスピードで宇宙が膨張しているから、熱死状態になることはないという説もある。比喩を用いるならば、人間が生活していると部屋はどんどん汚くなるが、汚くなる以上のスピードで、新しい部屋ができるならば、いつまでたっても部屋が汚くなりきることはないといったところだ。ビッグクランチにしても熱死にしても、はるか未来のことだから、心配することは何もないのだが、宇宙と生命に終わりがない方が、未来に期待が持てる。

COSMOSのDVDと本
タイトルCosmos Collector's Edition (7pc) (Coll Box)
媒体DVD
監督, 出演Carl Sagan
出版社と出版時期Cosmos Studios, 2002/10/22
書名Cosmos
媒体ペーパーバック
著者Carl Sagan
出版社と出版時期Abacus, 1983/08/11

2007年8月 5日

京都議定書(3)新しい制度の提案

京都議定書には、負担の分担が不公平である、吸収源を軽視している、多目的事業を不利にするといった欠陥があることを指摘した。最後に、これらの欠陥を克服し、地球温暖化問題を含め、トータルに環境問題を解決する新制度を提案したい。

1. 温室効果ガス排出税を導入する

1990年を基準として、恣意的に削減率の目標を決めると、負担の分担が公平ではなくなる。だから、温室効果ガスの排出量全体に、一定割合で課税するという形で、普遍的に規制するべきだ。このように外部不経済の内部化する税のことを、経済学ではピグー税という。ピグー税では、自分が生み出した不経済の分だけ負担をするのだから、明快で、公平である。

この税を導入しても、増えた税収の分、他の課税を減らせば、国民経済全体にダメージを与えることにはならない。多くの国は、所得に課税しているが、こうした取りやすいところから取る方法は、社会政策的に望ましくない。税にはペナルティとしての機能があるから、所得に課税すると、利益を出して社会に貢献しているところがペナルティを受けるということになる。だから、望ましくない結果へのインセンティブを高める税はできるだけ減らし、ペナルティ型のピグー税を増やしたほうがよい。

ピグー税は、地球温暖化だけでなく、大気汚染、水質汚濁、土壌劣化など他の環境問題の解決にも役立つ。環境問題をグローバルに解決するには、こうした各種のピグー税を、先進国のみならず、途上国にも適応させるべきである。途上国は、それまで何の制約も受けなかったのだから、こうした税の導入に反発するかもしれない。途上国の離脱を防ぐには、離脱した途上国を政府開発援助(ODA=Official Development Assistance)の対象からはずすようにすればよい。逆に、参加する途上国には、政府開発援助を通じて、環境問題の解決以上の利益が受けられるようにする。

2. 政府開発援助を環境関係に限定する

政府開発援助は、第二次世界大戦後、福祉国家的政策の国際版として登場した。1970年代以降、先進国では福祉国家的政策の見直しが進んだにもかかわらず、政府開発援助は、相変わらず惰性で続けられており、DAC(開発援助委員会)加盟国全体の政府開発援助額は、1000億ドル以上になる[2006年におけるDAC諸国の政府開発援助(ODA)実績(暫定値)]。政府開発援助は本当に必要なのか、改めて考え直してみる必要がある。

日本が行う政府開発援助は、ダム建設や道路整備などの経済インフラへの投資に偏っていて、日本企業の海外進出に役立っても、途上国の貧困の根絶には貢献していないという批判がしばしばなされる。たしかに、政府による環境破壊型プロジェクトの推進は、国内でも海外でも時代錯誤的になっていると言ってよいだろう。

では、欧米の先進国が熱心にやっているような、貧困層のための医療・食料・教育への人道的な援助なら必要かといえば、そうでもない。途上国の医療や食料や教育に先進国が金を出せば出すほど、他人の金を当てにして子供を産む人が増える。人口の増加が資源の減少と貧困をもたらし、その貧困を解消するべく、さらに人道的援助がなされるという悪循環のおかげで、途上国の貧困問題は、一向に改善しない。だから、先進国は、人口増加を抑制するためにも、そして地域経済の自立を促すためにも、途上国への人道的援助をやめるべきである。

