燃料電池の燃料である水素は、水素脆化をもたらすので、貯蔵が難しい。また石油のように常温常圧で液体ではないから、気体のままでは、エネルギー密度が低すぎて、自動車のような可動体の燃料にはならない。では、どのようにして燃料電池の燃料を貯蔵し、運搬すればよいのか、現在開発が進められている各種の方法を検討してみよう。
1. 圧縮水素ガスボンベ
自動車会社などが最も力を注いでいる水素の貯蔵方法は、水素を高圧化/低温化により体積を圧縮し、容積あたりのエネルギー密度を高める方法である。しかし、高圧圧縮 するには、数百気圧が必要で、圧縮のためのコストがかかる上に、危険である。また、高圧に耐える素材を使わなければならないので、それもコストを高める。超低温で冷却して液化しようにも、水素の沸点はマイナス253℃であり、冷却するだけで水素エネルギーの20%が失われてしまう。また、断熱素材を使用しなければならないので、それもコストを高める。液化しても、気化(ボイルオフ)により、1日に1%が減少する。高圧化と低温化の両方で圧縮する方法もあるが、両方の問題を軽減するだけで、本質的な解決にはならない。
三菱商事は、2004年4月に、圧縮コストを引き下げるために、水素を高圧のまま製造するという装置を開発したと発表した[三菱商事:世界初、圧縮機なしで高圧水素発生水電解装置で350気圧水素発生実証に成功]。水の電気分解では、18ccの水から22.4リットルの水素と11.2リットルの酸素が生成されるので、電解セルの耐圧を高めれば、この体積膨張を利用して高圧の水素を発生させることができる。高圧になるほど電解効率が向上するから、一石二鳥である。三菱商事の高圧縮水素エネルギー発生装置の試作機の水素発生能力は2.5Nm3/h、発生圧力は350気圧であるが、今後は、現在の水素供給ステーションの標準に合わせ、水素発生能力が30Nm3/h、発生圧力400 気圧の商用機を開発するとのことである。
電解効率が向上するといっても、350気圧で、大気圧に比べて8%というから、たいした改善ではない。電気という高級で高価なエネルギーを使うという電気分解が抱えている本質的な問題を解消できるわけではない。また、自動車が事故を起こした時の、高圧ゆえの危険性とか、耐圧素材の高コスト性といった問題も解消されないままである。
水素の高圧保存には、水素脆化というもう一つの深刻な問題がある。水素脆化とは、水素と接触する金属材料が、水素を吸収して、脆くなる現象のことである。水素原子は、すべての原子の中で最も小さいので、水素は、イオンの状態で金属の格子内に容易に侵入し、材料の強度を劣化させる。高圧になればなるほど、水素脆化は激しくなる。2005年5月13日に、愛・地球博で、燃料電池バスに水素を充填していた水素ステーションが水素漏れトラブルを起こしたのも、水素脆化が原因である。この水素脆化という短所を長所として活用しようとするのが、次に述べる水素吸蔵合金である。
2. 水素吸蔵合金
水素吸蔵合金とは、水素を容易に吸収したり放出したりすることができるように選ばれた合金のことである。水素吸蔵合金は、水素をある圧力以上に加圧することにより吸蔵し、減圧することにより放出する。吸蔵は発熱反応であり、放出は吸熱反応である。
合金の種類としては、水素吸蔵放出を行合金の結晶を構成する原子の間に、水素が安定な位置を占めることができる空隙を持ち、かつ水素の出入りを容易にする触媒機能を持ち、素材が豊富かつ安価で、軽くて、水素の出し入れが低温で可能で、水素脆化を比較的起こしにくいものが望ましいが、すべての点で理想的な合金は、まだ見つかっていない。
合金の種類にもよるが、一般的に言って、水素吸蔵合金は、圧縮水素ガスボンベと比べて、容積含有率に優れているが、重量含有率では劣っている。また、動作温度が300℃以上になったり、金属が資源量に乏しく、高価であることが多い。水素脆化に強いといっても、それはあくまでも程度の問題であり、水素を出し入れしているうちに徐々に脆化し、劣化することは避けられない。
3. 金属ハイドライド
