2006年11月29日と30日の二日間にわたって、大阪国際会議場で、第二回 FC EXPO セミナー(主催:経済産業省など)が開催されたので、燃料電池の開発状況を取材するために、セミナーに参加した。各講演の内容を報告しつつ、私の感想を述べたい。
1. 増田義彦氏
29日の基調講演の最初は、トヨタ自動車(株)の常務役員、増田義彦氏による「持続可能なモビリティーに向けた燃料電池自動車開発への取り組み」だった。トヨタは、現在、燃料電池自動車の開発よりも、北米市場でハイブリッド車の売り上げを伸ばして いることで注目を浴びている。
米国トヨタ自動車販売は、同社の販売地域である米国やメキシコなどでのハイブリッド車の2007年の販売台数見通しが約30万台となると発表した。
今年10月にケンタッキー工場で生産を始めた中型セダン「カムリ」のハイブリッド車の販売が約7万台見込まれ、今年の見通しである約22万台からさらに伸びる、としている。
来年2月に北米で発売する大型ピックアップトラック「タンドラ」についてもハイブリッド車の投入を検討。「タンドラ」はディーゼル車も追加する考え。
トヨタは、2000年に米国でハイブリッド車「プリウス」の販売を始めるなど、ハイブリッド車に積極的で、ほかの自動車メーカーの販売台数をリードしている。
米国では、ガソリン価格の高騰などで、燃費の良いハイブリッド車などの環境対応車に注目が集まっている。
講演の中でも、増田氏は「ハイブリッドはすべてのパワーとレインに適用可能な重要技術」と述べたのに対して、燃料電池自動車に関しては、スタックの耐久性(硫黄被毒による触媒の劣化)、出力密度、低温始動性(寒冷地では凍る)、航続距離、コストなどクリアするべき諸課題を列挙して、まだ実用化の段階にはないことを示唆し、オイルピークが間近に迫っているという認識を示しつつ「当面は便利な液体燃料を大切に使うことが重要」と言っていた。
燃料電池自動車を実用化する上での最大の課題は、水素をいかに貯蔵するかであるが、トヨタは、高圧水素タンクに力を入れているようだ。もっともトヨタは、必ずしもこれに固執しているわけではなく、新水素吸蔵合金、カーボンナノチューブ、ケミカルハイドライドなどの新しい技術に対してもオープンだとのことである。会場の参加者から、有機ハイドライドはどう思うかと尋ねられた増田氏は、「よく知らない」と前置きした上で、「まだサイエンスの領域にとどまっている」というようなことを言っていた。
結局のところ、トヨタとしては、いつ実用化されるかわからない新技術にせっかちに飛びつくよりは、十分に実証された既知の技術を使って、あるいはそれを改良しながら、手堅く儲けていきたいということなのだろう。増田氏の講演を聞きながら、日本の大企業にふさわしい保守性を感じた。
2. Christopher Guzy 氏
基調講演の二番目は、バラード社(Ballard Power Systems Inc.)の Vice President & CTO である Christopher Guzy 氏の「燃料電池技術における最新研究成果および開発動向」である。バラード社は、1993年に創業し、1995年にナスダックに上場したカナダのベンチャー企業である。
この会社が開発した、固体高分子形燃料電池(PEFC=Polymer Electrolyte Fuel Cell)は、常温~約100℃と低温で作動し、起動と停止が容易で、小型化しやすいので、世界から注目を浴びた。講演では、現在の進捗状況と将来のロードマップについての説明があったが、こうした情報はこのフラッシュから でも確認できる。
固体高分子形燃料電池の最大の問題は、触媒に希少な白金(プラチナ)が必要であるということで、質問もここに集中した。Christopher Guzy 氏の説明によると、以下のようにバラード社は、白金の使用量を徐々に減らしつつあるとのことであった。
| 段階 | 白金使用量 | 触媒、加工方法、担持 |
|---|---|---|
| 1994年 | 8-10 mg/cm2 | 白金の手動コーティング。担持なし。 |
| 2004年 | 1.0 mg/cm2 | 白金と白金合金のスクリーン・プリンティング吹付け塗装。炭素担持。 |
| 実証段階 | 0.3-0.5 mg/cm2 | 白金と白金合金のローラー塗装。炭素担持。 |
| 2010年 以降 | 0.3 mg/cm2 | 非白金族金属/白金含有率が低い合金のローラー塗装/CVDナノ粒子撒布。腐食なき担持。 |
[注]CVD(chemical vapor deposition)化学蒸着。石英などで出来た反応管内で加熱した基盤物質上に、目的とする薄膜の成分を含む原料ガスを供給し、基盤表面あるいは気相での化学反応により膜を堆積する方法。製膜速度が速く、処理面積も大きくできるので、大量生産にむいている。
