水素エネルギー(1)燃料電池

燃料電池は、次世代の発電機として注目を浴びているが、どのタイプの燃料電池が普及するかは、現時点ではまだわからない。伝統的に、燃料電池は、電解質の種類によって、リン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形、固体高分子形、アルカリ電解質の五つに分類されるので、この分類にしたがって、各種の燃料電池の長所と短所を確認しつつ、有力候補を探ってみたい。

1. リン酸形燃料電池(PAFC)

Phosphoric Acid Fuel Cells
Phosphoric Acid Fuel Cells [EERE]

電解質としてリン酸水溶液を用いるので、こう呼ばれる。William Robert Grove 卿が、1843年に世界で初めて試作した燃料電池は、これに近かった。 上の図にあるように、燃料極から水素イオンが電解質を移動し、電子が電線を通ることで、電気が流れ、空気極で、水素イオンと電子と酸素が結合して、水となる。最も早く実用化・商用化され、第一世代の燃料電池と呼ばれることがある。

長所
1. コージェネでエネルギー効率は80%に達する。
2. 動作温度は200℃程度で比較的低温。
3. 実用の実績があり信用度が高い。
短所
1. 触媒に白金が必要。
2. 発電効率(HHV)は35-42%で高くはない。
3. 他の燃料電池と比べると出力が弱い。
4. 電解質が液体なので漏れる心配がある。

代表的なメーカーは東芝燃料電池システムだったが、「家庭用燃料電池は、日本国内では1kW級のPEFC(固体高分子)形燃料電池が主流になる」[東芝:プレスリリース (2004.11.17)]という認識で、既にリン酸形燃料電池の開発から撤退している。安いわけでも高性能なわけでもないので、あまり将来性はないようだ。

2. 溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)

Molten Carbonate Fuel Cells
Molten Carbonate Fuel Cells [EERE]

炭酸カリウムなどの炭酸塩を、高温で溶融した状態で電解質として用いるのでこう呼ばれる。天然ガスや石炭ガスを燃料として用いる。図を見てわかるように、水素イオンではなくて、炭酸イオンが電荷担体として用いられている。ボトミングサイクルによる熱回収のおかげで、発電効率が高い。

長所
1. 発電効率(HHV)は45-60%と高い。
2. 高温で作動するため、燃料の内部改質が可能。
3. 一酸化炭素による被毒劣化の心配がなく、逆に燃料として使うことができる。
4. 高価な触媒が不要。
5. 不純なガスを燃料として用いることができる。
6. 構成材料が金属であるため、大型化・量産化・低コスト化が可能。
短所
1. 小型化が困難。
2. 電解液の腐食性が強いため、電池構成材の耐久性が課題。
3. 電解質が液体なので漏れる危険性がある。

溶融炭酸塩形燃料電池は、大型化が可能で、燃料ガスの腐食に強いことから、不純物質をたくさん含む石炭や廃棄物をガス化して燃料にするのに向いている ということで、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、中部電力や石川播磨重工業とともに、平成14年度から16年度にかけて実証実験を行った。中部電力は、2010年以降は、老朽化した火力発電所の代替として建設されるそうだ。

3. 固体酸化物形燃料電池(SOFC)

Solid Oxide Fuel Cells
Solid Oxide Fuel Cells [EERE]

電解質として酸化物イオンの透過性が高いセラミックスが使われるので、こう呼ばれる。図を見てもわかるように、この燃料電池は、酸化物イオンを電解質に透過させ、水素と反応させることで、電子を導線内に通らせ、発電している。熱でガスタービンを回し、発電効率を上げることができる。

長所
1. 発電効率(HHV)は45-65%と高い。
2. 高温で作動するため、燃料の内部改質が可能。
3. 一酸化炭素による被毒劣化の心配がなく、逆に燃料として使うことができる。
4. 高価な触媒が不要。
5. 不純なガスを燃料として用いることができる。
6. 作動温度を下げて小型化することもできる。
短所
1. 起動に時間がかかる。
2. セラミックスは割れやすい。
3. 高温ゆえの耐久性が課題。