金属ハイドライドとは、金属と水素をイオン結合させて、水素を貯蔵し、燃料電池で発電する時に、水素を手放すように開発された化合物である。水素吸蔵合金と区別されることもあるが、化学的には区別する理由はないという意見もある。金属ハイドライドの中で、現在最も有望視されているのが、ボロハイドライドである。
「燃料電池はどれが有望か」で、既にダイレクト・ボロハイドライド燃料電池について説明したが、ボロハイドライドを、水素のたんなる貯蔵・運搬手段として使い、それが放出する水素を任意の燃料電池に供給するということも可能である。アメリカの Millennium Cell 社や日本のセイコーインスツルが目指しているのは、こうしたボロハイドライドの使い方である。
以下の図は、ボロハイドライドの生成と水素発生と再生フローを描いたものである。原料となるホウ素は、天然に大量にあって安い。そこから二酸化ホウ素を作り、水素化して水素化ホウ素、すなわちボロハイドライドを作る。ボロハイドライドは、そのままでは空気中の水分と反応してしまうので、アルカリ水溶液に溶かすことにより安定化させる。そして、安定化したボロハイドライドから水素を発生させるには触媒を使う。
[Tech-On!用語辞典:ボロハイドライドとは]
セイコーインスツルは、触媒にリンゴ酸(2-ヒドロキシブタン二酸)水溶液を使っている。白金触媒よりもリンゴ酸水溶液の方が反応率も水素発生速度も良いとのことである。 こうした安価な触媒で水素を発生させることができるところが、ボロハイドライドの長所である。圧力差を利用すれば、ポンプなしで、触媒を供給し、水素を発生させることができる。
ボロハイドライドの長所と短所は、ダイレクトボロハイドライド燃料電池の長所と短所と同じである。すなわち、長所としては、出力密度と起電圧が高いこと、原料のホウ素が天然に大量にあって安いこと、白金触媒が不要であること、室温で高速に水素を供給できること、小型であること、二酸化炭素を発生させないことであり、短所は、リサイクルが難しいこと、水を加えないと水素を発生しない(砂漠地帯では大きな問題である)こと、水酸化ホウ素ナトリウムには腐食性があること、水素を加える前は固体で取り扱いが難しいことである。
4. 有機ハイドライド
有機ハイドライドは、水素を共有結合により取り込んだ有機化合物のことで、北海道大学名誉教授の市川勝博士が中心となって開発してきた、水素の貯蔵・運搬媒体の有力候補である。
ベンゼン、ナフタレン、トルエンなどの芳香族化合物は、白金触媒のもと、それぞれ、シクロヘキサン、デカリン、メチルシクロヘキサンなどの有機ハイドライドへと化学的に変換され 、水素ガスを貯蔵する。
有機ハイドライドは、ボロハイドライドとは異なり、水素を放出した後、再び水素を吸蔵し、再利用することが容易にできる。水素の吸蔵も放出も、白金触媒のもと、熱力学的な可逆性において、促進される。
水素化反応は発熱反応で、脱水素化反応は吸熱反応である。燃料電池に水素を提供する時には、250-300℃に加熱しなければならない。固体高分子形燃料電池だと、作動温度はせいぜい100℃だから、別途熱を加えなければならない。これは、有機ハイドライドの短所の一つである。
有機ハイドライトには、様々な種類がある。シクロヘキサンとデカリンが有機ハイドライドとしては有名であるが、シクロヘキサンの原料であるベンゼンは有害 であり、デカリンの原料であるナフタレンは常温で固体だから取り扱いが難しい。総合的な観点から、トルエン→メチルシクロヘキサンの組み合わせが一番有望というのが、市川博士の見解である。
前回「燃料電池はどれが有望か」で述べたように、有機ハイドライドは通常の温度と気圧で液体であり、 固体のボロハイドライドとは異なり、物性が石油に似ているので、ガソリンスタンドやタンクトレーラーや油送船など、自動車のための既存の燃料インフラを活用することができるので、燃料電池自動車に水素を供給する媒体として適している。
