これまで8回にわたって、地球温暖化の現状、原因、影響を分析してきた。このシリーズを終えるにあたって、良い温暖化と悪い温暖化を区別することで、地球温暖化問題の本質は何なのか、対策としてどのようなことをするべきかを論じたい。
1. 良い温暖化と悪い温暖化
人間を含めて、生命システムは、太陽放射を中心とする高熱源から、低エントロピーなエネルギーを作り出し、それ以上に発生する高エントロピーな廃棄物を最終的には廃熱という形で、水を中心とする低熱源に(最終的には宇宙に)捨てることで、自らを維持している。地表面に到達する太陽放射の量が増えれば、地表面の温度は上昇するが、それは良い温暖化である。なぜならば、太陽放射は低エントロピーな資源であり、太陽放射が増えることで大気内の水の循環も活発になり、水の入手可能性も高まるからである。
これに対して、温室効果ガスの増加による温暖化は悪い温暖化である。温室効果ガスは、地表面から発せられる熱放射を吸収し、地表面に送り返すため、温室効果ガスが増えると、高エントロピーな廃熱が大気圏内に滞留することになる。このように、地球温暖化問題とは、ゴミが捨てられなくなって困るというゴミ問題なのである。気温が上昇すること自体は、ある種の生物にとってはプラスになるが、エントロピーが増大することは、熱死状態に近づくことであり、すべての生命システムにとって普遍的な脅威である。
以上の、良い温暖化と悪い温暖化の区別に基づいて、良い寒冷化と悪い寒冷化を区別することができる。火山噴火や大気汚染などにより、地表面に届く太陽放射が減れば、気温が下がるが、それは生物にとっては、資源の減少を意味するのだから、悪い寒冷化である。これに対して、温室効果ガスが減り、廃熱を宇宙に放射しやすくなるならば、気温は下がるが、これは大気圏内のエントロピーを下げるから、良い寒冷化である。
2. 悪い寒冷化で温暖化を緩和してはいけない
良い寒冷化と悪い寒冷化、良い温暖化と悪い温暖化の区別は非常に重要である。しかしながら、地球温暖化の危機に警鐘を鳴らす人の中には、こうした区別をすることなく、たんに温度が上昇することが問題だと思っている人が多い。そういう人の中には、悪い温暖化を悪い寒冷化で相殺するアイデアを提案する人がいる。
スペース・サンシェイドを提案している米国のロジャー・エンジェル教授(アリゾナ大学)もその一人である。エンジェル教授は、以下のイラストにあるような飛行物体を、地球と太陽の間にあるラグランジュポイントのL1(安定軌道の一つ)に浮かべ、地球に到達する太陽エネルギーを1.8%減らすという案を提案している。この計画を実行するために必要な費用は、数兆ドルになると見積もられている[Roger Angel (2006) Feasibility of cooling the Earth with a cloud of small spacecraft near the inner Lagrange point (L1)]。
米航空宇宙局先端構想研究所(NASA Institute for Advanced Concepts)は、エンジェル教授に、このアイデアでさらに研究を進めるよう、補助金を出したとのことである[Space Sunshade Might Be Feasible in Global Warming Emergency]。
1995年にノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェン博士は、気球で硫化水素を成層圏にまで運び、それを燃焼させ、二酸化硫黄の粒子を撒くことで、成層圏のアルベドを高め、地球を温暖化から救う方法が検討に値すると言っている [P.J. Crutzen (2006) Albedo Enhancement by Stratospheric Sulfur Injections: A Contribution to Resolve a Policy Dilemma?]。大気汚染によって、地球を寒冷化させようというわけだ[n]。
[n]実は、こうした人為的な手段を講じなくても、太陽活動は近年減少傾向にあり、途上国による大気汚染も手伝って、太陽放射の流入量は減っている。所謂グローバル・ディミングと呼ばれている現象である[BBC:Global Dimming]。グローバル・ディミングは、地球温暖化を阻止するから望ましいかといえば、決してそうではない。
地球温暖化を緩和するために、太陽放射の流入量を減らすことは、喩えて言うなれば、便秘を治すために、食事の量を減らすようなものだ。なるほど、食べる量が減れば、排泄物の量も減るだろう。しかし、これでは根本的な問題解決にはならない。人間は、食物を低エントロピーな資源として取り入れ、そのエントロピーを増大させて、体外に捨てている。低エントロピー資源の摂取と高エントロピー廃棄物の排泄は、生命システムを維持する上で欠くことができない車の両輪で、その両者が滞るとなれば、生命システムにとってはダブルパンチになってしまう。