非白金族金属(Non-PGM)とあるので、バラード社は、将来は、白金を使わない触媒も考えているようだが、実現できるかどうかはわからない。
3. 上野文雄氏
午後は、技術セミナーということで、(株)東芝のディスプレイ・部品材料統括技師長の上野文雄氏が、「マイクロ燃料電池の開発動向とモバイル機器への展開 」という題で、講演を行った。東芝は、2004年に、体積7.4mL、重さ8.5gで、携帯型音楽プレーヤーを20時間駆動できる、「世界最小のDMFC」としてギネスブックにも載った燃料電池を開発した、この分野で最先端を行く会社である。
[注]DMFC(direct-methanol fuel cells):ダイレクトメタノール型燃料電池。改質器でメタノールから水素を作ることなく、メタノールを燃料として直接用いる燃料電池。小型化が容易なことから、携帯機器用として盛んに開発されている。ポンプやファンを使わずに、発電セルに燃料や空気を供給するパッシブ型なら、さらに小型化が可能である。
講演の冒頭、モバイル機器、とりわけ携帯電話用の燃料電池の開発がなぜ重要であるかの説明があった。世界全体の携帯電話の生産台数は、ノートパソコン、デジカメ、デジタルオーディオ、PDAのそれよりもはるかに多い。携帯電話の全世界での契約台数は、22億台で、1人1台と仮定すると、世界の人口の1/3が保有しているということになる。要するに、マーケットが大きいのである。
携帯電話は、当初通話目的にしか使われなかったが、その後、データ通信が増加するようになり、現在では、テレビですら携帯電話で見ることができるようになっている。データ通信の増加に伴って、電池の高容量化が求められるようになり、燃料電池は、この増大する一方の需要に応える次世代の電源として、注目されている。
モバイル機器の電源に燃料電池を使う利点はもう一つある。モバイル機器は、本体が小さいだけに、コードが邪魔になる。パソコンと周辺機器の接続は、ワイヤレス化が進んでいるが、二次電池の充電には相変わらず、コードが必要である。しかし、二次電池の代わりに燃料電池を使うなら、燃料電池は発電機であるから、完全なワイヤレス化が実現する。
ところで、東芝をはじめとして、日立、富士通、ソニーなど、日本のメーカー各社はDMFCの開発に力を入れているが、DMFCには、次のようにいろいろな問題点がある。
- 出力密度が低い
- メタノールは人体に有害
- 途中で生成するホルムアルデヒドも有害
- 途中で生成する一酸化炭素が白金触媒を劣化させる
- メタノールがカソードにクロスオーバーすることがある
- 二酸化炭素を排出する
- メタノールの価格はエタノールの半分程度だが、メタノールはメタンから作っているので、メタンよりも価格が高い。
携帯機器の消費電力が今後も増大し続けることを考えるなら、燃料電池としては出力の低いDMFCはたんなるつなぎでしかない。携帯機器の電源は、ニカド二次電池→ニッケル水素二次電池→リチウム二次電池→DMFC→高出力燃料電池という順番に進化していくだろう。しかしながら、上野氏の講演を聞く限り、DMFCの次の世代の燃料電池の候補が見えてこない。
ちょうどトヨタが、遠い未来の燃料電池自動車よりも、確実に稼げるハイブリッドカーに力を入れているように、東芝も、次世代燃料電池よりも、すぐに市場に投入して、利益回収ができそうなDMFCに全力を投入しているという感じがする。大企業なのだから、リスクを避けるのはしかたがないことだ。
4. 村上敬宜氏
技術セミナーの二番目は、九州大学理事・副学長で水素材料先端科学研究センター(HYDROGENIUS)センター長である村上敬宜氏による「水素はいかに材料の特性に影響するか ~水素の安全な輸送・貯蔵技術の確立に向けて~」である。水素材料先端科学研究センターは、今年の7月にできたばかりであるが、今年度の目標として次のようなことが掲げられている。
水素脆化、水素トライボロジー、高圧水素物性の基本原理 を解明し、材料の脆化・摩耗対策の検討を行うため、超高圧水素下における材料特性及び高圧水素 トライボロジー、水素高圧物性などの基礎特性のデータ整備に着手いたします。その後、シール用 材料であるゴムやテフロン等の力学的特性に及ぼす水素の影響についても基礎研究をスタートさせ、 金属材料の水素脆化評価を行い、長期の水素曝露期間を模擬した試験方法の確立を目指すとともに、 水素チャージした金属材料の水素脆化特性のデータベースの拡充を図ります。
水素脆 性(hydrogen embrittlement)とは、水素と接触する金属材料が、水素を吸収して、脆くなる性質のことである。水素原子は、すべての原子の中で最も小さいので、 水素イオンは金属の格子内に容易に侵入し、材料の強度を劣化させる。