現在、燃料電池が500キロメートルの距離を走るのに、5キログラムの水素が必要である。これは通常の気温と圧力では、56000リットルの水素ガスに等しいが、有機ハイドライドでは、約70リットルで貯蔵が可能である。このことは、水素ガスの体積は、有機ハイドライドへと化学的に貯蔵されるならば、1/800から1/1000に圧縮されるということである。 以下の図を見てもわかるように、有機ハイドライドは、圧縮ボンベや水素吸蔵合金とは異なり、米国における燃料電池車への適応基準値であるDOEあるいはUSCAR目標値を達成して いる。

有機ハイドライトを普及させる上で最大の障害は、触媒に高価で希少な白金が必要であることだ。 燃料電池自動車用に最適といわれている固体高分子形燃料電池も白金触媒が必要であるから、両者を組み合わせることによる白金の使用量は相当な量になる。現在、白金の1グラム当たりの価格は、4000円以上も する。また、白金の世界全体の推定埋蔵量は約8万トンとみなされている。四輪自動車の保有台数は、世界全体で8億台ほどだから、白金を四輪自動車だけのために使うとしても、1台あたり100グラム程度しか ない。また、白金の産地が南アフリカやロシアといった場所に偏っているのも不安材料の一つである。
そこで、市川博士も、白金を節約する方法 をいろいろと探索している。面白いことに、白金の使用量を減らすことは、必ずしも性能低下にはつながらず、むしろ向上させることもある。プラチナ単独よりも、少量のモリブデンやタングステンなどを加えたバイメタル触媒や、ニッケル触媒にプラチナを少量添加する方が、触媒活性が高くなるとのことである。この他、熱伝導性の高いアルマイト基板を用いて白金触媒の性能を向上させるとか、金属カーバイドと白金とのハイブリッド触媒の開発で、使用量を10分の1にするなど、白金の使用量を減らす努力が続けられている。
有機ハイドライドの研究をしているのは、市川博士だけではない。産業技術総合研究所の白井誠之有機反応チーム長は、超臨界二酸化炭素溶媒と担持ロジウム触媒の組み合わせにより、フェノールからシクロヘキサノールとシクロヘキサノンを従来技術より低温で かつ高効率に得る合成技術を開発したと発表した[産業技術総合研究所:超臨界CO2を利用したフェノール水素化技術の開発に初めて成功]。 低温だから、それだけ触媒の寿命が延びるわけだが、触媒として白金の代わりにロジウムが使われている。ロジウムは白金と同じぐらい高額なので、触媒のコストダウンにはならない。
5. カーボンナノチューブ
カーボンナノチューブは、液体窒素を使って低温にすれば、ファンデルワールス力によって水素を吸着することができる。1997年に、米国国立再生可能エネルギー研究所らの研究チーム は、カーボンナノチューブが、室温常圧に近い環境下で、8wt%の水素重量密度を達成したと発表した[M. J. Heben et al, Storage of hydrogen in single-walled carbon nanotubes, Nature 386, pp. 377-79, 27 March 1997]。これにより、カーボンナノチューブに対する期待が高まった が、世界各地で行われた追試は違った結果を出しており、再現性に疑問を持つ科学者が少なくない。
1998年には、米国のノースイースタン大学の Rodriguez らは、ある種のカーボンナノファイバーが室温で1g当たり20リットルを越える多量の水素を吸蔵すると報告したが、 これもまた、他のグループによって再現されていない。「11月の炭素国際会議(東京)においても彼女が吸着等温線などの古典的解析手法に対して否定的な発言をしたため,懐疑的な視線を送る研究者が多い」[曽根田靖:カーボンナノファイバーによる水素吸蔵, 資源環境技術総合研究所]。
水素貯蔵媒体としてのカーボンナノチューブ研究は、一時期フィーバーをもたらしたが、現在では下火になっている。仮に、カーボンナノチューブが高い水素吸蔵力を持っていたとしても、1キログラム当たり10万円もするコストを大幅に下げない限り、これが水素の貯蔵・運搬媒体になることはないだろう。
6. 結論