生物について当てはまることは、地球についても当てはまる。太陽光の流入を減らせば、大気圏内のエントロピーは増大することになるのだから、私たちの環境はますます悪化することになる。温室効果ガスの増大による地球温暖化は地球の便秘であり、地球の生命を便秘の苦しみから救うには、食料である太陽光を減らすのではなくて、スムーズに排便できるようになる対策を講じる必要がある。
3. 二種類のエントロピーの増大
廃熱の蓄積が惹き起こす問題は、ヒートアイランド現象として、局地的にではあるが、都市部でかなり前から起きている。都市部は、熱を大量に出すだけでなく、気化熱を奪って蒸発する水が少ないとか、高層建築物が風の流れを遮断するなどの理由で、熱を蓄積しやすい。第四次報告書は、都市部は、地表面の0.046%しか占めず、ヒートアイランド現象による放射強制力は、地球全体で0.03W/m2にすぎないから、地球温暖化には小さな影響を与えないと言っている [IPCC (2007) Changes in Atmospheric Constituents and in Radiative Forcing, p.185] が、むしろ地球温暖化がヒートアイランド現象に与える影響の方を心配するべきである。
近年アメリカやヨーロッパで多発するようになった熱波は、地球温暖化が直接の原因ではないが、温室効果ガスの増大に伴って、頻度や規模が大きくなっていると考えることができる[ヨーロッパの熱波の原因は何か]。アメリカやヨーロッパといった都市化が進んでいる地域で起きている熱波には、広域的なヒートアイランド現象としての側面がある。オーストラリアで起きている熱波は、オーストラリアで進行している沙漠化の影響が強い。沙漠化は人間による持続不可能な土地利用が原因であるが、地球温暖化による蒸発量の増大も原因の一つである。
地球温暖化と沙漠化は、人口爆発と一人当たりのエネルギー消費量の増大、一口に言えば、社会の近代化を共通の原因としている。人類文明の規模が大きくなればなるほど、それはより多くの低エントロピー資源を奪い、より多くの高エントロピー廃棄物を出す。その結果、他の生物たちが衰退し始めている。人間は自分たちだけで生きていける生物ではないので、人類文明の無制限な量的拡大は、自らの破滅をもたらすだろう。水の循環、大気の循環、栄養の循環といった地球の循環構造を維持する持続可能な文明のあり方を探らなければならない。
地球温暖化が、具体的にどのような変化をもたらすかは不確定である。不確定であるということは、情報エントロピーが大きいということであり、情報システムである生命にとっては、それ自体が脅威である。さらに、予測に不確定性があるだけでなく、予測外の不確定性もある。地球温暖化がどのような影響を及ぼすのかに関して、現在、多くの科学者が様々な予測をしているが、ひょっとすると、全く予想していなかった好ましくないことも起きるかもしれない。好ましくないことに不確定性があるだけでなく、不確定性そのものが好ましくない。
四季の変化のように、予見可能な、その意味では安定した不安定さならば、生物は容易に適応できる。しかし、思いがけない気候変動に対しては、人間を含め、生物は一般に脆弱である。例えば、2003年のヨーロッパでは、37-38℃の猛暑が1週間ほど続いて死者が大量に出たが、毎年この程度の暑さを経験している地域では、死者は出ない。海面水準の変動も、いつどの程度になるのかが予めわかっているならば、都市設計も容易であるし、気温と降水量の変化を事前に予測できるなら、農業も容易である。それができないから困るのである。
「地球温暖化(3)温暖化の程度」で述べたように、現代の地球温暖化は、温度水準という点でも、温度変化という点でも、決して前代未聞の異常な水準にあるわけではない。現代の温暖化の特異性は、温室効果ガスの増大が先導しているがゆえに、良い温暖化ではなくて悪い温暖化であるということころにある。私が連山で連載してきた「資源問題と環境問題への解決策」の基本的な命題は、資源問題も環境問題もすべて究極的にはエントロピーの問題だということである。地球温暖化は、熱エントロピーと情報エントロピーという二種類のエントロピーを増大させる。ここに地球温暖化問題の本質がある。
| 書名 | ヒートアイランド―灼熱化する巨大都市 |
|---|---|
| 媒体 | 新書 |
| 著者 | 斎藤 武雄 |
| 出版社と出版時期 | 講談社, 1997/12 |
| 書名 | ヒートアイランドの対策と技術 |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 森山 正和 |
| 出版社と出版時期 | 学芸出版社, 2004/08 |
| 書名 | エントロピー入門―地球・情報・社会への適用 |
|---|---|
| 媒体 | 新書 |
| 著者 | 杉本 大一郎 |
| 出版社と出版時期 | 中央公論社, 1985/08 |
| 書名 | 「循環型社会」を問う―生命・技術・経済 |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | エントロピー学会 |
| 出版社と出版時期 | 藤原書店, 2001/04 |


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