2005年5月13日に、愛・地球博で、燃料電池バスに水素を充填していた水素ステーションが水素漏れトラブルを起こした。水素脆化の研究の必要性を痛感した経済産業省資源エネルギー庁が、産業技術総合研究所と九州大学との連携のもと、水素材料先端科学研究センターを設立し、材料力学、金属疲労、破壊力学 が専門である村上氏をセンター長に起用したというのが舞台裏の事情らしい。
それで、肝心の講演の中身の方であるが、村上氏によると、金属疲労とは、金属に繰り返し加えられる力によって亀裂が発生し、徐々に拡大する過程であるが、亀裂には停留限界があり、それが疲労限界となっている。ところが、水素があると、この疲労限度が消滅し、疲労強度と寿命が大幅に低下するとのことである。
村上氏は、どんな金属でも、程度の差はあっても、水素脆化の影響を受けると言っていた。水素脆化は、高圧水素タンクでの水素貯蔵にとっても大きな問題であるが、パイプラインでの輸送にとっても少なからぬ悩みの種である。やはり、パイプラインで水素を輸送するよりも、メタンを輸送し、燃料電池で直接改質するのが一番ではないかと思った。
村上氏は、学者らしく、言葉の問題にもこだわっていた。水素脆化の「脆」という字には、「もろい」「やわらかい」という意味があるが、実際には脆くなるというよりも、滑りが発生しているといったほうが実態に近いとのことである。これは、要するに、水素脆化は、トライポロジーの対象であるということであろう。トライボロジー(tribology)とは、ラテン語で「滑り」という意味の“tribos”から作られた学問名で、摩擦・摩耗・潤滑などの現象を取り扱う工学の一分野である。もっとも、水素脆化を扱う学問が何であるかは、一般の人にとってはどうでもよいことではあるが。
5. Fabio Orecchini 氏
技術セミナーの三番目は、ローマ大学“La Sapienza”教授の Fabio Orecchini 氏による「水素経済へのボトムアップ・アプローチ:地域プロジェクトは世界的なエネルギー変革をどう牽引するか 」である。内容を簡単にまとめると、各地方は、遠方から石油を輸入することなく、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスといった身近な自然エネルギーを使って、自立するべきだということなのだが、そういう理想的なことができるなら、誰も苦労はしない。
講演資料の中に、100%再生可能なエネルギーを使うと、化石燃料を100%使った場合と比べて、コストが4倍程度になるという試算があった。この人は、環境のため、あるいはエネルギーの自立のため、コストを度外視してでも、再生可能エネルギーを使うべきだと考えているのだろうか。経済的な費用と環境負荷は、厳密に比例するわけではないが、かなりの相関性がある。私は、コストが安いうちは、化石燃料も活用するべきだと考えている。
6. John W. Tak 氏
翌日の30日の午前には、Hydrogen & Fuel Cells Canada の President & CEO John W. Tak 氏による基調講演「カナダにおける水素・燃料電池への取り組み~最新の進展状況~」が行われた。内容は、カナダにおける業界、業界団体、実証プログラム、商用化促進に向けた政府との連携に関するものだった。
カナダでは、現在電力の59%が水力発電(ダム型)で供給されているというのは驚きであるが、水力発電の電気を使って、水を電気分解し、水素を発生させるというアイデアには感心しなかった。太陽光発電や風力発電やマイクロ水力発電は、出力が不安定なので、エネルギーを集約化し、蓄積するために、電気で水の電気分解をするというのなら、まだわかる。ダムによる発電のような、出力が安定している電気で水の電気分解を行い、電気エネルギーを1/3にするというのは、賢明なことではない。
講演の中で、タク氏は、カナダでは、燃料電池のような先端技術は小さなベンチャー企業が中心となって開発しているのに、日本では、大企業が中心となって開発しているという違いを指摘していたが、日本のこの特異性については、また後で取り上げることにしよう。
タク氏は、カナダでは、燃料電池自動車普及の第一歩として、フォークリフトに力を入れ、かつ成功を収めたとのことである。フォークリフトには、以下のような理由から、もともとバッテリー車が使われることが多い[Wikipedia:フォークリフト]。
- 倉庫・工場内など密閉された空間で使用されることが多いため排気による健康被害が野外で使用される自動車より深刻である。
- 一定の事業所内だけで使用されることが多いので、電気スタンドのようなインフラを必要としない。長距離を走るわけではないので、万一バッテリー切れになっても、救援が簡単である。