溶融炭酸塩形燃料電池が持つ高温型燃料電池の長所を持ちつつ、かつ小型化が可能であるため、固体酸化物形燃料電池は、近年注目を浴びている。TOTO(東陶機器)は、熱応力に強い円筒形をセル形状に採用し、室温から最短5分で起動することが可能で、作動温度が500度と低い、小型の固体酸化物型燃料電池を開発した[TOTO:ニュースリリース]。Mesoscopic Devices 社は、TOTO製のセルを採用した250Wのポータブル電源を2007年にも発売すると発表している[日経エレクトロニクス:米Mesoscopic Devices、TOTO製セル採用のポータブル燃料電池を2007年に]。

固体酸化物形燃料電池は、ステイショナリ(定置型)として有望であるが、モバイル(可搬型)として使うには、克復しなければならない技術的課題がたくさんある。自動車の動力源にしようにも、セラミックスは衝動に弱いし、起動時間が5分もかかるのでは話にならない。衝撃吸収装置や蓄電部分を作れば、問題は解決するが、その分サイズとコストは大きくなる。

また体に密着して使う携帯機器に、作動温度が500度に達する燃料電池を使うのは危険である。もっと下げることもできるのだろうが、温度を下げれば下げるほど出力密度が落ちるので、固体酸化物形燃料電池の魅力は落ちる。 以下のグラフは、産業技術総合研究所が開発した、2006年現在で最新の燃料電池の温度と出力密度の関係を表したものである。「世界最高レベルの発電性能」を発揮しようとするならば、700度ぐらいは必要であるそうだ 。

セルの出力密度の温度依存性(単位面積当たりの出力密度)
セルの出力密度の温度依存性(単位面積当たりの出力密度)
[産総研:ミクロハニカム構造の燃料電池の開発に成功]

モバイル用としては、やはり今のところ、固体高分子形燃料電池が有力である。

4. 固体高分子形燃料電池(PEFC)

Polymer Electrolyte Membrane (PEM) Fuel Cells
Polymer Electrolyte Fuel Cells [EERE]

イオン伝導性を有する高分子膜を電解質として用いるのでこう呼ばれる。英語の表記に忠実に訳せば、「高分子電解質形燃料電池」ということになるのだろうが、日本では、電解質が液体ではなくて固体であることを強調する名称が使われている。図に描かれているように、水素イオンが電解質膜内を通って、空気極で、電子と酸素と結びついて水となり、発電する。

長所
1. 動作温度は70-90℃程度で低温。
2. 起動時間が短い。
3. 耐久性がある。
4. 小型化が可能である。
短所
1. 燃料極と空気極の触媒に白金が必要。
2. 燃料は純粋でなければならない。
3. 発電効率(HHV)は30-40%で高くはない。
4. 燃料の内部改質ができない。

固体高分子形燃料電池の最初の実用化は、携帯機器のバッテリーから始まりそうだ[日経BP社:燃料電池2006,p.17]。理由は、携帯機器の既存のバッテリーは、電力単価が高く、寿命も短く、電池容量に限界があるから、割高な燃料電池にも勝ち目があるからだ。 ただし、携帯機器の電力源とするには、徹底的に小型化しなければならない。そのため、ダイレクト・パッシブ型の燃料電池の開発が進められている。ダイレクトというのは、燃料を改質して水素を取り出し、それから水素イオンを取り出すのではなくて、燃料から直接水素を取り出すということであり、パッシブというのポンプやファンを使わずに、重力や毛細管現象だけで発電セルに燃料や空気を供給するということである。ダイレクト・パッシブ型固体高分子形燃料電池としては、以下の二つが代表的である。

4.1. メタノール燃料電池

最も早く市場に出るといわれているのが、メタノール燃料電池である。この燃料電池は、メタノールの加水分解で発電する。

長所
1. ダイレクト・パッシブ型なので、超小型化が可能
2. メタノールの価格はエタノールの半分程度
短所
1. 出力密度が低い
2. メタノールは人体に有害
3. 途中で生成するホルムアルデヒドも有害
4. 途中で生成する一酸化炭素が白金触媒を劣化させる
5. メタノールがカソードにクロスオーバー(透過)して、空気極で燃焼を起こすことがある
6. 二酸化炭素を排出する

2005年11月に、ソニーは最大出力密度が従来二倍(100mW/cm2)あるダイレクト・パッシブ型のメタノール燃料電池を発表した。しかし、それでもまだ出力密度は高いとはいえない。メタノールの価格はエタノールの半分程度だが、メタノールはメタンから作っているので、メタンよりも価格が高い。超小型化できるということ以外にあまりメリットはない。

