人類は、700-600万年前にアフリカ大陸に誕生して以来、長い間この大陸から出ることはなかった。約180万年前にホモ・エレクトゥスがアフリカ大陸を出たが、北京、グルジア、スペインが北限で、それよりさらに北に移住して、アメリカ大陸にまで渡ることはなかった。人類が氷期に全大陸に進出するには衣服の発明が必要であり、そのきっかけになったのは、7万2千年前に起きた巨大火山噴火であった。
1. 二百万年に一度の巨大火山噴火
今から71500±4000年前、現在のインドネシア領スマトラ島のトバ湖(下の地図と写真を参照)で、過去200万年間で最大と推定される巨大な火山噴火があった。この出来事は、トバ事件と呼ばれている。現在のトバ湖は、その噴火で形成されたカルデラに水がたまってできた。トバ湖は世界最大級のカルデラ湖である。
近代で最大規模の火山噴火は、1815年4月に起きた、インドネシア領スンバワ島のタンボラ山の噴火である。時代が近いだけあって、この時の噴火の影響は記録によく残っている。噴火後、火山灰が天を覆い、日光が遮られ、気温が下がった。影響は遠く北米やヨーロッパにまで及び、翌年7月、パリの気温は平年より3.5度低くなり、その年は“the year without a summer”と言われた。穀物不足が深刻となり、チフスやコレラなど疫病が流行した。Mary Shelley がフランケンシュタインの着想を得たのは、この暗くて悲惨な時代だった。
タンボラ山の噴火での噴出物は、100立方キロメートルであったが、トバ事件では、噴出物はその28倍に上った。生物に与える影響が、タンボラ山の噴火よりもはるかに大きかったことは言うまでもない。噴火自体は2週間ほどで終わったが、数年間にわたって気温が5度近く下がった(寒冷化の影響は1000年間続いたという説もある)。この「核の冬」ならぬ「火山の冬」に加えて、噴火物の中に含まれていた硫黄酸化物のおかげで、酸性雨が大量に降り、多くの植物が、したがって多くの動物が死に絶えた。
イリノイ大学のアンブローズは、この時期に、ヒトのミトコンドリアDNAの多様性が著しく減少することから、ヒトが遺伝的ボトルネックを通過し、人口が千人から一万人程度まで減少したとする「トバ・カタストロフ理論」を提唱した[Stanley H. Ambrose (1998) Late Pleistocene human population bottlenecks, volcanic winter, and differentiation of modern humans, Journal of Human Evolution 34 (6), pp.623-651]。
2. 急激な寒冷化がもたらした衣類の発明
トバ事件があった7万2千年前は、人類が衣類を発明し、着用するようになった時期でもある。氷河時代の到来のように、ゆっくりと長期にわたって寒冷化が進むなら、より暖かい地域に移住するとか、遺伝的な変化による対応などが有効かもしれないが、トバ事件のような急激な変化に対しては、衣類を着て体温の低下を防ぐというような緊急の工夫が必要になる。
人類が衣類を着るようになったのが約7万2年前であるということは、ヒトに寄生するシラミのDNA分析からわかった。ヒトに寄生し、血を吸うシラミをヒトジラミ(Pediculus humanus)と言い、頭髪にいるアタマジラミ(Pediculus humanus capitis)と、着衣などにいるコロモジラミ(Pediculus humanus corporis)の二つの亜種がある。
マックス・プランク研究所のキトラーは、分子時計アプローチにより、アタマジラミからコロモジラミが分岐したのは、72000±42000年前という結果を出した [Kittler, R., Kayser, M. & Stoneking, M. : Molecular evolution of Pediculus humanus and the origin of clothing, Current Biology 13, 1414-1417 (2003)]。誤差の幅が大きいが、確率的に一番高いのは、7万2年前である。
人類が裸だった頃、シラミが寄生できる場所は、毛がふさふさと生えている頭だけだった。しかし、人間が服を着るようになると、シラミは、服という新天地にも進出し、吸血範囲を増やした。アタマジラミは黒っぽい色をしているが、コロモジラミは、白っぽい色をしていて、体も少し大きい。この方が、衣類に生息するのに好都合なのだろう。
キトラーのこの論文によると、アフリカのヒトジラミは、それ以外の地域のヒトジラミよりも遺伝的多様性が大きい。これは、ヒトジラミが、現生人類と同様に、アフリカを起源としていること、7万2千年前以降、比較的画一的な遺伝子を持ったヒトジラミが、比較的画一的な遺伝子を持った人類とともに、アフリカから他の大陸へと急速に拡散して行ったことを裏付けている。
3. 被服による防寒能力が全大陸への進出を可能にした
以下の地図は、アフリカで発生した現生人類が、どのようにして全大陸へと拡散して行ったかを、ミトコンドリアDNAの分析から推定したものである[原資料]。
最初に進出したのは、インドやオーストラリア大陸であるが、これもトバ事件と関係している。大噴火によって蓄積した火山灰は、一時的に既存植物に打撃を与えたが、火山灰は無機栄養分を含んでいるために、長期的には植生の繁茂に寄与した。初期人類は、豊かになった動植物資源を求めて、インド、インドシナ、オーストラリアへと進出したのであろう。
注目すべきは、その後、最終氷期(ヴュルム-ウイスコンシン氷期)の最盛期であったにもかかわらず、つまり、ホモ・エレクトゥスの時代よりもずっと気温が低かったにもかかわらず、現生人類は、高緯度にあるヨーロッパ、ユーラシア大陸に進出し、さらに南北アメリカ大陸にまで渡ったことである。これは衣類の普及なくしては不可能だったに違いない。最終氷期にヨーロッパで現生人類と共存していたネアンデルタール人も、獣皮を剥いで、服として身に着けていた。衣服は、寒冷地の限界を突破する、文字通りのブレイク・スルーの技術だったわけだ。
7万2千年前の大噴火による急激な寒冷化が被服の習慣を普及させ、そして防寒能力を身につけたことが人類の全大陸への進出を可能にした。この仮説が正しいとするならば、それは、私が以前提唱したテーゼに、一つの傍証を与えることになる。
約500万年前に地上に現れたヒトの進化の歴史は、長期的な寒冷化、つまり環境悪化の流れの中で進行した。さらにその歴史をよく調べると、画期的なイノベーションは、短期的な寒冷化によって惹き起こされている。
産業革命は、18世紀後半に、イギリスの木綿工業から始まった。しかし、なぜ18世紀後半という特定の時期に、イギリスというという特定の地域で、繊維産業という特定の産業から、産業革命が始まったのだろうか。





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