京都議定書の温室効果ガス排出削減規制には、金融メカニズムと呼ばれる柔軟性措置があって、国内で削減目標が達成できなくても、他の国での削減実績でそれを補填することができる。しかし、このメカニズムにおける吸収源と追加性のルールに関しては、問題がある。
1. 三つの金融メカニズム
京都議定書が認める金融メカニズム(financial mechanisms)、通称、京都メカニズムあるいは柔軟性メカニズム(flexible mechanisms)には、共同実施(Joint Implementation)、クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism)、排出量取引(Emissions Trading)の三つがある。
このうち、共同実施とは、先進国(附属書Ⅰに掲げる締約国)が、他の先進国、特に、ロシアなど市場経済への移行途上国で温室効果ガスの排出量を削減するプロジェクトを実行し、その削減量を、京都議定書第三条で決められた自国の削減量に移転する制度で、京都議定書第六条第一項で、次のように定められている。
1. For the purpose of meeting its commitments under Article 3, any Party included in Annex I may transfer to, or acquire from, any other such Party emission reduction units resulting from projects aimed at reducing anthropogenic emissions by sources or enhancing anthropogenic removals by sinks of greenhouse gases in any sector of the economy, provided that:
附属書Ⅰに掲げる締約国は、第三条の規定に基づく約束を履行するため、次のことを条件として、経済のいずれかの部門において温室効果ガスの発生源による人為的な排出を削減し又は吸収源による人為的な 除去を強化することを目的とする事業から生ずる排出削減単位を他の附属書Ⅰに掲げる締約国に移転し又は他の附属書Ⅰに掲げる締約国から取得することができる。
(a) Any such project has the approval of the Parties involved;
当該事業が関係締約国の承認を得ていること。
(b) Any such project provides a reduction in emissions by sources, or an enhancement of removals by sinks, that is additional to any that would otherwise occur;
当該事業が発生源による排出の削減又は吸収源による除去の強化をもたらすこと。ただし、この削減又は強化が当該事業を行わなかった場合に生ずるものに対して追加的なものである場合に限る。
[以下略]
クリーン開発メカニズム(外務省訳では、低排出型の開発の制度)は、先進国が発展途上国で温室効果ガスの排出量を削減するプロジェクトを行い、それによって削減された排出量を自国の割り当てに充当する制度で、京都議定書では、第十二条第二項と第三項で以下のように規定されている。
2. The purpose of the clean development mechanism shall be to assist Parties not included in Annex I in achieving sustainable development and in contributing to the ultimate objective of the Convention, and to assist Parties included in Annex I in achieving compliance with their quantified emission limitation and reduction commitments under Article 3.
低排出型の開発の制度は、附属書Ⅰに掲げる締約国以外の締約国が持続可能な開発を達成し及び条約の究極的な目的に貢献することを支援すること並びに附属書Ⅰに掲げる締約国が第三条の規定に基づく排出 の抑制及び削減に関する数量化された約束の遵守を達成することを支援することを目的とする。
3. Under the clean development mechanism:
低排出型の開発の制度の下で、
(a) Parties not included in Annex I will benefit from project activities resulting in certified emission reductions; and
附属書Ⅰに掲げる締約国以外の締約国は、認証された排出削減量を生ずる事業活動から利益を得る。
(b) Parties included in Annex I may use the certified emission reductions accruing from such project activities to contribute to compliance with part of their quantified emission limitation and reduction commitments under Article 3, as determined by the Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to this Protocol.
附属書Ⅰに掲げる締約国は、第三条の規定に基づく排出の抑制及び削減に関する数量化された約束の一部の遵守に資するため、 (a) の事業活動から生ずる認証された排出削減量をこの議定書の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議が決定するところに従って用いることができる。
排出量取引とは、目標以上に削減された排出量に対して国連が発行するクレジットを、目標を達成できなかった企業や国が排出枠として購入する制度である。購入者が積極的にプロジェクトをするのではないという点で、共同実施やクリーン開発メカニズムとは異なる。京都議定書は、排出量取引に関してはあまり詳しく述べていないのだが、第十七条で、次のように概略を示している。
The Conference of the Parties shall define the relevant principles, modalities, rules and guidelines, in particular for verification, reporting and accountability for emissions trading. The Parties included in Annex B may participate in emissions trading for the purposes of fulfilling their commitments under Article 3. Any such trading shall be supplemental to domestic actions for the purpose of meeting quantified emission limitation and reduction commitments under that Article.