4.2. エタノール燃料電池

イタリアのActa社は、エタノールから直接かつパッシブに発電する燃料電池“HYPERMEC”を開発している。他の固体高分子形燃料電池とは異なり、水素イオンが陽イオン膜を通って空気極へ行くのではなくて、水酸化物イオンが陰イオン交換膜を通って燃料極に行く(この点で、次に述べるアルカリ電解質形燃料電池に近い)。

長所
1. ダイレクト・パッシブ型なので、超小型化が可能
2. エタノールは、バイオマスから作ることができるので、エネルギー源が再生可能である。
3. 酒の主要分だから、飲んでもよいぐらい安全。
4. 触媒は、鉄、コバルト、ニッケルで、白金が不要なので安価。
5. カーボン・ニュートラル
短所
1. 出力密度が低い
2. 耐久性が低い

出力密度が低いといっても、0.5Vで140mW/cm2 まで出る[8th Annual SMALL FUEL CELLS 2006]ということだから、小さな携帯機器なら、現状で既に十分だ。 また、クロスオーバーを起こすことなく、20mW/cm2で500時間の耐久テストにも成功したとのことである[Acta achieves technical targets]。

エタノールは、ガソリンに混合して使うことができるので、今後大量に作られるだろう。本田技術研究所と地球環境産業技術研究機構(RITE)は、サトウキビ、トウモロコシの食用に適さない部分からエタノールを製造する技術を開発した。

従来の技術では、主にバイオマスからセルロース類を分離する工程で副次的に生成される醗酵阻害物質が、糖をアルコールに変換する微生物の働きを妨げ、エタノールの収率が極めて低くなる問題があった。今回、RITEが開発した糖をアルコールに変換する微生物であるRITE菌を使い、ホンダのエンジニアリング技術を活用することで、醗酵阻害物質による悪影響を大幅に減少させるプロセス開発に成功。従来のセルロース系バイオエタノール製造プロセスに比べ、アルコール変換の効率を飛躍的に向上させることが可能となった。

今後、サトウキビやトウモロコシは、たんに食料生産のためだけではなく、燃料生産のためにも栽培されるだろう。他にも候補として、エチレングリコールや蟻酸やヒドラジンなどもあるが、将来、どこででも安く簡単に入手できる燃料として、エタノールの方が有望であるように思える

4.3. 有機ハイドライド燃料電池

北海道大学名誉教授の市川勝博士が開発した燃料電池で、正式にはリチャージアブル・ダイレクト・ハイドライド燃料電池という。有機ハイドライドから直接水素イオンを取り出す燃料電池で、名前の通り、繰り返して充電することができる。 その点では蓄電池と似ているが、この燃料電池は、既存の蓄電池よりも充電による劣化が少ない。

長所
1. 使用済み有機ハイドライドの再利用が容易
2. 有機ハイドライドの物性が石油に近いので、石油のための既存インフラが使える
短所
1. 出力密度が低い
2. 有機ハイドライドの水素供給に白金触媒が必要

出力密度は、エタノール燃料電池と同じぐらいで、メタノール燃料電池よりも高いが、純水素を燃料にした時よりは低くなる。にもかかわらず、直接型を開発したのは、携帯機器での採用を狙ったからであろう。しかしながら、有機ハイドライドが、そのメリットを最大限に発揮するのは、自動車の燃料として使われる場合である。携帯機器はもともと石油を直接の燃料にしてはいなかったので、既存インフラがそのまま活用できるというメリットはない。

5. アルカリ電解質形燃料電池(AFC)

Alkaline Fuel Cells
Alkaline Fuel Cells [EERE]

5.1. 古典的アルカリ電解質形燃料電池

アルカリ電解液である水酸化カリウムを電極間のセパレータにしみこませているので、こう呼ばれる。最も単純な燃料電池であり、NASAにより、1960年代から、宇宙空間で電気と水を供給するのに使われている。

長所
1. 電極触媒はニッケル酸化物で安い。
2. 比較的低温(室温~260℃)で作動する。
3. 構造が簡単で製造コストが低い。
短所
1. 燃料である酸素と水素が入手困難である。
2. 電解質が液体なので漏れる心配がある。

他の燃料電池と違って、この燃料電池では、空気を酸化剤にすると電解液が二酸化炭素を吸収して劣化する 。だから、空気極には、空気ではなくて、酸素を入れなければならない。水を 熱化学分解して、水素と酸素を同時に生成するならば、燃料は同時にそろうから、廃熱利用に使えるかもしれない。

