近代ヨーロッパの絶対王政において中央集権化された政治システムは、その後の民主化の流れの中で、脱中心化されていった。情報システムの脱中心化と政治システムの脱中心化は、どのように関連しているのか、ウェブ2.0に対応する民主主義の制度とはどのようなものなのかを考えたい。
近代小氷期における絶対王政
中世ヨーロッパにおける政治システムは、封建制度という地方分権的な制度を採用していた。封建制度においては、臣下が領主に忠誠を誓う代わりに、領主は臣下に土地の支配を委任する。この関係は、騎士と諸侯の間のみならず、国王と諸侯の間にも成り立つ。国王は、諸侯に対して、同輩の中の第一人者といった立場にしかなく、諸侯に対して超越的に支配するような強い立場にあったのでもなければ、国土を直接に支配する強力な権力を持っていたのでもなかった。
近代小氷期になると、集権化による効率性の向上が必要になってくる。ニッコロ・マキャヴェリは、1516年に『君主論』をウルビーノ公ロレンツォに献上し、汚い手段を使ってでも、君主の強力な権力により、イタリアを統一するべきだと主張している。その願望は、マキャヴェリの存命中には実現しなかったが、イギリスやフランスなどでは、早くから絶対君主による国民国家の統一が進んだ。これに呼応して、国王を、同輩の中の第一人者としてではなく、神から絶対的な権利を付与された超越的存在とする王権神授説が登場し、中央官僚と常備軍を備えて、国土を直接統治する絶対君主を正当化した。
前回の「情報システムの脱中心化」で、近代的な集権化の哲学の代表として、デカルトの哲学を挙げたが、デカルトの哲学と王権神授説には、構図上の共通点がある。中世の哲学においては、思考する物(res cogitans)としての自我ないし霊魂は、広がりのある物(res extensa)に対して、神のような超越的な位置を持たず、たかだか同輩の中の第一人者でしかなかったし、同様に、国王は、ローマ教皇のような超越的な地位を持たず、諸侯に対して、同輩の中の第一人者でしかなかった。しかし近代になって、ローマ教皇と国王の地位は逆転し始めた。デカルトの哲学でも、神と自我の地位が逆転している。そして、自我が神の誠実性を媒介にして外界を認識するように、絶対君主は、神から付与された王権を媒介に、臣民を統治するようになる。
フランス絶対王政の基礎を作ったリシュリュー枢機卿(Armand Jean du Plessis de Richelieu 1585-1642年)は、デカルト(1596-1650年)と同時代の人であった。デカルトが近代哲学成立に果たした役割を、リシュリューはフランス絶対王政成立において果たした。デカルトは、理性を重視した反面、理性を持たない動物を、心も感覚も持たない、たんなる機械とみなして、平気で生体解剖を行った。一方、リシュリューは、国家理性(Raison d'État)の名の下に、中央集権化の妨げになる貴族勢力を容赦なくつぶした。デカルトは、世界を数学という普遍的言語で統一的に記述しようとした。一方、リシュリューは、アカデミー・フランセーズ(Académie française)を創設し、フランス語の標準化とその規範化により国土を統一しようとした。
フランスの絶対王政は、ルイ14世の治世(1643-1715)において頂点に達した。ルイ14世の治世は、近代小氷期の中でも最も太陽黒点数が少なくて、寒い時期であるマウンダー極小期とほぼ重なっている。ルイ14世は、太陽王(le roi soleil)の異名で知られるが、太陽が衰退したかこそ、太陽の代替となるような、絶対的な秩序の中心が現れなければならなかったと言うことができる。
権力の脱中心化としての民主化
ルイ14世は絶対君主の典型であるが、その後、フランスの絶対王政は衰退し、1789年のフランス革命で、終焉を迎える。アメリカ合衆国がイギリスから独立し、共和政の国家を建設したのも、18世紀の末であった。選挙権の対象も漸次的に拡大し、今日に至るまで、民主化、すなわち政治システムの脱中心化は、トレンドとして続いている。危機の時代には、人々は、個人の利益よりも運命共同体の存続を優先し、強い指導者の出現を待望するが、時代が豊かになると、その逆が、つまり脱中心化と分散化が好まれる。
民主化と脱中心化は一直線に進んでいるわけではなく、何度か反動があった。以下のグラフは、Polity IV Project の基準で民主主義国家と判定された国の数の推移を表している。
このグラフを見てもわかるように、1929年の世界大恐慌以降、民主主義の国が大幅に減っている。これはデフレの危機を克服するために、ファシズムに傾いた国が増えたからである。アメリカ合衆国のような民主主義国家においても、自由主義経済が放棄され、ニューディールによる混合経済が選択された。こうした反動があったにせよ、この図が示すように、民主主義国家の数は、長期的に増える傾向にある。フリーダム・ハウスは、民主主義国家の増加を次のように報告している。
By 1950, the defeat of Nazi totalitarianism, the post-war momentum toward de-colonization, and the post-war reconstruction of Europe and Japan resulted in an increase in the number of democratic states. At mid-century, there were 22 democracies accounting for 31 percent of the world population and a further 21 states with restricted democratic practices, accounting for 11.9 percent of the globe’s population.
