永井俊哉と峯山政宏による四回にわたる対談の第一回目。安倍内閣が教育再生の目玉として推進しようとしている教育バウチャー制度を検討する。また、奉仕活動や愛国心教育の是非をも考える。
峯山:本日は「日本の若者に未来はあるのか」というタイトルで永井さんと若者の教育と就職についてお話ししたいとおもいます。よろしくおねがいします。このたび発足した安倍内閣は、教育再生を内閣の重要な課題にしていますが、 安倍晋三さんの政策をどう思いますか。
永井:彼の構想には、評価できるところもあれば、そうでないところもあります。
峯山:永井さんから見て具体的に言うと何が評価できて、何が評価できないのでしょうか
永井:一番評価できるのは、教育バウチャーの導入ですね。
峯山:教育バウチャーの導入とは一体どういうことでしょうか?ブッシュ政権が導入に失敗したという話しを聞いたことがあります。
永井:従来のように、政府が公教育機関に直接補助金を出すのではなくて、生徒に利用券(バウチャー)を配布し、彼らに一番望ましい学校や授業を選ばせ、そうすることで、消費者に選ばれた学校や授業に補助金が支給されるという仕組みです。
峯山:それでは公立高校でも私立高校でも自分の行きたいところに行けるということでしょうか?大学選びのようですね。少子化が進んでいるので、大学だけではなくて高校も統廃合を余儀なくされるようになりますね。
永井:大学選びというよりも、塾選びに近くなります。学習塾へ行く時のことを考えてください。生徒は、学力を上げてくれそうな塾を選びます。効果がなければ、他の塾に行きます。その結果、生徒は自分に最適な塾で学べるようになります。
峯山:高校選びが塾選びのようになると既存の塾との競争が厳しくなるだろうと思います。そうなると真っ先に生徒が来なくなるのは公立の高校ですね。しかし、生徒が少なくても公立の先生は国の補助金で首にならないのかもしれませんが。教育現場の混乱が予想されます。
永井:私は、教育バウチャーを評価するといいましたが、現状では成功しないと思います。なぜなら、教育バウチャー制度の本格的な導入には、公教育の廃止が前提となるにもかかわらず、安倍内閣はそのようなことは全く考えていないからです。
峯山:世界では教育バウチャーの導入に成功した事例はあるのでしょうか?国民の多くがバウチャーって何なのって疑問に思うだけでその導入のメリット、デメリットまできちんと仕訳して考えることはないように思います。
永井:アメリカのいくつかの自治体がやっています。学校選択の自由を拡大するという点で、アメリカのチャータースクールとか も制度として近いと思います。ヨーロッパでも児童生徒数を基準として公的助成が行われています。もちろん、そうした欧米諸国も公教育を完全に否定したわけではありません。 しかし、だからといって、公教育を廃止するなというようでは、あまりにも主体性がなさ過ぎます。もしも、すべての国が、いかなる改革も、他の国がやって成功するまでは自分の国ではやらないなどと言っていたら、どこの国も新しい改革ができません。だから、 公教育の廃止が良いかどうか、自分の頭で理論的に判断してください。
峯山:教育バウチャー制度の本格的な導入には、公教育の廃止が前提となるという部分を具体的に説明していただけませんか。
永井:生徒が教育機関を選ぶことが有意義であるためには、教育機関が多様でなければいけません。公教育は、国公立であれ、私立であれ、公的資金を受け取る代わりに、文部科学省の様々な規制に拘束されます。自分の教育理念に基づいて、創意工夫を凝らすということができません。
峯山:端的に言えば、義務教育以降の学校の存在を代々木ゼミナールや河合塾のように完全に民営化すべきだということですね?
永井:いいえ、公教育を廃止するということは、義務教育の期間を含めて、すべて廃止するということです。そもそも、公教育の廃止は、義務教育の否定にはなりません。教育の義務に対応する権利を守るために、教育バウチャーを配布するのです。
峯山:生徒とその両親に学校を選ぶ権利が教育バウチャーの配布で保証されるとなると、自分の頭ではなくてテレビや新聞に影響されるのではないですか?選挙も広告宣伝費にお金をかけた方が勝つではないですか?