よって、政府開発援助を正当化する事業としては、環境破壊の防止と修復ぐらいしかない。環境問題は、市場経済だけに任せておいても解決しないので、政府が介入する正当性がある。ただし、環境問題といっても、グローバルな温暖化だけでなく、ローカルな公害も対象にしなければならない。

3. 多目的事業を優遇する

例えば、工業プロセスで発生する二酸化炭素を回収・貯蔵する炭素隔離事業のように、温室効果ガスを削減する効果しか持たないプロジェクトは、追加性ゆえに、京都議定書が定めるクリーン開発メカニズムの承認を得やすいが、途上国の人々に歓迎されない。他方で、自分たちの生活を目に見える形で向上させる効果を複合的に持つプロジェクトなら、歓迎される。コベネフィッツ型温暖化対策を行うには、京都議定書という枠組みよりも、政府開発援助の枠組みで行う方がよい。

緑化事業は、クリーン開発メカニズムでは過小評価されているが、コベネフィッツ型温暖化対策としてはきわめて有望である。沙漠を緑化すれば、水と栄養の循環を作り出すことで、環境を改善することができるし、食料、資材、エネルギーの自給も可能になる。ただし、バイオマスを直接燃やすことは好ましくないので、環境負荷を与えないように、ガス化して利用することが必要になる。この点では、先進国による技術支援が必要である。バイオマスの利用に関しては、また別の機会に詳しく論じたい。

4. 米国を参加させる

米国は、途上国に削減義務がないこと米国経済にダメージを与えるということを理由に、京都議定書の批准を拒否した[Byrd-Hagel Resolution]。だが、私の提案した制度では、米国は拒否する理由はない。途上国は先進国と同じピグー税を受け入れるし、米国は世界最大の政府開発援助国であるから、追加的な負担はない。オーストラリアやカナダの賛成も得やすい。

資源問題と環境問題を解決する上で、無駄を省くということはとても重要である。温暖化対策と他の環境対策と途上国支援を別々にやって、資金という希少資源を浪費するのではなくて、無駄を省いて、できるだけ効率的に運用することを心がけなければいけない。

関連書籍紹介
書名 図解でわかる 京都議定書で加速されるエネルギービジネス
媒体 単行本
著者 井熊 均
出版社と出版時期 日刊工業新聞社, 2006/02
書名 先進事例にみる排出権取引ビジネス最前線
媒体 単行本
著者 三菱総合研究所
出版社と出版時期 工業調査会, 2006/05
書名 なるほど図解 排出権のしくみ
媒体 単行本(ソフトカバー)
著者 株式会社日本スマートエナジー代表取締役 大串 卓矢
出版社と出版時期 中央経済社, 2006/10/05

2007年8月 4日

【覚書】 コスモス(4)

『コスモス』は、アメリカの天文学者、カール・セーガンが監修し、自らナビゲータとして進行を担当した、宇宙と生命をテーマとする、全13回のドキュメンタリー科学番組である。日本で初めてテレビ放送されたのは、1980年のことであるが、2000年に7枚組みのDVDが発売されたので、それを見て思いついたことを7回にわたって書いてみたい。

6. 大航海時代と宇宙開発時代

Christiaan Huygens
クリスティアーン・ホイヘンス(1629年-1695年)[Christiaan Huygens] 望遠鏡を製作し、土星の輪や土星の衛星を発見した。ホイヘンスは、他の惑星にも、地球と同じ生物がいると信じていた。

17世紀から18世紀にかけての大航海時代に、オランダは、世界の海を支配する覇権国家となった。この時代はオランダの黄金時代で、ホイヘンス(上図)、スピノザ、グローティウス、ルーベンス、レンブラント、フェルメールなど、優れた学者や芸術家が現れた。セーガンは、オランダの繁栄を、異端に対して寛容な政治風土に求めている。

