電子書籍の時代

グーテンベルクによる活版印刷技術の発明以来、紙の本は、知のメディアとして重要な役割を果たしてきた。しかし、他方で、紙の本を製造、運搬、保管するのに、多くの資源が消費され、かつ半数近くが売れ残り、破棄されているというのも事実である。電子書籍の普及は、資源の節約という観点からも、重要である。

1. 電子書籍とは何か

電子書籍(ebook)とは、紙とインクの代わりに、電子媒体で読む出版物であり、CD-ROMでパッケージ化された商品も電子書籍に入れることができるが、省資源という観点からして(同時に経済的観点からしても)最も望ましい電子出版の形態は、インターネットを用いて、生産、流通、消費のすべてを電子媒体内部で完結させる方法である。

2. 電子書籍のメリット

電子書籍には、次のようなメリットがある。

2.1.生産者にとってのメリット

  1. 品切れ・返品などの在庫問題が発生しない
  2. 製本・配布・保存コスト削減→利益率を高くすることができる
  3. 出版リスクが低い→新人の参入障壁が低く、実験的試みも容易
  4. 音声・動画など紙媒体では不可能な表現ができる
  5. 本格的に普及しても、紙媒体ほど資源を浪費しない
  6. 読者からのフィードバックを容易に受けることができる

2.2. 消費者にとってのメリット

  1. 作品の単価が安い(少なくとも潜在的には安くできる)
  2. ネットにつながっていれば、いつでもどこでも購入できる
  3. 消費者の手に届くまでの時間が短い
  4. 検索や辞書機能に優れる
  5. フォントの大きさや読み上げのスピードを変えることができる
  6. 書き込み・コピー&ペイスト・翻訳・点字化など編集が容易
  7. 大量の情報を保存してもかさばらないし、重くない

3. 電子書籍のデメリット

他方で、紙の本と比較して、電子書籍には、以下のようなデメリットがある。これらのデメリットは、本質的なものではなく、以下のような解決策がある。

電子書籍のデメリットデメリットの解決法
不正コピーによる著作権侵害定額式超流通
携帯性に劣る端末のウェアラブル化
直観的な一覧性が低い検索力の高さで代替
解像度が低い技術的に解決可能
眼が疲れるCRTから液晶へ
眼が疲れたら、音声で聴読
端末不良によるコンテンツの消滅バックアップ
フォーマットが統一されていない互換性を高める
在庫が少ない普及すれば解消する

電子書籍の本質的な問題点は、デバイス(読取装置)への依存性の高さである。紙の本は、何もデバイスがなくても直接読むことができるが、電子書籍は、デバイスがなければ読むことができない。かつてワープロ専用機で使っていたフロッピーディスクのデータの大半を、今日読むことができなくなっているように、今日読むことができる電子書籍も、何十年かすれば、読むことができなくなる可能性が高い。紙の本と比べた電子書籍のデメリットの多くは、技術革新によって克服できるが、デバイスへの依存性が高いがゆえに読むことができなくなるリスクが高いという欠点は、むしろデバイスの技術革新が進めば進むほど、顕在化する。

もちろん、デバイスの進化に合わせてコンテンツを新しいフォーマットにコンバートすればよいわけだが、これにはコストと手間がかかる。こうした作業は、読者や作家などの素人が個別的にやるよりも、出版社が、自動化したプログラムで一斉にやった方が効率がよい。電子出版によって中抜きが進んでも、コンテンツの管理を専門的に請け負う出版社が、依然として必要であるゆえんである。

4. 専用端末はなぜ売れないのか

松下は、2003年に「シグマブック」なる電子書籍専用端末を開発し、翌年には、ソニーが「リブリエ」なる電子書籍専用端末を発表した。家電メーカーの双璧が参入したことで、当時「2004年は電子書籍元年」などともてはやされた。しかし、シグマブックもリブリエもほとんど普及していない。電子書籍専用端末はなぜ売れないのだろうか。

書籍、音楽、映画という三大情報商品のうちで、デジタル化した時最もサイズが小さいのは書籍である。デバイスの容量は時間とともに増大するので、書籍、音楽、映画の順でデジタル商品化が進んでもよさそうなのだが、実際には、書籍は一番最後である。最初にデジタル化されたのは、音楽であり、レコードはCDに、カセットテープはMDに置き換えられた。次に映画のビデオテープがDVDに置き換えられた。しかし、本のデジタル化は、辞書を除いて、ほとんどまだデジタル化されていない。

