【書評】アダムの呪い4

ホラーとは怪奇な趣向で恐怖を感じさせることを狙った『娯楽』作品のことを指す。怖いもの見たさ…そういうところがやっぱりあるのだと思う。最近ではジャパニーズ・ホラーが海外でリメイクされることも多いが、リメイクされた海外のものよりも日本のものの方が怖く感じる。全く自分の生活や経験からはイメージできないような非現実的な怪物が出てくるよりも「もしかしたらあり得るかもしれない」という雰囲気が漂っている方がいい。お化けよりも幽霊に恐怖を感じるようなものだろうか?魔法よりも殺人に興奮するようなものだろうか?とにかく人間としては人間の欲望からくる恐怖に刺激を感じるのかもしれない。欲望の恐怖を取り扱った恐怖は人間を魅了してやまない。アダルトビデオ等もそういうホラーの部類になることもあろう。

 

第十一章 性別

男と女は生き残るためにお互いを必要としている。ところが単に遺伝子を混ぜ合わせて交換するだけが遺伝子を残す上での理由なら相手が違う性である必要があるのだろうか?同性による生殖を伴う性行為は接合という呼び名で細菌レベルの細胞でも行なわれている。2つの細胞が細いパイプを通じて遺伝子を移動させる。これは他の細胞に自分を残そうとする感染のような行為であり、ここから性行為と性感染症は同じことであることがわかる。病気が撲滅されまいと蔓延するように遺伝子も人間というものを生かし、利用して生き残ろうとしているように思える。

単細胞生物にとっての性行為は同じサイズでそっくりな細胞核と細胞質を持つ細胞同士で行なわれる。では何故人間は同じことをするために大きく異なる2種類の性を発達させたのだろうか?当時の生物学者たちは性の疑問を解決しようとしていたものの細胞質の存在を長く見過ごしてきていて細胞核の染色体ばかりに気を取られていた。顕微鏡を覗き込んだとき視覚的に訴えるものが少ない細胞質とそこにあるDNAは取るに足らないと思われていたのである。人間の細胞には植物と違って葉緑体はないが、細胞核とミトコンドリアがあり独自の遺伝子セット(ゲノム)を持つ。オックスフォード大学でハミルトンの教えを受けたローレンス・ハーストとリーダ・コスミデスとジョン・トービーの3人は細胞質遺伝子に注目しミトコンドリアを2つの性を創造する主な動因であることに気づいた。ミトコンドリアの存在価値が男と女を創造したと言える。

せっせとクローンを作るよりも子供の産めないオスを作ってまで有性生殖をするのには寄生生物を出し抜くためであることは既に説明している。ただし細胞内の遺伝子にとって性は不要で、なんと性行為による融合は戦いの始まりとなる。人間もまた精子と卵子というものの融合で細胞戦争を起こすのである。この戦争で多くの被害が出ていた頃、祖先の核遺伝子はこの戦争によるダメージを避ける作戦を練り上げた。まず遺伝子のタイプが同じ様なものであればお互いにズタズタのボロボロになるまで殺しあわなければならない。だからタイプに差をつけることにしたのである。片方の性の細胞膜を剥ぎ取ってほとんどミトコンドリアが残らない核むき出しの状態にする、つまりこれは精子となる。卵子は逆に精子の持たない何千ものミトコンドリアを詰め込んだものである。最初からほとんど決着がついていれば圧倒的な勝者と敗者の間に必要以上の戦いは起こりにくい。これが融合の際の遺伝子の平和を導く知恵である。ところがこの平和条約によって性は二分されなければならず、このままではすぐに死んでしまう精子が生き延びるための解決策として染色体は2組揃えの機能になった。

