【書評】アダムの呪い11

第二十五章 呪いを解き放つ

ミトコンドリアは性的志向に影響を及ぼす可能性はあるが、Y染色体にも含まれているので性決定の主要な起爆材料とは言えない。Y染色体こそやはり性決定の役目を身につけたものである。ところがY染色体は細胞分裂による突然変異に襲われやすい。精巣内では毎日休まず精子生産が行なわれており、DNAコピーが繰り返される。60歳男性の場合でもDNAが精子に入り込む前に細胞が1000回もコピーを繰り返しているというのだから驚きだ。一方女性は年齢に関わらず卵細胞は受精前に24回しか分裂しない。百代さかのぼってみてもミトコンドリアが危険な細胞分裂を2400回しか経験しないのに比べ、Y染色体は500000回のコピーを繰り返す。ミトコンドリアもまた食べたものを燃やすときに副産物としてフリーラジカルを発生させ、DNAを危険にさらす。ただし女性の体内でミトコンドリアDNAを貯蔵する生殖細胞内だけは酵素を使って燃やさない。エネルギーの視点で効率は悪いが、ブドウ糖を乳酸に転化させるという安全な方法をとる。女性の体内がミトコンドリアにとって防御された環境とすれば、間違いなく男性の体内は戦火の中でサバイバルをしている状態だ。

人間とマウスの遺伝子は90%ぐらい一致しているというのに男性誕生のマスタースイッチSRY遺伝子だけは同じ配列が50%しかない。つまり染色体の遺伝子の中でもSRY遺伝子だけは急速に変化しているということだ。SRY遺伝子に突然変異が起こったらどうなるだろう。XY遺伝子を持つ女性はまさにSRY遺伝子というスイッチが作動しなかった例である。胎児が6週目に入ったとき、スイッチが切り変わらなかった…男性になり損ねたのか、男性にならずに済んだのかは人それぞれの考えかただろう。

Y染色体がまるで呪いをかけられたように絶滅の危機に立たされたとき、生き残りの方法を見つけようと必死になる。そもそもSRY遺伝子にバックアップがないというのは男性を作る上で不安である。モグラレミングは絶滅寸前に彼らのY染色体にさよならし、SRY遺伝子を他の場所に移すということに成功した。Y染色体が原因である絶滅を逃れたのだ。とりあえずこれでY染色体に頼ることで発生する問題は何千万年も棚上げされ、新しいマスタースイッチが問題となるまでは猶予がある。賛否両論のある試験管ベイビーというのも絶滅を防ぐ方法の一つだ。子供の欲しい親への同情は置いておいてこれは自然の法則に反する生き残り術であることは間違いない。たとえ卵子の横に置いても受精させる能力がない精子でも細い針で卵子に直接注入することで生殖不能の問題を解決する。でもこれはダメージのあるY染色体を息子に引き継ぐことになるので問題の先送りになってしまうだけかもしれない。

赤いアネモネの写真    アドニスの血アネモネ wikipedia

男性を絶滅から救うのは無理でも人類の未来を女性に期待するという案もある。男性遺伝子のパッケージを作成し、女性へ発達する人間の受精卵に注入する。サイクス博士はこの染色体をアドニス(去勢され生贄とされた救世主、愛と死の神)と呼ぶ。現代のXX男性と違って、生殖能力も含めたパッケージができれば精子遺伝子を持った生殖可能なXX男性ができる。このアドニス男性に理論上は娘も息子も同じ割合でもうけることができる。遺伝子を追加された染色体を含む精子(息子)が受け入れられるか元の染色体(娘)が受け入れられるかということだ。サイクス博士はこれはいい案だと絶賛している。つまり女とそしてアドニス染色体を持った男の性の世界でY染色体にかけられたアダムの呪いを解こうというのだ。しかしY染色体が消えてもまだ精子と卵子そして性選択というガイアを怒らせるアダムの呪いの成分が残ったままだ。

過激な遺伝的解決法は男性を丸ごと放棄して、卵子同士が核染色体を合体させていこうというものだ。もちろん現在のテクノロジーで正常に発達するのは不可能だ。もし可能なら全国各地の同性愛カップルが子供を作りにやってきている。しかし科学者達がいくつかのシステム的なハードルを超えたとき、体外受精のように簡単に子宮内に戻してしまえる。ここで大切なのはアブラムシのお母さんと違って生まれた女の子はクローンではないということだ。羊のドリーちゃんの誕生で人間のクローンができるかもしれないという話題になったときに嫌悪感いっぱいの反応があった。イタリア人医師セヴェリーノ・アントノーリは人間のクローンが産まれることを宣言しているが、倫理的、道徳的反対意見は山ほどある。しかもクローニングで産まれたものは遺伝子が組み換えされていないのだから寄生生物にとても弱い。ところが、母親Aと母親Bの遺伝子で産まれた女の子には生物学的な親がちゃんと2人いるので遺伝学的には現代の女の子と何ら変わりない。

男性のいない世界、連山の読者には男性も女性もいる。博士の言うアダムの呪いという男性根絶のシナリオを男性が想像したくはないだろう。男性読者から「あり得ない!」という言葉が聞こえてきそうだ。私自身『アダムの呪い』を読んだ感想として、まぁそれは無いだろうと思っている。同性愛はやはりマイノリティだし、同性愛だからといって異性を嫌い撲滅しようとしているわけではないのだから。サイクス博士だってそう計算通りにはいかないと心のどこかで思っているからか、断言するような書き方はしていない。

でもやはり精子に起きている問題は本当のことだし、日本を見ても世界を見ても縮退していることは否めない。萌えや少子化もガイアが増えすぎた人間を絶滅させようとしている一つの現象だといってもいい。今の状態が続けば縮退もしょうがないことなのだろう。ただしエネルギー革命や戦争の後はまた人間は繁殖し始めるようにできている。変化を怖れず行動すれば人間は居場所を得ることができ、自らを減らす必要がなくなる。逆に革命を怖れれば下り坂を転がるように暗いシナリオを辿るかもしれない。変化を怖れて立ち上がらないことで安定を得られる時代ではない。

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