オランダは、世界各地に植民地を築いたが、利益を上げないうちにその大半を次の覇権国家であるイギリスに奪われてしまった。その結果、英語が世界の標準語となった。カール・セーガンは、惑星探査機ボイジャーの名前にかこつけて、大航海時代を現代の宇宙開発時代に喩えているのだが、米国も、利益を上げないうちに、宇宙開発の成果を次の覇権国家に奪われるかもしれない。

もしも多くの人が予想するように、次の覇権国家が中国となるならば、さらに、中国がテラフォーミング(惑星の地球化改造)に成功して、過剰な人口を他の惑星に移住させるならば、中国語が宇宙の標準語となるだろう。日本人がイニシャティブを握れば、日本語が宇宙の標準語になるかもしれない。

7. 経験主義と理想主義

Democritus
デモクリトスの肖像 [Democritus Portraits]

セーガンは、ミレトス学派の自然哲学を、宗教的権威に依存しない自然の説明として、なかんずく、デモクリトスの原子論を、最初の科学的アプローチとして高く評価する。哲学の世界では、デモクリトスのようなソクラテス以前の自然哲学は、プラトン・アリストテレスの前座として軽く見られる傾向があるのだが、セーガンのような自然科学者は、逆の評価をする。

ミレトスは、既存宗教の支配力が強いギリシャ本土から遠く離れた植民地だったので、自由な思想が発達しやすかった。また、交易が活発だったために、知的刺激にも欠かなかった。これが、非宗教的な自然哲学が花開いた原因と考えられている。

自然哲学者は、経験を重視し、実験を行ったが、プラトンは、経験を軽蔑し、イデアの世界に閉じこもった。プラトンの哲学はその後キリスト教によって受け継がれ、科学者にとっては暗黒の時代が続くことになる。プラトンのイデア論は、肉体労働を奴隷にさせる特権階級の思想であり、自ら技術者として肉体労働を行ったミレトス学派の自然哲学者とは異なって、人類の進歩を妨げたとセーガンは言う。

プラトンの哲学のような経験的多様性を無視する理想主義は、学問的には神秘主義的独断論を、政治的には全体主義的独裁制を帰結する。カール・ポッパーは、プラトンの哲学を悪しき全体主義の源泉と位置付けていたが、健全な学問にとって必要なのは、経験を重視した理論であり、健全な政治にとって必要なのは、個の利益を重視した全体の利益である。

COSMOSのDVDと本
タイトルCosmos Collector's Edition (7pc) (Coll Box)
媒体DVD
監督, 出演Carl Sagan
出版社と出版時期Cosmos Studios, 2002/10/22
書名Cosmos
媒体ペーパーバック
著者Carl Sagan
出版社と出版時期Abacus, 1983/08/11

2007年7月29日

京都議定書(2)柔軟性措置の問題

京都議定書の温室効果ガス排出削減規制には、金融メカニズムと呼ばれる柔軟性措置があって、国内で削減目標が達成できなくても、他の国での削減実績でそれを補填することができる。しかし、このメカニズムにおける吸収源と追加性のルールに関しては、問題がある。

1. 三つの金融メカニズム

京都議定書が認める金融メカニズム(financial mechanisms)、通称、京都メカニズムあるいは柔軟性メカニズム(flexible mechanisms)には、共同実施(Joint Implementation)、クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism)、排出量取引(Emissions Trading)の三つがある。

このうち、共同実施とは、先進国(附属書Ⅰに掲げる締約国)が、他の先進国、特に、ロシアなど市場経済への移行途上国で温室効果ガスの排出量を削減するプロジェクトを実行し、その削減量を、京都議定書第三条で決められた自国の削減量に移転する制度で、京都議定書第六条第一項で、次のように定められている。

1. For the purpose of meeting its commitments under Article 3, any Party included in Annex I may transfer to, or acquire from, any other such Party emission reduction units resulting from projects aimed at reducing anthropogenic emissions by sources or enhancing anthropogenic removals by sinks of greenhouse gases in any sector of the economy, provided that:

