寒冷化が惹き起こすイノベーション

約500万年前に地上に現れたヒトの進化の歴史は、長期的な寒冷化、つまり環境悪化の流れの中で進行した。さらにその歴史をよく調べると、画期的なイノベーションは、短期的な寒冷化によって惹き起こされている。過去40万年間の氷河時代において、10万年ごとに訪れる氷期が、ヒトにどのようなイノベーションをもたらしたのかを整理してみよう。

1. ヒトは環境の悪化で進化した

DNA分析によると、ヒトがチンパンジーから分岐したのは、今から約500万年前と推定されている(実際にはもう少し前)。以下の図は、世界各地から採取した海底有孔虫の分析から推定した過去500万年の気温の変化を描いたグラフである[Lisiecki and Raymo: A Pliocene-Pleistocene stack of 57 globally distributed benthic δ18O records]。

Five Myr Climate Change
500万年前から現在までの気候変動 [Global Warming Art]

これをみると、ヒトの進化が長期的な寒冷化の流れの中で起きたことがわかる。また、たんに寒冷化しているだけでなく、寒暖の振幅が大きくなっていることにも気がつく。地表面が寒冷化すると、大気循環が停滞する。また、寒暖の振幅が大きいということは、情報エントロピーが増大しているということである。

いずれにしても、生物にとっては住みにくい環境となっているわけで、事実、現生人類を除けば、直立二足歩行する他のヒトの傍系は、すべて滅んだ。抗生物質を大量に投与して、環境を悪くしてやると、菌にイノベーションが起き、耐性菌が生まれてくるのと同じように、ヒトもまた、環境が悪くなるたびに、イノベーションを起こし、進化してきた。自然界からすれば、現在人口爆発を起こしている現生人類は、あらゆる抗生物質を克服して増殖し続ける、最強の耐性菌というところだろうか。

2. 過去40万年間のイノベーション

寒冷化がヒトのイノベーションを惹き起こした様子を下の図で確認しよう。この図は過去40万年間の気温の変化を現在の気温を基準として描いたものである。

Antarctic temperature changes during the last several glacial/interglacial cycles of the present ice age and a comparison to changes in global ice volume
40万年前から現在までの気温の変化 [Global Warming Art]

青色と緑色のグラフは、南極で採掘したアイスコアの水素同位体比から[EPICA community members: Eight glacial cycles from an Antarctic ice core]、赤色のグラフは、世界各地から採掘した氷柱の酸素同位体比から推定した気温の変化である[Lisiecki and Raymo: A Pliocene-Pleistocene stack of 57 globally distributed benthic δ18O records]。

このグラフから、氷期と間氷期のサイクルが10万年周期で繰り返されていることがわかる。もとより、4万1千年その他の周期もあるので、波動はあまりきれいではないが、現在に相当する右端の間氷期の山から左に順に、ビュルム(Wurm/Wisconsinan)、リス(Riss/Illinoian)、ミンデル(Mindel/Kansan)氷期の谷間を確認することができる(カッコ内の左はアルプスでの、右は北米での呼称)。ミンデルは、四つの氷期がある。以下、ミンデル第三氷期から、10万年周期で、どのようなイノベーションが起きたかを見てみることにしよう。

2.1. 35万年前(ミンデル第三氷期)

ヨーロッパで最初に原ネアンデルタール人が現れたのは35万年前である[J. L. Bischoff et al:Neanderthals, J. Archaeol. Sci. (30): 275]。ネアンデルタール人はホモ・ハイデルベルゲンシスから進化して現れた。ホモ・ハイデルベルゲンシスはかつては、ホモ・サピエンスの祖先と考えられていたが、今では、現生人類とネアンデルタール人との最後の共通の祖先は、ホモ・ハイデルベルゲンシスの祖先であるホモ・アンテケソルであるとされている。ホモ・アンテケソルは、ホモ・エレクトゥスから進化している。

2.2. 25万年前(ミンデル第四氷期)

このころ、ホモ・ハイデルベルゲンシスが絶滅。ホモ・エレクトゥスも大陸では、27万年前ぐらいまでには絶滅したと考えられている[Archaeology Magazine:Homo Erectus Survival]。ただし、インドネシアでは、ホモ・エレクトゥスは、2万7千年前まで生き延び[Science: Latest Homo erectus of Java]、小型の子孫であるホモ・フローレシエンシスは、1万8千年前ごろまで生きていた[Nature: Flores man special]。ホモ・エレクトゥスやホモ・ハイデルベルゲンシスと入れ替わる形で、25-20万年前に、ホモ・サピエンスが誕生する。

2.3. 15万年前(リス氷期)

15万年前は、ミトコンドリアDNAから計算した現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の誕生時期である。現在のすべての女性の母であるミトコンドリア・イブが生きていたと算出された時期である。16万年前 エチオピアで発見されたホモ・サピエンスの亜種で、ホモ・サピエンス・サピエンスの先祖とみなされているホモ・サピエンス・イダルツの化石の年代が16万年前であるから、この誕生時期は妥当な計算結果だといえる。現生人類の最古の化石としては、東アフリカのオモで発見された13万年前の化石がある。

2.4. 5万年前(ビュルム氷期)

このときは、遺伝子上のイノベーションは起きなかったが、後天的な、それゆえに先天的なイノベーションよりも急速に発展するイノベーションが起きた。5万年前以降、現生人類の言語能力が飛躍的に発展した。そして、画期的な技術が言語によって世代から世代へと受け継がれ、蓄積し、現生人類の生存能力が大いに高まった。このイノベーションを、Jared Diamond は“Great Leap Forward”と名づけた。直訳すると、「大躍進」だが、これだと毛沢東の大躍進(という名の大後退)を連想させるためなのか、わが国では「文化のビッグバン」と呼ばれている。

このイノベーションは中近東から起きて、世界に広がり、今日まで続いている。ヨーロッパでの現生人類(クロマニヨン人)のライバルだったネアンデルタール人は、競争力を失い、3万年前に絶滅した。脳の構造という点でも、表象世界という点でも、社会システムという点でも、ネアンデルタール人は、クロマニヨン人ほど、次の意味で「知性」がなかった。

クロマニヨン人の脳の発達した前頭連合野は、新しい神経回路のネットワークを作り出し、交易の新しい社会的なネットワークを作り出し、それによって言語システムを複雑にし、概念の示差的なネットワークに革新をもたらした。この三つのネットワークの創発は、相互に無関係なのではなく、知性の発達という一つの本質の異なった側面に過ぎない。

[永井俊哉:知性とは何か]

3. 文化のビックバン以降

文化のビックバンで広がった人類の表象世界は、ビックバン後の宇宙と同様に、今日に至るまで膨張を続けている。現在は間氷期だから、革命が停滞してもおかしくはないのだが、間氷期の中にも小氷期とでも呼ぶことができる一時的に寒冷となる時期があり、その時期には、革命と呼ぶべきイノベーションが起きている。

間氷期における主な革命
寒冷化の時期 革命の種類 説明
BC10500-9600 農業革命 西アジアと中国で植物栽培が始められる
BC3700-2000 都市革命 大河のほとりに都市文明が形成される
BC800-400 精神革命 父権宗教と哲学が発達した「枢軸時代」
AD1600-1850 産業革命 近代科学と技術革新による大量生産

いったん文字が発明されると、イノベーションの成果が次世代に伝えられるようになる。しかも、遺伝情報と違って、後天的に書き換えが可能だから、イノベーションのスピードも指数関数的に増加するのである。

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