5.2. ボロハイドライド燃料電池

ボロハイドライドとは水酸化ホウ素ナトリウム(NaBH4)のことである。天然に存在する安価なホウ砂(Na2B4O7)から二酸化ホウ素ナトリウム(NaBO2)を作り、それを水素化して作るする。このボロハイドライドに水を加えると、水素が発生する。

NaBH4+2H2O → 4H2+NaBO2

その水素を固体高分子形燃料電池に使ってもかまわないが、ダイレクト型で発電する時には、電解質が水酸化ナトリウム溶液というアルカリ電解液になるので、分類上は、アルカリ電解質形燃料電池になる。

アメリカの Millennium Cell 社や日本のセイコーインスツルが改質型の実用化を目指しているのに対して、アメリカの Medis Technologies 社や元工学院大学教授で、現在水素エネルギー研究所社長の須田精二郎氏は、直接型の実用化を目指している。

長所
1. 出力密度と起電圧が高い
2. 原料のホウ素が天然に大量にあって安い
3. 白金触媒が不要
4. 室温で高速に水素を供給
5. 小型である
6. 二酸化炭素を発生させない
短所
1. リサイクルが難しい
2. 水を加えないと水素を発生しない
3. 水酸化ホウ素ナトリウムには腐食性がある
4. 水素を加える前は固体で取り扱いが難しい

水素化ホウ素は、試薬であるために、価格が高いが、原料が豊富だから、大量生産すれば、価格を大幅に下げることができるだろう。

酸化剤として過酸化水素を用いた場合、ダイレクト・ボロハイドライド燃料電池の出力密度は1.2Vで350mW/cm2になると報告されている[The Electrochemical Society:A High Output Voltage Direct Borohydride Fuel Cell]。有機ハイドライドの場合、ダイレクト型にすると出力が落ちるが、ボロハイドライドの場合、逆に上がる。だから、ボロハイドライドは、携帯機器向きである。ボロハイドライド燃料電池は、出力密度が高いので、自動車の動力源としても使えそうであるが、常温常圧では固体で、石油との物性が異なるので、有機ハイドライドのように、自動車燃料の既存インフラが使えないのが欠点である。

燃料電池自動車の実用化はまだまだ先の話なので、実用化は、携帯機起用充電器から始められている。Medis Technologies 社が、ダイレクトボロハイドライド燃料電池を“Power Packs”という名称で、携帯電話機用ポータブル充電器として、2006年の夏から販売を開始したところ、毎月20万個のペースで注文が来たとのことだ[Medis Technologies Releases Letter to Shareholders Previewing 2007]。

この燃料電池は使い捨てなのだが、発電により生成する二酸化ホウ素ナトリウムは有害だから、環境問題を惹き起こしそうだ。使用済み燃料を冷却することで、二酸化ホウ素ナトリウムを析出させ、ボロハイドライドに戻すには、大きなエネルギー投入が必要で、まだ採算が取れるところまでいっていない。 この点、使用済み燃料の再利用が容易な、したがって充電可能な有機ハイドライド燃料電池と比べると、見劣りがする。燃料電池開発の動機の一つは、環境問題の解決であるから、環境汚染を惹き起こすような燃料電池を早急に商品化することは、好ましくない。

6. 結論

燃料電池は、開発途上の技術であり、どれが有望であるかは、現時点では断言できない。今のところ、定置型としては、固体酸化物形燃料電池が有望である。 固体酸化物形燃料電池の課題は、耐久性を高めることである。

可搬型燃料電池の有力候補は、エタノール燃料電池、有機ハイドライド燃料電池、ボロハイドライド燃料電池である。エタノール燃料電池の課題は、出力を増やすことであり、 有機ハイドライド燃料電池の課題は、白金の使用量を減らすことであり、ボロハイドライド燃料電池の課題は、ボロハイドライドのリサイクルである。

現在複数の種類の発電機や電池が使われているように、燃料電池も複数の種類が棲み分けるようになるだろう。用途別に棲み分けるとするならば、エタノール燃料電池は小型の携帯機器に、ボロハイドライド燃料電池は大型の携帯機器に、有機ハイドライド燃料電池は自動車に使われるのではないだろうか。

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