このように、紙の本だけは、いつまでも生き延びることができる理由は、前節で述べたように、紙の本には、消費するのにデバイスが不要であるという強みがあるからである。他のアナログメディアにはこの強みはない。レコードやカセットに耳をあてても音楽は聞こえない。ビデオテープを凝視しても、映画は見えない。どうせデバイスに依存しなければならないのなら、クオリティが高くて、ランダムアクセスが可能で、編集が容易でなど、いろいろメリットがあるデジタルメディアの方がよい。そして、いったんデバイスの新しいデファクトスタンダードが優位になると、人々は、雪崩をうって、新しいスタンダードに移行する。音楽と映画では、こうして、デジタル化が進んだ。

ネット配信でも最初に成功したのは、音楽であって、本ではない。アップルコンピュータ社が2003年4月から始めた、「アイチューンズ・ミュージック・ストア」では、有料の音楽配信サービスは順調に普及している。その一方で、米書籍小売会社 大手の「バーンズ&ノーブル」は、売上不振を理由に、電子書籍のオンライン販売から撤退した。

音楽の場合、コンテンツがすでにデジタルであるので、店でCDを買っても、オンラインでダウンロードしても、消費者が手にする商品は同じである(少なくとも互換性がある)ので、消費者の関心は、いかにインターネットを用いて流通を合理化し、購入コストを下げるかだけに向かう。ところが、本の場合、オンラインで購入する電子書籍とオフラインで購入する紙の本とでは、消費者が手にする商品が異なっていて、互換性はないも同然である。ダウンロードしたMP3の音楽ファイルをCD-Rに焼いたり、購入したCDの音楽をパソコンでリッピングしたりする手軽さで、消費者が紙の本と電子書籍の間で文字データをコンバートし合うことはできない。

音楽の場合、ゴールは同じで、そこに到達するまでの道筋の優劣だけが問題であるのに対して、本の場合、ゴールが異なるので、道筋だけでなく、ゴールの優劣までが問題となる。それゆえ、たとえインターネットを用いて、流通を合理化して、情報の単価を下げたとしても、電子書籍が、紙の本以上に魅力的でなければ、消費者は買わない。

しかしながら、電子書籍の端末を開発しているメーカーは、 電子書籍には、デバイスに依存するというデメリットを打ち消すだけの独自の魅力がなければいけないという点を自覚していない。彼らは、電子書籍を、紙の本に近づければ近づけるほど、消費者に受け入れてもらえると思っているようだ。松下が、画面を2枚搭載することで、 シグマブックに見開きの本に近い外観を与えたり、ソニーが、リブリエのディスプレイに電子ペーパーを採用して、紙に印字したような文字表示をセールスポイントにしたり、米コンピュータ会社のヒューレット・パッカードがページをめくるアニメーション付きの電子書籍ビューワーを開発したりすることはその表れである。本物の紙のように丸められる電子ペーパーを開発している会社もある。

しかし、従来の紙媒体は、読書の媒体として、必ずしも理想的とは言えない。曲げることができるという紙の特性は、読書という目的にとって、あまりメリットはない。電車の中で読むためには、両手で押さえていなければならない紙の新聞よりも、片手で持って読むことができるソリッドなディスプレイの方が、読書端末として、まだ優れている。

電子書籍が紙の本に近づくことが進歩だと考えている端末開発者は、ロボットが人間に近づくことが進歩だと考えているヒューマノイドロボット開発者と同じ過ちを犯しているのではないだろうか。人間にできないことができるロボットが優れたロボットであるように、紙の本にできないことができる電子書籍が優れた電子書籍なのである。電子書籍を紙の本に近づけるのではなく、あえて紙の本とは異なる形態を追求することが必要である。

電子書籍専用端末が売れないもう一つの理由は、それが専用端末であるというところにある。まだ書籍の品揃えが不十分で、フォーマットや端末のデファクトスタンダードすら決まっていない段階で、専用端末に何万円もの初期投資をする人は少ない。しかし、他の目的で使っている端末で、ついでに電子書籍も読めるとなれば、敷居は低くなる。だから、電子書籍端末が普及させるには、まずはそれをコバンザメのように、既に普及している端末にくっつけて、増殖させればよい。

こうしたコバンザメ戦略で成功した過去のメディアの例として、メールマガジンを挙げることができる。メールマガジンとは、日本で一時期ブームになったプッシュ型サービスである。プッシュ型サービスといっても、ポイントキャスト・ネットワーク が提供しようとしたような、専用のクライアントソフトを立ち上げなければならないサービスは成功しない。メーラーのような、誰もが日常的に使っているクライアントソフトに寄生するメールマガジンの方が、多くの人に利用してもらえる。