附属書Ⅰに掲げる締約国は、第三条の規定に基づく約束を履行するため、次のことを条件として、経済のいずれかの部門において温室効果ガスの発生源による人為的な排出を削減し又は吸収源による人為的な 除去を強化することを目的とする事業から生ずる排出削減単位を他の附属書Ⅰに掲げる締約国に移転し又は他の附属書Ⅰに掲げる締約国から取得することができる。

(a) Any such project has the approval of the Parties involved;

当該事業が関係締約国の承認を得ていること。

(b) Any such project provides a reduction in emissions by sources, or an enhancement of removals by sinks, that is additional to any that would otherwise occur;

当該事業が発生源による排出の削減又は吸収源による除去の強化をもたらすこと。ただし、この削減又は強化が当該事業を行わなかった場合に生ずるものに対して追加的なものである場合に限る。

[以下略]

クリーン開発メカニズム(外務省訳では、低排出型の開発の制度)は、先進国が発展途上国で温室効果ガスの排出量を削減するプロジェクトを行い、それによって削減された排出量を自国の割り当てに充当する制度で、京都議定書では、第十二条第二項と第三項で以下のように規定されている。

2. The purpose of the clean development mechanism shall be to assist Parties not included in Annex I in achieving sustainable development and in contributing to the ultimate objective of the Convention, and to assist Parties included in Annex I in achieving compliance with their quantified emission limitation and reduction commitments under Article 3.

低排出型の開発の制度は、附属書Ⅰに掲げる締約国以外の締約国が持続可能な開発を達成し及び条約の究極的な目的に貢献することを支援すること並びに附属書Ⅰに掲げる締約国が第三条の規定に基づく排出 の抑制及び削減に関する数量化された約束の遵守を達成することを支援することを目的とする。

3. Under the clean development mechanism:

低排出型の開発の制度の下で、

(a) Parties not included in Annex I will benefit from project activities resulting in certified emission reductions; and

附属書Ⅰに掲げる締約国以外の締約国は、認証された排出削減量を生ずる事業活動から利益を得る。

(b) Parties included in Annex I may use the certified emission reductions accruing from such project activities to contribute to compliance with part of their quantified emission limitation and reduction commitments under Article 3, as determined by the Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to this Protocol.

附属書Ⅰに掲げる締約国は、第三条の規定に基づく排出の抑制及び削減に関する数量化された約束の一部の遵守に資するため、 (a) の事業活動から生ずる認証された排出削減量をこの議定書の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議が決定するところに従って用いることができる。

排出量取引とは、目標以上に削減された排出量に対して国連が発行するクレジットを、目標を達成できなかった企業や国が排出枠として購入する制度である。購入者が積極的にプロジェクトをするのではないという点で、共同実施やクリーン開発メカニズムとは異なる。京都議定書は、排出量取引に関してはあまり詳しく述べていないのだが、第十七条で、次のように概略を示している。

The Conference of the Parties shall define the relevant principles, modalities, rules and guidelines, in particular for verification, reporting and accountability for emissions trading. The Parties included in Annex B may participate in emissions trading for the purposes of fulfilling their commitments under Article 3. Any such trading shall be supplemental to domestic actions for the purpose of meeting quantified emission limitation and reduction commitments under that Article.

締約国会議は、排出量取引(特にその検証、報告及び責任)に関する原則、方法、規則及び指針を定める。附属書Bに掲げる締約国は、第三条の規定に基づく約束を履行するため、排出量取引に参加することができる。排出量取引は、同条の規定に基づく排出の抑制及び削減に関する数量化された約束を履行するための国内の行動に対して補足的なものとする。

二酸化炭素の排出量を削減するための限界費用は、日本が世界で最も高い [小林 紀之:地球温暖化と森林ビジネス―「地球益」をめざして, p.112]。このことは、すなわち、二酸化炭素の排出削減は、日本でやるよりも海外でやったほうが安くつくということである。

2. 吸収源の問題

京都議定書は、以下にあるように、第三条第三項で、1990年以降の植林などで吸収された二酸化炭素を数値目標の達成に利用することを認めた。

3. The net changes in greenhouse gas emissions by sources and removals by sinks resulting from direct human-induced land-use change and forestry activities, limited to afforestation, reforestation and deforestation since 1990, measured as verifiable changes in carbon stocks in each commitment period, shall be used to meet the commitments under this Article of each Party included in Annex I.