締約国会議は、排出量取引(特にその検証、報告及び責任)に関する原則、方法、規則及び指針を定める。附属書Bに掲げる締約国は、第三条の規定に基づく約束を履行するため、排出量取引に参加することができる。排出量取引は、同条の規定に基づく排出の抑制及び削減に関する数量化された約束を履行するための国内の行動に対して補足的なものとする。
二酸化炭素の排出量を削減するための限界費用は、日本が世界で最も高い [小林 紀之:地球温暖化と森林ビジネス―「地球益」をめざして, p.112]。このことは、すなわち、二酸化炭素の排出削減は、日本でやるよりも海外でやったほうが安くつくということである。
2. 吸収源の問題
京都議定書は、以下にあるように、第三条第三項で、1990年以降の植林などで吸収された二酸化炭素を数値目標の達成に利用することを認めた。
3. The net changes in greenhouse gas emissions by sources and removals by sinks resulting from direct human-induced land-use change and forestry activities, limited to afforestation, reforestation and deforestation since 1990, measured as verifiable changes in carbon stocks in each commitment period, shall be used to meet the commitments under this Article of each Party included in Annex I.
土地利用の変化及び林業に直接関係する人の活動(千九百九十年以降の新規植林、再植林及び森林を減少させることに限る。)に起因する温室効果ガスの発生源による排出量及び吸収源による除去量の純変化 (各約束期間における炭素蓄積の検証可能な変化量として計測されるもの)は、附属書Ⅰに掲げる締約国がこの条の規定に基づく約束を履行するために用いられる。
第六条第一項は、すでに引用したように、共同実施プロジェクトの目的を「温室効果ガスの発生源による人為的な排出を削減し又は吸収源による人為的な除去を強化すること」と定めているが、クリーン開発メカニズムと排出量取引の目的も同じで、発生源の削減と吸収源の増大が対策の両輪である。
また、その後の2001年に採択されたマラケシュ合意では、新規植林だけでなく、森林や放牧地などの管理を利用することによる吸収分のカウントも許容されるようになった。しかしながら、実際には、吸収源の増大は、発生源の削減よりも不利な扱いを受けている。まず、最初の基準年で、クリーン開発メカニズムでの植林による吸収量は、全割当量の1%を超えてはいけない。さらに、植林を共同実施ないしクリーン開発メカニズムで行って、二酸化炭素を吸収しても、立ち木を伐採したり、プロジェクトを終了した段階で、新たにクレジットを補充しなければならない。排出量取引でも同様である。それはなぜなのか。
排出権の世界では100年単位で温暖化問題を考えるため、森林がいくらCO2を吸収するといっても、それが半永久的に木材として固定化されているわけではないため、「森林は大気中のCO2を仮にそこに貯留している」程度の能力しか認められていないということなのです。そこで、炭素蓄積量を計測し、立木としてCO2が固定されている限りシンククレジットを与えるが、立木を切ったり、プロジェクトが終了したときには、そのシンククレジットは仮のものなので、別のクレジットで補充してくださいというルールが採用されるのです。
木が伐採されたり枯れたりしたからといって、その木を構成している炭素が、直ちにすべて二酸化炭素となって空中に放出されるわけではない。木材を建築資材などとして利用すれば、かなりの長期にわたって、炭素が固定保存される。植物は、枯れた後、分解されずに泥炭となって地中に保存されることもある。だから、立木を切ったり、プロジェクトが終了した段階で、吸収分を無効にするのは非現実的である。
もちろん、建築資材となった木材も、石炭化した木材も、燃やしてしまえば、その炭素は二酸化炭素として空中に放出される。だが、もしもそういう理由で「植林して二酸化炭素を吸収しても、最終的にはまた空中に放出されるのだから、結局は吸収したことにはならない」という論理を認めるならば、同じ論理で、「化石燃料を燃やして二酸化炭素を放出しても、最終的にはまた海や植物が吸収するのだから、結局は放出したことにはならない」ということになるだろう。にもかかわらず、排出源の削減には恒久的なクレジットを認め、吸収源の増大には一時的なクレジットしか認めないのは不公平ではないのか。
二酸化炭素を排出しないようにしても、それだけでは大気中の二酸化炭素濃度は変化しない。二酸化炭素を吸収し、かつそれを排出しないようにするならば、大気中の二酸化炭素濃度は減少する。この違いを考慮に入れるならば、前者では、非排出にだけクレジットを認め、後者では、吸収と非排出のそれぞれにクレジットを認め、後者のクレジットを前者のクレジットの二倍にしなければならない。だから、UNFCCCによる吸収源の過小評価には賛成できない。