現在、メールマガジンに代わって、RSS/Atomがプッシュ型サービスの主流となりつつあるが、これも独自のクライアントソフトを立ち上げなければならないのでは、利用者は限られる。ブラウザという、ネットユーザなら誰もが日常的に使っているソフトに寄生することで、RSS/Atomは普及するだろう。

5. 電子書籍端末のコバンザメ化

世界的に見て、携帯機器の中で最も生産数が圧倒的に多いのが携帯電話である。2006年9月末現在で、携帯電話とPHSの加入契約数の合計は、9869万加入で、人口普及率は77.2%に達している[総務省:電気通信サービスの加入契約数の状況]。さらに、個人のインターネット利用端末については、携帯電話等の移動端末利用者の方が、パソコン利用者よりも多い[総務省:平成17年「通信利用動向調査」の結果]。コバンザメ戦略という観点からして最も有望な宿主は携帯電話である。

実際、電子書籍端末の本命は携帯電話だという認識が業界で広がっている[ITmediaモバイル:電子書籍の本命は、実は携帯?]。 携帯電話向けの電子書籍サイトの数はここ1年間で3倍近くにも膨れ上がっている[朝日新聞:ケータイで読むマンガや小説、写真集]。インターネット生活研究所の調査も、携帯電話での市場が最も成長しているという結論を出している。

調査によれば、2006年3月末時点(2005年度)の電子書籍の市場規模は約94億円だった。2005年3月末時点(2004年度)の市場規模が約45億円と推定されることから、対前年度比209%と約2倍に成長している。内訳は、PC/PDA向けが約48億円、携帯電話向けが約46億円で、2004年度の約12億円から3.8倍に急成長した携帯電話向け市場の著しい伸びが注目される。

携帯電話向けの成長の原因は、2004年に携帯電話で電子書籍を1冊まるごとダウンロードして閲覧できるようになり、市場が本格的に立ち上がったため。さらに2005年度には、コンテンツプロバイダの数も急激に増え、特に携帯電話向け市場では、大手出版社だけでなく、これまで出版と関係がなかった異業種などからも新規参入が相次いでいるという。

多くの人は、外出中に連絡が取れるように、携帯電話を常時持っている。だから、携帯電話と別に紙の本あるいは電子書籍専用端末を持ち歩くことなく、暇な隙間の時間を見つけて、電子書籍を読むことができる。読書が途切れ途切れになるが、自動的に前回最後に開いていた画面に飛ぶ自動しおり機能があるから、不便ではない。読み終われば、いつでもネット上から新しい本をダウンロードできる。

携帯電話での読書が利便性を発揮するのは、電車内での読書である。片手で吊革を持ち、片手で紙の本を持つと、ページがめくれない。しかし、携帯電話なら、片手で操作できるから、片手でページ送りをしながら、読書ができる。もう一つ利便性を発揮するのが、寝転んで本を読む時である。紙の本だと暗くなるので読みにくくなるが、携帯電話だとバックライトがあるから、読みやすい。

このように、携帯電話を電子書籍端末として利用することは、コバンザメ戦略という点でも有効であるが、紙の本にはない利便性があるので、急速に普及しつつある。

携帯電話ほど普及しているわけでも、常時携帯しているわけでもないが、相乗効果という点で、電子辞書も電子書籍端末として有力である。特に洋書や専門書など、辞書を引く必要のある電子書籍の場合は、紙の本で読む場合よりもはるかにメリットがある。

もう一つ、これからはやりそうなのが、アップル コンピュータ社のアイポッドで電子書籍を買って読むということだ。今やアイポッドは、飛行機の中でも使えるそうだ。

iPodとiTunesは、外出先で、家で、クルマの中で、そして今度は飛行機の中でも音楽を楽しむための最高の方法を提供することで、デジタル音楽革命を先導しています。これまでに7,000万台近くが販売されたiPodは、世界で最も人気のあるデジタルミュージックおよびポータブルビデオプレーヤーです。またiTunes Storeは、これまでに世界中で15億曲以上をダウンロード販売した、世界一のオンラインミュージックストアです。

次世代アイポッドには、電子書籍端末としての機能がつくという噂がある [The Unofficial Apple Weblog:Next iPod an eBook reader?]。 いまでも、アイポッドでテキストを読むことはできるが、アイチューンで音楽をダウンロードして、聴くことができるように、電子書籍をダウンロードして読むことができるようになるなら、普及に拍車がかかるだろう。