土地利用の変化及び林業に直接関係する人の活動(千九百九十年以降の新規植林、再植林及び森林を減少させることに限る。)に起因する温室効果ガスの発生源による排出量及び吸収源による除去量の純変化 (各約束期間における炭素蓄積の検証可能な変化量として計測されるもの)は、附属書Ⅰに掲げる締約国がこの条の規定に基づく約束を履行するために用いられる。

第六条第一項は、すでに引用したように、共同実施プロジェクトの目的を「温室効果ガスの発生源による人為的な排出を削減し又は吸収源による人為的な除去を強化すること」と定めているが、クリーン開発メカニズムと排出量取引の目的も同じで、発生源の削減と吸収源の増大が対策の両輪である。

また、その後の2001年に採択されたマラケシュ合意では、新規植林だけでなく、森林や放牧地などの管理を利用することによる吸収分のカウントも許容されるようになった。しかしながら、実際には、吸収源の増大は、発生源の削減よりも不利な扱いを受けている。まず、最初の基準年で、クリーン開発メカニズムでの植林による吸収量は、全割当量の1%を超えてはいけない。さらに、植林を共同実施ないしクリーン開発メカニズムで行って、二酸化炭素を吸収しても、立ち木を伐採したり、プロジェクトを終了した段階で、新たにクレジットを補充しなければならない。排出量取引でも同様である。それはなぜなのか。

排出権の世界では100年単位で温暖化問題を考えるため、森林がいくらCO2を吸収するといっても、それが半永久的に木材として固定化されているわけではないため、「森林は大気中のCO2を仮にそこに貯留している」程度の能力しか認められていないということなのです。そこで、炭素蓄積量を計測し、立木としてCO2が固定されている限りシンククレジットを与えるが、立木を切ったり、プロジェクトが終了したときには、そのシンククレジットは仮のものなので、別のクレジットで補充してくださいというルールが採用されるのです。

木が伐採されたり枯れたりしたからといって、その木を構成している炭素が、直ちにすべて二酸化炭素となって空中に放出されるわけではない。木材を建築資材などとして利用すれば、かなりの長期にわたって、炭素が固定保存される。植物は、枯れた後、分解されずに泥炭となって地中に保存されることもある。だから、立木を切ったり、プロジェクトが終了した段階で、吸収分を無効にするのは非現実的である。

もちろん、建築資材となった木材も、石炭化した木材も、燃やしてしまえば、その炭素は二酸化炭素として空中に放出される。だが、もしもそういう理由で「植林して二酸化炭素を吸収しても、最終的にはまた空中に放出されるのだから、結局は吸収したことにはならない」という論理を認めるならば、同じ論理で、「化石燃料を燃やして二酸化炭素を放出しても、最終的にはまた海や植物が吸収するのだから、結局は放出したことにはならない」ということになるだろう。にもかかわらず、排出源の削減には恒久的なクレジットを認め、吸収源の増大には一時的なクレジットしか認めないのは不公平ではないのか。

二酸化炭素を排出しないようにしても、それだけでは大気中の二酸化炭素濃度は変化しない。二酸化炭素を吸収し、かつそれを排出しないようにするならば、大気中の二酸化炭素濃度は減少する。この違いを考慮に入れるならば、前者では、非排出にだけクレジットを認め、後者では、吸収と非排出のそれぞれにクレジットを認め、後者のクレジットを前者のクレジットの二倍にしなければならない。だから、UNFCCCによる吸収源の過小評価には賛成できない。

3. 追加性の問題

もう一つの問題点は、追加性である。共同実施に関して引用した第六条第一項の(b)に「ただし、この削減又は強化が当該事業を行わなかった場合に生ずるものに対して追加的なものである場合に限る」とあるが、同じような但し書きは、クリーン開発メカニズムにもある。要するに、共同実施やクリーン開発メカニズムがなければ行われないようなプロジェクトしか対象にならないということである。共同実施やクリーン開発メカニズムがあることで、追加的に温室効果が削減されなければならないという意味で、この要件を追加性要件と名付けることにしよう。