- 前車軸より前方に積む荷物と釣り合わせるための重し(カウンターウェイト)を車両後部に装備するほどなので、バッテリーによる重量増が問題になりにくい。
燃料電池自動車は、ガソリンエンジンの自動車に対しては競争力を持たないが、電気自動車に対しては競争力を持っている。ウォルマートなどは、倉庫内のフォークリフトに燃料電池自動車を採用して、経費を削減したとのことである。
この成功例に燃料電池普及のためのヒントがある。最初はまずフォークリフトや携帯機器など、比較的競争力のない電動式のライバルを相手にし、技術が進歩し、普及による量産効果が出てから、より競争力のある火力式のライバルに勝負を挑むという戦略が有効であるということである。
7. 永田裕二氏
午後からは、技術セミナーとして、東芝燃料電池システム(株)企画部部長の永田裕二氏による講演「家庭用燃料電池商用化に向けた企業連携~周辺機器における共同開発推進とベンチャーとの連携拡大~」が行われ、続いて、日本コントロール工業(株)代表取締役社長の中村 敬氏による「定容積形電磁ポンプの紹介」、(株)アイビーエスジャパン専務取締役事業統括部長の上垣淳一氏による「燃料電池向けリリーフ弁の開発進捗と課題」、(株)テクノ高槻 代表取締役社長の川﨑望氏による「一般家庭向け燃料電池システムの燃料昇圧ブロワ技術開発」といった周辺機器の開発状況の報告があり、最後にこの四名によるシンポジウムが行われた。
東芝といっても、今度はモバイルではなくて、家庭用定置型燃料電池である。東芝燃料電池システムは、NEDOの定置用燃料電池大規模実証研究事業に参画している。以下の引用は、NEDOが掲げるこのプロジェクトの説明である。
燃料電池を含む新エネルギー技術は、科学技術基本計画(2001年3月閣議決定)、エネルギー基本計画(2003年10月閣議決定)等における重点分野としても位置付けられている。さらに、燃料電池については、燃料電池実用化戦略研究会(経済産業省資源エネルギー庁長官の私的研究会、1999年12月設置)において「固体高分子形燃料電池/水素エネルギー利用技術開発戦略」が策定され、産学官が一体となって燃料電池実用化のための技術開発等に積極的に取り組むべきことが提言されている。また、最近では、2004年3月に開催された燃料電池実用化戦略研究会において、定置用燃料電池の初期導入製品・市場の創出のための大規模な実証が必要であるとの意見も出されている。この点については、燃料電池実用化推進協議会(燃料電池実用化を推進するための産業団体)も同様の要望を行っている。独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、「NEDO技術開発機構」という。)においては、これらの動向を踏まえ、燃料電池技術開発の促進のため、定置用燃料電池システムの大規模かつ広域的な実証研究事業を実施する。
経済産業省とNEDOのイニシャティブのもと、産学官が一体となって事業を行うさまは、さながら旧ソ連において行われていた中央指令的計画経済を髣髴とさせる。
講演の中で、永田氏は、燃料電池商用化に向けての最大の壁はコストであると言い、補機類のコストが占める割合が増加しているという事実を指摘した。特に水ポンプは、医療用の点滴器具を転用しているため、高額になるらしい。このコストを削減するために、日本コントロール工業は、定容積形電磁ポンプの開発に取り組んでいるということである。こういうシステムメーカーと補機メーカーの「連携」は結構なことだけれども、日本の中小企業は、なぜ大企業の下請けという形でしか仕事ができないのだろうか。
私は、このセッションの講演を聞きながら、日本では燃料電池の開発を大企業がやっているというタク氏の指摘を思い出した。日本では、中小企業が、ベンチャーキャピタルからの投資で、独自の技術開発をするということがあまりない。中小企業が資金を調達しようとしたら、経営者が無限責任を負って、借金するしかない。だから、需要があるかどうかわからない新技術を独自に開発するという冒険ができない。いきおい、上からの注文に応じて仕事をするしかないのである。
池田信夫氏が指摘するように、官主導の産業政策は、高度成長期にはうまくいったが、情報社会の時代になってからは、そのほとんどが失敗している。
終戦直後の日本の製造業のように、欧米にお手本があり、それに追いつき追い越すという単純な目標が設定できた時代には、産業政策がそれなりの意味をもった。興銀を頂点とする産業金融も含めると、1960年代までの産業政策の成果は、それほど悪いものではなかった。それは何よりも、日本が世界の歴史にも類をみない高度成長をなしとげたという事実に示されている。