6. 電子書籍端末のウェアラブル化

携帯機器は、今後多機能化して、電話、辞書、音楽端末、電子書籍端末といった複数の機能を果たすようになるだろう。しかし、携帯機器は、今のような手で持つ形のままでよいのだろうか。本は手で持って読むものだが、それが本の形態として最も理想的というわけではない。 ここでもまた私たちは、紙の本に近づこうとするのではなくて、紙の本以上のものを目指さなければならない。

私たちは、本を読む時、いつも机に座ってブックストッパーを使ってそうするわけではない。例えば、仰向けになって長時間読書すると、紙の本であれ、電子書籍端末であれ、腕がだるくなる。それならば、端末をヘッドマウントディスプレイとしてウェアラブル化してはどうか。辞書引きなどは、手元の操作で行わなければならないが、基本的に、両手を使わずに、外部の光源の位置を気にすることなく、どんな姿勢でも本が読める。

コンピュータの小型化が進めば、モバイル化し、さらには、ウェアラブル化するという予測はこれまでにもなされてきた。ウェアラブル化といっても、もちろんこういうのは論外である。 

One giant step for home entertainment?
東芝研究開発センターが試作したヘルメット型のプロジェクターシステム。重さは約3キロある。バーチャルリアリティでゲームが楽しめるのだそうだ。 [the Daily Mail:One giant step for home entertainment?]

一般の消費者に使ってもらうならば、こういうように、眼鏡なみの軽さでなければいけない[The MicroOptical Corporationmyvu personal media viewer]。

コバンザメ戦略を続けるならば、電子書籍端末だけをウェアラブル化するのではなくて、コンピュータのウェアラブル化に便乗する方法のほうが、消費者に歓迎されるだろう。それは、たんに端末の数を減らすだけでなく、さまざまなシナジー効果を生み出すからだ。

例えば、電子書籍のリッチコンテンツ化が容易になる。電子書籍の場合、文字データを音声データに変換して読み上げることもできる。音声がロボット的で、ナチュラルでないという技術的に克服するべき課題もあるが、眼と耳の両方から情報をインプットすれば、読書が効率的になる。もちろん、動画を入れることもできる。デバイスレベルだけでなく、コンテンツレベルにおいて、本・音楽・映画がどんどんボーダーレス化するだろう。

現在、電子書籍というと、既存の出版社が、既存の紙の本を電子化し、それを紙の本を読む時に近い形で読めるように、提供されている。しかし、紙の本をお手本にしている限り、電子書籍は普及しないだろう。いかに紙の本と同じものを電子書籍で実現するかではなくて、いかに紙の本とは異なる新しい魅力を生み出すかが重要なのである。

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コメント

電子書籍でベストセラーが発売されれば状況は代わるのではないでしょうか?

教育の建て直しに電子出版は役に立ちそうでしょうか?

http://www.business-i.jp/news/top-page/topic/200601010003o.nwc
 --日本人が立ち直るにはどうすれば?
 ≪教える人いない≫
 「もう手遅れかもしれませんね。結局は子供たちに託すしかないので
すが、そんなに大きな期待もかけられない。子供にとって教育は非常に
重要なのに、先生や親が総崩れの状態で、教える人がいないからです。
できるだけ早く、子供たちによい教育を与えることができれば、二十-
三十年後には彼らが大人になり、いまの状況が変わってきます。

遠隔教育(e-learning)も、電子書籍と同様に、早くから提唱されていますが、教育の場合、文字情報を送るだけでよい書籍以上に伝達しなければならない情報量が多いので、インフラの充実を待たないといけないと思います。

確かに、有力候補は携帯しかないでしょうね。ところで先日、実質iPodの上位機種でありながら携帯電話という、iPhoneが発表されました。OS Ⅹをそのまま載せています。定額式超流通などで課金さえクリアできれば、最も電子書籍ビューワーとして有力候補かもしれません。

iTunes Music Storeはビデオの販売も好調になったため、最近iTunes Storeに改称しましたが、電子書籍も販売するようになれば革命的かもしれませんね。(憶測ですが、そういう計画はありそうです。)ちなみに、iPodは第一世代からテキストビューワの機能を持っているようです。ただ、PCを介さずiPhone単体でダウンロード購入できるのが望ましいですよね。

また、液晶デバイスなら何でもOK、というサービスもあります。
http://www.voyager.co.jp/

やはり携帯機器は多機能化の方向に向かっているようですね。

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