私は、前回の「燃料電池はどれが有望か」 で、定置型燃料電池 としては、固体酸化物形燃料電池が有望だと書いた。定置型の固体酸化物形燃料電池に燃料を供給するには、パイプラインを使うのが最も経済的である。固体酸化物形燃料電池は、メタンを内部改質できるので、既存のガスパイプライン・インフラをそのまま使うことができる。
現在、ガスパイプラインの普及率は高くないが、これは、従来、ガスが熱しか供給できなかったからである。ガスが熱だけでなく、電気までを供給することができるようになるならば、パイプライン敷設のコスト的なハードルは大幅に下がり、現在以上に普及することになるだろう。
メタン直接改質により、メタンからベンゼンと水素を併産する場合、改質工場から各消費地まで水素を送る特殊なパイプラインが必要になる。水素はメタンと異なり、水素脆 化をもたらすが、常温常圧下では、水素脆化はあまり進行しないので、防錆めっきをすれば、パイプラインは長持ちするだろう。
ベンゼンからは様々な石油化学製品が作られる。それらがごみとなると、他の有機性廃棄物とともに、ガス化され、そのうち水素と一酸化炭素は、固体酸化物形燃料電池の燃料となる。これについては、次回の「どのようにして水素を製造するべきか」で改めて取り上げるが、この場合も、燃料の運搬はパイプラインで可能である。
定置型ではない可搬型の燃料電池の場合は、パイプラインで燃料を供給するわけにはいかない。可搬型の燃料電池に関しては、エタノール燃料電池が小型の携帯機器に、ボロハイドライド燃料電池が大型の携帯機器に、有機ハイドライド燃料電池が自動車に適していると書いた。携帯機器用のカートリッジは、小売店で、通常の電池を売るのと同じように売ったり回収したりすればよい。また有機ハイドライドの場合は、既存のガソリンスタンドをそのまま活用して、自動車に燃料を供給すればよい。


コメント
>現在、ガスパイプラインの普及率は高くないが、これは、従来、ガスが熱しか供給できなかったからである。ガスが熱だけでなく、電気までを供給することができるようになるならば、パイプライン敷設のコスト的なハードルは大幅に下がり、現在以上に普及することになるだろう。
お説ごもっともなのですが、これは既存電力会社の電力供給独占の構図を完全に打ち崩すパワーを秘めており、個別家庭への電力供給独占を未だにあきらめていない電力各社と経済産業省の「利権」をどれだけ突き崩せるか-私は当然に突き崩すべきものと考えているが-という政治的マターの方が技術的マターをはるかに上回っているように思えます。
太陽光発電の系統連携についても、かっては難癖としか思えないような理由で個別家庭にあきらめさせた電力会社もあったようですので。
Posted by のらくろ at 2007年1月25日 01:19
電力自由化は既に始まっており、これまでに東京電力は1100件(220万Kw)、関西電力は270件(58万Kw)分、新規事業者に顧客を奪われたと言われています[日経産業新聞:2006年2月16日]。ただし、本格的に自由化を進め、競争をフェアにするには、発電所と送電所の所有者を別にしなければいけません。電気会社とガス会社の利害対立に関しては、オール電化とオールガス化のどっちがよいのかを参照してください。
Posted by Nagai Tosiya at 2007年1月25日 09:12
南方(中国)リチウムイオン電池資源有限会社はコバルト廃材を原料にして、専門的にコバルトを再生産する製造業者です。会社の実力は十分で、廃却するリチウム(コバルト廃材)の回収に従事するのはもう長年で、豊富な業界の経験も蓄積して、同業界と取引先の間で評判がよく、信頼度も高いです。弊社は“誠実と信用に基づいて、持続発展を自分の務めとする”との理念を持って、環境保護事業に力を尽くして、経済の調和と発展を促進します。--->>> skpye:susansusan326
Posted by choukeirin at 2008年5月14日 12:15
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