1950年までには、ナチの全体主義の敗北、戦後の脱植民地化の勢い、戦後の日本とヨーロッパの再建により、民主主義国家の数が増えた。20世紀の中頃において、世界人口の31パーセントを占める22の民主主義国家が存在し、さらに、世界人口の11.9パーセントを占める21の国に、制限されているとはいえ、民主主義な慣行があった。
[…]
Electoral democracies now represent 120 of the 192 existing countries and constitute 62.5 percent of the world’s population.
現在、世界に存在する192の国のうち、120の国が、選挙制度のある民主主義国で、これは世界人口の62.5パーセントになる。
民主主義の基本は、個人の選択の自由である。以下のグラフは、フリーダム・ハウスの基準による自由な国(緑色)、部分的に自由な国(ピンク色)、自由がない国(赤色)の数の推移である。70年代以降の情報化社会が、自由化とともに進展していることがわかる。
現在、間接民主主義(議会制民主主義)は既に多くの国で普及している。政治システムの脱中心化の次の段階は、直接民主主義である。議会制民主主義は、脱中心化の初期の段階で重要な役割を果たすが、あくまでも過渡的な制度に過ぎない。私は、以前「インターネットによる直接民主主義」で、インターネットを用いた直接民主主義の提案をしたが、今回は、現在のウェブ2.0の流れを受けて、この提案の次を考えてみたい。
イーデモクラシー2.0の時代へ
インターネットなどの情報技術革新により可能となる民主主義のことを、インターネット民主主義(Internet democracy)ないしは、イーデモクラシー(e-democracy)と呼ぶ。一般的に言って、政治システムは、経済システムや情報システムと比べて、保守的で、変革が一番遅くなる。情報システムでは、インターネットがウェブ2.0の段階に入っているが、政治システムでは、イーデモクラシーは、まだベータテストの段階である[NEC、インターネットと電子投票機による電子投票実証実験を実施]。
電子投票が、既存の議会制民主主義の選挙に使われても、政治システムを脱中心化することはない。インターネットが、マスメディアを中抜きした、ダイレクトな情報公開を可能にしたように、イーデモクラシーは、代議士を中抜きした、ダイレクトな意思表示を可能にする。有権者が代議士を選び、代議士が法案の採決をするのではなくて、有権者が直接インターネットで採決をするのである。この段階を、イーデモクラシー1.0と呼ぶことにしよう。
インターネットが普及した当初、つまり、ウェブ1.0の段階では、ソフトもコンテンツも、プロないしマニアが作り、大半のユーザはそれを受動的に消費し、せいぜいソフトないしコンテンツの選択を通じて意思表示をしているだけだった。同様に、イーデモクラシー1.0の段階においては、政治のプロが、法案や政策案を作成し、有権者は、電子投票を通じて、受動的に賛成か反対かを意思表示するだけにとどまるだろう。
ウェブ2.0では、ユーザが、オープンソースのソフトウェアやコンテンツを自由に編集するようになる。いわゆる CGM(Consumer Generated Media 消費者生成メディア)となる。こうした、オープンソース・ムーブメントの流れを取り入れた政府のことを、オープンソース政府(open source government)というが、これこそまさにイーデモクラシー2.0と呼ぶにふさわしい、徹底的な政治権力の脱中心化の段階である。
ウェブ2.0では、プロとアマ、専門家と素人の境界が消滅するが、イーデモクラシー2.0においても、政治のプロとアマ、専門家と素人の境界が消滅する。もはや、有権者は、政治のプロが作った法案に対して、受動的にイエスかノーかを言うだけの存在ではなくなり、ちょうどリナックスやウィキペディアの編集をする時のように、だれもが、法案や政策案の編集作成に参加できるようになる。
複数製作される法案や政策案は、投票によって選択されなければならないが、インターネットのウェブ2.0では、この機能が十分ではない。ウィキペディアでは、編集のあり方をめぐって編集合戦(edit wars)が起きるが、それを収集する有効な方法はない。編集者ごとにバージョンを作って、投票により、表示の優先順序を決めるのが、理想的であるが、田代砲のような連続投票スクリプトを使えば、容易に投票を水増しすることができるから、この方法は取れない。しかし、政治システムの場合、有権者のアイデンティフィケーションが制度化されるから、こうした問題は最小限にすることができるだろう。
イーデモクラシーは、ヒエラルキー型だった政治システムをリゾーム化するだろう。かつてヒエラルキー型組織の代名詞であった軍隊までが、今では、双方向情報機器の発達により、組織を脱中心化することができるようになっている。次回は、経済システムの脱中心化を取り上げたい。
| 書名 | 黄昏のスペイン帝国―オリバーレスとリシュリュー |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 色摩 力夫 |
| 出版社と出版時期 | 中央公論社, 1996/07 |
| 書名 | 電子投票 |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 岩崎 正洋 |
| 出版社と出版時期 | 日本経済評論社, 2004/12 |



コメント
インターネット民主主義の考え方には深く共感しましたが、国民が世界情勢や国家戦略に熟知していないと饒舌や雄弁な連中に扇動されてしまうことが私が恐れていることですがどのようにどのように対処したらよいですか。
Posted by tirori at 2007年4月23日 10:52
そういう危険性は、従来のマスコミ先導型民主主義において、より大きかったと思います。インターネット型民主主義は、多様な意見が現れるので、有権者はその分、冷静に、かつ批判的に判断するようになります。
Posted by Nagai Tosiya at 2007年4月23日 14:15
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