産業政策の代表が、通産省の「大プロ」(大型工業技術開発制度)であり、その成功例としては1976年から始まった「超LSI技術研究組合」が名高い。これは10年かけて1000億円の国費を投じ、1MbのDRAMを開発するプロジェクトで、大成功を収め、日本の半導体産業が世界を制覇する要因となった。この成功体験で、大プロには巨額の予算がつくようになり、80年代には第5世代、スーパーコンピュータ、シグマ、TRONなどの壮大な計画が次々に立案されたが、このうちスーパーコンピュータ以外は実用的な成果はほとんど出なかった。
政府が大企業に補助金を出して長期計画で技術開発を行うメリットがあるのは、高度成長期の製造業のように、技術進歩の方向が長期にわたって安定していて目標が明確であり、主要な困難が設備投資や資金調達にともなう「規模」の問題であるような場合である(DRAMも製造業型の製品だ)。しかしITの世界では、技術革新の方向が数年ごとに変わり、PCやインターネットのような「革命的」な技術が10年ごとに出てくるので、ある時期の技術を前提にして長期計画で大規模な開発を行うことはきわめてリスクが大きい。
定置用燃料電池大規模実証研究事業は、「日の丸検索エンジン」の開発よりもまともな事業だとは思うが、しかし、問題がないわけではない。定置用燃料電池として、固体高分子形燃料電池(PEFC)以外の選択肢がないが、もしも他のタイプの燃料電池が主流になれば、この事業全体が失敗になるという可能性もある。
おそらく、この事業が企画された頃は、燃料電池は固体高分子形で決まりと思われていたのであろう。しかし近年、発電効率が高く、燃料の自己改質が可能で、触媒が不要で、コージェネレーションにも有利な固体酸化物形燃料電池(SOFC)が、小型化・低温化に成功したことで、定置用として有望と目されている。しかし、定置用燃料電池大規模実証研究事業は、政府主導の大事業であるから、柔軟に目標を変えるということは難しい。定置用燃料電池として、PEFCとSOFCのどちらが主流になるかはまだわからないが、池田氏が言うように、「ある時期の技術を前提にして長期計画で大規模な開発を行うことはきわめてリスクが大きい」ということが、ここからも見て取れる。
8. 野村貴紀氏
技術セミナーの最後は、Conduit Ventures Ltd.の Investment Executive で、ナノフュージョン(株)取締役の野村貴紀氏による「世界の燃料電池ベンチャー最前線 」である。野村氏は、ケンブリッジ大学でエネルギー分野のベンチャーキャピタルに関する論文でMBAを取得し、現在、ロンドンに本部を置く Conduit Ventures という会社で、燃料電池関係のベンチャー企業に投資を行っている。
この会社が投資を検討するためにアクセスした企業のうち、ヨーロッパは30%、北米は60%で、その他の地域は10%である。ナノフュージョンのように、投資先として選ばれた日本企業もあるが、それはごくわずかである。出席者からは、日本企業が投資先としてあまり候補に上がらないのはなぜなのかという質問があった。野村氏は、日本の企業は、技術はすばらしいが、英語で広報しないから、めったに投資の候補に挙がらないと言っていた。
海外のベンチャーキャピタルからの投資を受け入れるためにも、日本の企業は、もっと英語で広報をするべきだというのは正論である。しかし、その前に、日本のマネーが日本のベンチャーキャピタルを通じて国内の中小企業への投資に使われることが少ないという問題を解決する方が先である。政府が新しい産業の目標を決め、税金と国債で集めた金で、大企業を動員してプロジェクトを遂行し、中小企業は下請けとしてそのおこぼれに与るという旧態依然たる社会主義的中央指令的計画経済を止め、国内の富裕層が、国内のベンチャー企業に投資する仕組みを作らなければ、燃料電池開発を含め、日本の新技術の開発に未来はないだろう。
2007年1月28日~31日に、UAEのアブダビ市で開催されるEnvironment 2007 展示会に取材に行く予定です。JETROから贈られてきた招待状が30部ほどあるので、入場を希望する方は、こちらのフォームから申し込んでください。

コメント
上記の募集は終了しました。
Posted by Nagai Tosiya at 2006年12月26日 09:47
>その前に、日本のマネーが日本
...
> 日本の新技術の開発に未来は
> ないだろう。
全くその通りである。
制度と金が人間の行動、考えを実質規定している。
自由な発想、これは良い。
が、その実現のステージが非常に窮屈だ。
非力と微力のかすかな抵抗で、俺は終わるのか。
Posted by 伊藤義一 at 2008年1月19日 17:11
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