【書評】アダムの呪い3

ダーウィンの魅力的で簡潔な自然淘汰の原則、進化論はよく知られている。しかし彼には遺伝学や染色体やDNAの知識があったわけではなく、種やその進化のメカニズムについては何もわかっていなかった。自然界の様々な種が生まれたのは神様による創造ではなく、環境の変化にゆっくりと適応した結果…現在の多種類の生物達が生まれた。未だにこれに納得する人と否定する人々がいる。神があらゆる種類の生物を作ったと信じなければいけない宗教であれば、人間が昔は猿だった…そのもっと前はちんけな水中の虫けらだった…なんて認められるわけがない。進化論を信じることは神の作ったアダムとイブに疑問を投げかけるようなことである。

第九章 理想的な共和国

生物の不思議についてもっと詳しいことがわかりはじめた頃、ダーウィンの唱えた「環境に最も適した固体が生き残り、『種の存続のため』に進化は機能する」という信念をくつがえす「種の存続のためではなく『遺伝子のため』だ」と証明する人物が現れる。イギリスの生物学者ウィリアム・ドナルド・ハミルトンである。ダーウィン以来の最先端をいく進化論者と呼ばれたハミルトンは遺伝子こそが自然選択の究極のエンジンだと考えることにした。固体の生き残りに注目すると生物の利他行動(自分を犠牲にして仲間を守る)が理解できなくなる。遺伝子の生き残りをかけたものだと考えると個人を犠牲としても遺伝子が残るように…という風に観点を切り替えると見え方が違ってくる。これは群選択(群淘汰)によるチャリティ精神や協力精神ではなく、個人の野望より集団の利益が優先されるような社会主義、共産主義の考え方ではない。肝心なのは個人の存在ではなく遺伝子だという論理的な結論だった。ここに人間的な感情は含まれない。

赤の女王説

前回アダムの呪い2で紹介したようにミツバチが性を決定するときはXY染色体のようなシステムはとっていない。メスが2本、オスが1本の染色体を持ち、オスバチと呼ばれる受精しない卵から産まれた蜂は働かずに交配のチャンスのためだけに巣にいる。働きバチは生きている間ずっと自分の子供を育てる機会などなく、女王バチが産んだ子供たちの世話をする。これが群選択における自己犠牲的行動をしているとは考えにくい。いくらなんでも巣や女王のためにそこまでするか?という疑問をハミルトンは抱く。ハチは自分の遺伝子のためにそうしていると考えると納得の答えが見つかる。それはまず自分の子供と自分の親(女王バチ)の子供(姉妹)のどちらが遺伝子を残すために有利であるか?ということである。働きバチ姉妹の間で共通する遺伝子は人間のような50%ではない。姉妹の遺伝的関係は75%共通するので、自分の子供をもし産んだとしても染色体を半分しか渡せない娘は姉妹よりも遺伝的に遠くなる。遺伝子のためには女王バチにせっせと姉妹を産出してもらうほうがいい。遺伝子にとっては働きバチが自分の子を欲せずに蜜集めと子育てに一生懸命になってくれる方がいい。情け容赦なしの遺伝子説は神の手による世界創造を唱える人々にとってダーウィン以上に受け入れがたい驚異の世界である。私個人的には神の創造を強く信じる信者ではなく、むしろ人間の進化の過程は類人猿からだと教育されてきた者なので特に疑念や嫌悪感はなかった。もう少しスピリチュアルに人間を見たいという気持ちがある反面、DNA、遺伝子そういった顔のないものたちに生かされているような人間にも魅力を感じる。遺伝子が進化のための単なるアシスタントではなく主要な動因であるとすれば、ますます男と女という異なる遺伝子(性)を持つ生き物の遺伝子同士関係はどうなっているかが気になるところだ。

第十章 性の解釈

クローニングの効率性に劣る有性生殖も遺伝子にスポットライトを当てれば説明できるだろうか?種の存続説における有性生殖の利点は種は遺伝的な多様性を増やし無性生殖の競争相手よりも早く進化をとげるというものだった。性を無駄とも言えるオスの存在で面倒な思いをするのに性は何の利点を持つのか?性の価値はどこにあるのか?これは生物学者たちを考えさせた問題である。ハミルトンは環境の変化に注目する。環境というとどうしても気候や地形のことと思い勝ちだが、進化に影響を及ぼすには食うか食われるかという環境がわかりやすい環境の一つである。捕食者と餌、人間は食う側となるが食われることなどあるのだろうか?肉眼で確認できないような病原体や寄生生物などを思い出して欲しい。彼らは毎日、宿主と絶え間ない戦いをしている。人間もまた寄生生物に蝕まれ死んでいくものがいるが、性を放棄したクローン種は彼らの攻撃に非常に弱い。ある種の弱点がみんな同じだと知った病原体は瞬く間にその種全体を皆殺しにする。クローン生物にとって彼らに弱みを握られることは親も子も自分のコピー全てを失うことになる。遺伝的混ぜ合わせのある人間はクローンに比べれば例え1つの疫病が流行ったとしても全滅はそう簡単ではない。遺伝的に異なる子供を残す方が生存確率は高い、生物として生きてきた以上は毎日がサバイバルだ。たとえある寄生生物が私を簡単に殺すことができても私の子孫や私の知人を簡単に殺してしまい人間を絶滅させるのは私を殺すように簡単にはできないのだ。ここにきてやっとクローンの効率性に勝る有性生殖の利点がはっきりした。人間がクローンで子供を作りだしたとしても未来は決して明るくない。神の怒りに触れたと言われるかもしれないが、それ以前に変化する環境に適応する能力が限られてしまうので長生きできそうもない。ただし人間でも黒死病や天然痘と闘った歴史を忘れるわけにはいかない。ハミルトンもまたコンゴへの遠征旅行中にマラリアにかかり命を落とした。今も人間はエイズを始め多くの強敵を相手にしている。

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