3. 追加性の問題
もう一つの問題点は、追加性である。共同実施に関して引用した第六条第一項の(b)に「ただし、この削減又は強化が当該事業を行わなかった場合に生ずるものに対して追加的なものである場合に限る」とあるが、同じような但し書きは、クリーン開発メカニズムにもある。要するに、共同実施やクリーン開発メカニズムがなければ行われないようなプロジェクトしか対象にならないということである。共同実施やクリーン開発メカニズムがあることで、追加的に温室効果が削減されなければならないという意味で、この要件を追加性要件と名付けることにしよう。
この追加性要件は、排出量取引にはない。排出量取引という制度があろうがなかろうが、それとは無関係に、ロシアが排出する二酸化炭素の量は、1990年以降減少した。にもかかわらず、ロシアは、その減少分、所謂ホットエアを排出枠として売ることができる。日本がロシアから排出枠を購入しても、温室効果の削減には追加的効果もない。ヨーロッパ人たちは、なぜか、このホットエア問題を黙殺した。京都議定書を締結したころ、ヨーロッパにとって、隣国のロシアの経済的混乱は悩みの種だった。だから、ヨーロッパ諸国には、北方領土問題を理由に経済援助を渋る日本からロシアへの資金移転を促そうという政治的意図があったのかもしれない。
もっとも、その後、世界的な燃料費の高騰で、資源大国ロシアの経済状況は好転した。現在、ロシアは金には困っていない。エネルギー大国を目指すロシアが欲しいのは、エネルギー効率を向上させる先端技術である。だから、ロシアは、ホットエアは売らずに、共同実施を受け入れる予定である[Point Carbon:Russia focuses on JI while pondering domestic measures]。ホットエアを売らないことで、炭素クレジットの値を吊り上げ、技術移転を促進しようという作戦なのだろう。
だが、共同実施が、ロシアの期待するような技術革新をもたらすかどうかはわからない。追加性要件のおかげで、共同実施もクリーン開発メカニズムも、温室効果ガスの削減だけを目的とするプロジェクトが有利になったからだ。京都議定書第十二条第三項に「附属書Ⅰに掲げる締約国以外の締約国は、認証された排出削減量を生ずる事業活動から利益を得る」とあったが、温室効果ガス削減効果以外の利益が大きければ大きいほど、追加性のない事業だと判断されてしまうからだ。
温室効果ガスの排出量を削減するだけの事業よりも、複合的な利益をもたらす多目的事業の方が、地元住民も喜ぶし、効率的に行うならば、人類全体の利益にもなる。だから、追加性要件により、後者よりも前者を優遇する現在の仕組みは問題があると言わなければならない。
環境省は、ODA予算を温暖化対策に転用することを目的として、多目的なコベネフィッツ型温暖化対策を提唱している。コベネフィッツ型温暖化対策とは、例えば、次のような事業である。
地方におけるエネルギー供給を図るオプションとして、戸別やコミュニティレベルで農家にバイオダイジェスターによる熱供給システムを導入すれば、石炭や非再生可能バイオマス代替効果によって、燃料購入代金や労働負荷の緩和、屋内大気汚染緩和、良質の液肥が入手できるなど、家庭レベルでの生活向上・生産活動拡大を導くことになり、地域格差の改善・貧困削減という開発ニーズが充足される。また同時に、非再生可能バイオマスからの燃料代替により、温室効果ガスの削減という地球温暖化の緩和とともに、森林減少を防止するという自然環境保全などの便益ももたらされる。
ODA予算を用いてクリーン開発メカニズムを行おうとする日本の提案は支持されていない。しかし、発展途上国に、数値目標を受け入れてでも参加したいというモチベーションを与えるためにも、そして米国を参加させるためにも、ODA改革という形で、温暖化対策を行うことは必要だと私は考える。次回は、この観点から、私の温暖化対策の提案を行いたい。
| 書名 | 図解でわかる 京都議定書で加速されるエネルギービジネス |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 井熊 均 |
| 出版社と出版時期 | 日刊工業新聞社, 2006/02 |
| 書名 | 先進事例にみる排出権取引ビジネス最前線 |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 三菱総合研究所 |
| 出版社と出版時期 | 工業調査会, 2006/05 |
| 書名 | なるほど図解 排出権のしくみ |
|---|---|
| 媒体 | 単行本(ソフトカバー) |
| 著者 | 株式会社日本スマートエナジー代表取締役 大串 卓矢 |
| 出版社と出版時期 | 中央経済社, 2006/10/05 |

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