第十二章 ふたつの戦線

2つの性は平和条約のような働きをする反面、2種の相反する遺伝的利益の追求を起こした。人間も身長や性格や収入以前に男か女かを重視され、男は核以外ほとんど何も持たない精子を作り女は細胞質たっぷりの卵子を作る生涯となる。核遺伝子にとっては男が勝とうが女が勝とうがどちらでもよく、結局お互いを必要とするので殺しあうことは望まない。しかし細胞内のDNAは完全勝利にこそ興味を抱き、娘によってしか受け継がれることのないミトコンドリアDNAにとっては息子を作ることなど無駄な行為なのだ。母親がどんな息子を愛していたとしても、彼女のミトコンドリアDNAは息子から後世に伝えられることはないのである。同じ理由からY染色体は息子にしか受け継がれない。娘の存在はY染色体にとって自分を残すことにはならないのである。性の戦場には二つの前線がある。お互いを必要としながらも小競り合いを続ける精子と卵子。それから遺伝的ライバルとでも呼べるY染色体とミトコンドリアDNAである。彼らは真剣に自分を次世代へとつなげるために異性の抹消を考えている。

 

第十三章 必死の説得工作

卵子は丸くて大きく充分な栄養を含んでいる、1ヶ月に1個ずつと生産される数も少ない。ところが精子は細胞質をほとんど持たないために小さく短命で大量生産される。約1億5千万個の精子が1個しかない卵子に気にいってもらう(子孫を残す)ためにはオス同士の対抗に勝ち抜きメスに選んでもらえなければならない。恋愛に例えてみれば、いい女を選ぶには選ばれるような男でなければならないといったところだろうか?そのためには高くつく仕事をしなければならない。これは人間だけでなく多くのオスにとって時間とエネルギーを注ぐ部分である。動物の世界では良く知られるように孔雀のオスのような色鮮やかな色や魅惑のエクスタシーダンス?、美しいメロディーの鳴き声等によるセックスアピール等がある。アニマルプラネット系の番組を見たことのある人であれば、これら様々な種類の有性動物性行為前のオスの努力を知っているだろう。動物のメスはそんなオスよりも外見等が劣っていても選ばれている。ここが人間と少し違うように見えてしまう。人間は男が女にモテるように努力するように(いや、それ以上に)女が男の目を引く為に涙ぐましい努力をしている場合が多々ある。女を説得させる男が顧客(女)のニーズを満たしたのか?それとも顧客のニーズが高くなり過ぎ、それをクリアできるカリスマ店員(男)が奪い合いになるために逆に選ばれようと女性がしているか?

異性に気に入られるがために少々めかしこみ過ぎることがある。またそう長続きしないものだがモテモテの地位を手に入れるためには他人を踏み台に残忍な戦いを繰り広げることもある。美しさや選択の追及はいつもハッピーエンドとは限らない。多くのメスを強いオスが独占している世界が多い。オスのY染色体のなせるワザだろうか?強くなればなるほど、美しくなればなるほど、生物的に優位な者達は自分の遺伝子を残そうとするのかもしれない。上述のように人間の場合は努力しているのが男ばかりとは限らないが、男であっても女であっても勝ち組は幅広い選択範囲を与えられるということだろうか?しかし結果が大事である。遺伝子の説得目的はセックスの回数でも快楽の度合いでもない。この場合における結果というのは未来に繋がる子孫繁栄がカギである。

 

人間の場合はある女が自分のミトコンドリアを残そうとしても一生に産める数は限られている。一人っ子だらけの現在の日本では3人子供がいるだけでも軽い驚きを感じるが、昔は(特に庶民は)結構子沢山だった。私の祖母は16人ほど兄弟姉妹がいたそうだが、同じ母親から30人の子供が産まれたというのは聞いたことがない。養育費うんぬんの都合がつくとしても女性の出産には数の限界が見えている。ところが例えばある男性がその類稀なる性的魅力を必死に追求したら50人だって100人だって子供を産ませることができる。その中に何人Y染色体を残せるかは息子の数となるが、いかにしてY染色体を残すかという結果としてはこれ以上ない戦略かもしれない。そういった女の独占をする者は世の中で多くの人々に嫌われるだろうが、Y染色体の素直な勝利の歴史として人間という歴史に刻み込まれていく。これについては次回例をあげながら載せる予定である。

アダムの呪い1

アダムの呪い2

アダムの呪い3

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