永井:確かに、選ぶきっかけにはなるでしょうが、その学校で満足できなければ、生徒はすぐよそに逃げてしまいます。 現在の公教育では、いったん入学したら、特別な理由がなければ卒業まで別の学校に移ることはできませんが、これを、転校はいつでもできるようにすれば良いのです。
峯山:教育バウチャーを導入するには様々なハードルがありそうです。現在でも名門大学に通う生徒の多くが私立高校出身という事情があります。進学先も考えると親の目から見ると私立の方に子供を行かせたいと思うようになりますね。公立高校出身の私にはとても残念です。
永井:教育バウチャーは、お金がなくて、高レベルな教育が受けられないということがないようにするための制度です。
峯山:教育バウチャー導入後の社会は私立高校だけで、国の教育費が増加するという結果になりそうですね。富裕層の親を持っているかどうかで学歴が決まる現代社会よりよいと思いますが、問題はコストの増加でしょう。
永井:コストは増えません。なぜなら、これまで学校に直接交付していた補助金を教育バウチャーにするだけですから。
峯山:山形県の事例ですが、私立と公立の高校で授業料が平均で4.1倍も異なるのだそうです(注)。生徒に選ぶ権利が与えられるならば、皆さんに教育水準が高く、高額な私立高校に無料で行きたいと思うでしょう。
永井:私が言っている公教育の廃止というのは、公立学校が私立学校になるというよりも、国公私立の学校が塾になるというのに近いです。日本の教育費が高いのは、公教育が機能していないために、私教育まで出費しなければならないからです。私教育だけになれば、コストパーフォーマンスが向上するので、教育費を引き下げることができます。
峯山:公教育が機能しないから、私塾に行っているという現状の無駄を廃止して、機能しない学校は閉鎖にして学校を塾並みに効率のよいものだけ残してしまおうということですね。安倍内閣と永井さんの教育バウチャーに対する考え方の違いを例などもまじえてわかりやすくしていただけませんか
永井:安倍内閣は、国家主義的だから、公教育を廃止することはないでしょう。むしろ、逆に国家による教育への介入が強まると思います。 これは望ましいことではありません。
峯山:国公私立の学校だけでの教育バウチャー制度が、安倍内閣案、国公私立の学校だけではなくて、既存の塾も含めた形で教育バウチャー制が永井案ということになりますね。
永井:そうです。 日本の教育バウチャー制度は、アメリカの制度の模倣であるわけですが、日本はアメリカとは異なって、私塾が発達しているのですから、そうした日本の特殊事情をよく勘案するべきです。
峯山:教育バウチャーにはまだ問題点があります。地方に住む生徒さんには教育バウチャーを配布されても学校数が少ないために選ぶ権利がありません。都会の生徒さんの方が有利なので、より新しい制度の恩恵を得られることになります。
永井:もしも、近くに満足できる学校がなければ、寮に入るという手があります。人格形成という点でも、寮で集団生活をするということは効果があると思います。現在、一世帯あたりの子供の数が減っているので、同世代の友達と遊ぶ経験が減ってきています。コミュニケーション能力や社会的責任を身に付けさせる教育という点で、寮で子供の自治的コミュニティを復活させることは有意義だと思います。
安倍さんの側近の下村博文衆院議員は、「子供たちに、1人で生きているのではなく、社会みんなで助け合って生きているのだと実体験してもらうため」に、奉仕活動を必修化する案を検討しています。高校卒業は3月だけれども、大学入学は、海外の大学にあわせて、9月にし、半年のブランクのうち3カ月間を介護施設などで奉仕活動をさせ、その経験がなければ大学に入学させないという案です。しかし、3ヶ月間奉仕活動をしたぐらいでは、その人の人格を変えるほどの効果はないと思います。心の教育を普段の教育から切り離してやるのではなくて、普段の教育の中で行うことが重要です。
峯山:意識の高い生徒さんには、そのような寮を活用することで十分な教育が受けられるようになりますね。奉仕活動の件ですが、私がシンガポールに駐在していた時に、ボランティアをするために街を出ている学生さんをよく見かけました。意識が高い国だなと当初は感心していましたが、どうやらボランティアをすることが必修のようですね。
シンガポールのような歴史の浅い国はボランティアなどの奉仕作業で、愛国心を育てるのは常套手段だと思いますが、日本でもそうしなければいけないほど日本や郷土に対する愛情がなくなってきたかと思うと少し悲しいですね。
永井:稲田朋美衆院議員が、徴兵の変わりに、徴農をやれと言っていますね。ニート対策らしいけれども、ニートが大挙してやってきたら、農村の人たちも迷惑するでしょうね。
峯山:愛国心が必要なのはわかりますが、どのような案が永井さんはよいと思われますか。安倍内閣は、教育再生の取り組で評価できない点を中心にお話しください。
永井:私は、国策として愛国心を育てるという政策を支持しません。個人のために国家があるのであって、国家のために個人があるのではないですから。 また、太平洋戦争の時を思い返してみればわかるように、愛国心に直接訴えかける心情右翼がはびこると、 盲目的になって、国が滅びます。その意味で、心情右翼は、実は愛国者ではないと言うことができます。 「かわいい子には旅をさせろ」とよく言いますが、もしも本当に自分の国を愛しているのなら、自分の国を愛してはいけないのです。
(第二回に続く)
(注)「私立高校支援:授業料格差是正へ」
斎藤弘知事は26日の県議会代表質問で、「県内の3割が私立高校に通っているが、公立との間の授業料に差がある。公私の負担差に配慮しながら、支援充実を図ることを検討したい」と語った。現行制度では、県内高校の授業料(私立は納付金を含む)は公立、私立の格差が4・1倍程度あり、格差是正に乗り出す意向を示した。
県教育庁教育やまがた振興課によると、私立高等学校授業料軽減事業費補助制度で、県内私立高校15校に通っている生徒のうち親の所得が少ない生活保護世帯などに補助を実施。今年度は、約1000人に約1億410万円の予算を計上している。来年度に向け、支援対象者の範囲拡大などの方向で、さらに支援充実を図るという。
参考

コメント
首相の名前は正しく書かれた方がいいのではないかと思いますが。内容は本当にすばらしくて、ためになる話であるので、なおさらその気持ちが強いです。
Posted by 真 夢人 at 2006年11月 8日 17:32
ご指摘ありがとうございます。「安倍」が「安部」になっていましたので、修正しました。
Posted by Nagai Tosiya at 2006年11月 8日 19:16
晋三もですね。
Posted by meem at 2006年12月 6日 20:47
ご指摘ありがとうございます。「晋三」が「信三」になっていましたので、修正しました。
Posted by Nagai Tosiya at 2006年12月 7日 09:13
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