この追加性要件は、排出量取引にはない。排出量取引という制度があろうがなかろうが、それとは無関係に、ロシアが排出する二酸化炭素の量は、1990年以降減少した。にもかかわらず、ロシアは、その減少分、所謂ホットエアを排出枠として売ることができる。日本がロシアから排出枠を購入しても、温室効果の削減には追加的効果もない。ヨーロッパ人たちは、なぜか、このホットエア問題を黙殺した。京都議定書を締結したころ、ヨーロッパにとって、隣国のロシアの経済的混乱は悩みの種だった。だから、ヨーロッパ諸国には、北方領土問題を理由に経済援助を渋る日本からロシアへの資金移転を促そうという政治的意図があったのかもしれない。

もっとも、その後、世界的な燃料費の高騰で、資源大国ロシアの経済状況は好転した。現在、ロシアは金には困っていない。エネルギー大国を目指すロシアが欲しいのは、エネルギー効率を向上させる先端技術である。だから、ロシアは、ホットエアは売らずに、共同実施を受け入れる予定である[Point Carbon:Russia focuses on JI while pondering domestic measures]。ホットエアを売らないことで、炭素クレジットの値を吊り上げ、技術移転を促進しようという作戦なのだろう。

だが、共同実施が、ロシアの期待するような技術革新をもたらすかどうかはわからない。追加性要件のおかげで、共同実施もクリーン開発メカニズムも、温室効果ガスの削減だけを目的とするプロジェクトが有利になったからだ。京都議定書第十二条第三項に「附属書Ⅰに掲げる締約国以外の締約国は、認証された排出削減量を生ずる事業活動から利益を得る」とあったが、温室効果ガス削減効果以外の利益が大きければ大きいほど、追加性のない事業だと判断されてしまうからだ。

温室効果ガスの排出量を削減するだけの事業よりも、複合的な利益をもたらす多目的事業の方が、地元住民も喜ぶし、効率的に行うならば、人類全体の利益にもなる。だから、追加性要件により、後者よりも前者を優遇する現在の仕組みは問題があると言わなければならない。

環境省は、ODA予算を温暖化対策に転用することを目的として、多目的なコベネフィッツ型温暖化対策を提唱している。コベネフィッツ型温暖化対策とは、例えば、次のような事業である。

地方におけるエネルギー供給を図るオプションとして、戸別やコミュニティレベルで農家にバイオダイジェスターによる熱供給システムを導入すれば、石炭や非再生可能バイオマス代替効果によって、燃料購入代金や労働負荷の緩和、屋内大気汚染緩和、良質の液肥が入手できるなど、家庭レベルでの生活向上・生産活動拡大を導くことになり、地域格差の改善・貧困削減という開発ニーズが充足される。また同時に、非再生可能バイオマスからの燃料代替により、温室効果ガスの削減という地球温暖化の緩和とともに、森林減少を防止するという自然環境保全などの便益ももたらされる。

ODA予算を用いてクリーン開発メカニズムを行おうとする日本の提案は支持されていない。しかし、発展途上国に、数値目標を受け入れてでも参加したいというモチベーションを与えるためにも、そして米国を参加させるためにも、ODA改革という形で、温暖化対策を行うことは必要だと私は考える。次回は、この観点から、私の温暖化対策の提案を行いたい。

関連書籍紹介
書名 図解でわかる 京都議定書で加速されるエネルギービジネス
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著者 井熊 均
出版社と出版時期 日刊工業新聞社, 2006/02
書名 先進事例にみる排出権取引ビジネス最前線
媒体 単行本
著者 三菱総合研究所
出版社と出版時期 工業調査会, 2006/05
書名 なるほど図解 排出権のしくみ
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著者 株式会社日本スマートエナジー代表取締役 大串 卓矢
出版社と出版時期 中央経済社, 2006/10/05
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