【書評】アダムの呪い5

男性は性染色体の性、外性器の性、内性器の性、社会的な性(ジェンダー)、法律上の性、性自認、性的指向の7つによって成り立つと言われる。アダムの呪いでは間違いなく性染色体を規準に男性(Y染色体)、女性(ミトコンドリアDNA)を比較・検討している。今回は世界にある男の冒険の歴史に触れる。現在は強い女性が増えたのか、弱い男性が増えたのか男性よりも積極的・自立的・能動的な女性がいると言われる。海外進出においても女性の活躍が取り上げられることも珍しくはなくなってきた。しかし世界の歴史において、海を越えて世界にその遺伝子を残そうとしたのはほとんど男性であることが事実だろう。

第十四章 世界の男たち

分子遺伝学を研究した人間はY染色体もしくはミトコンドリアどちらかのDNAばかりに気を取られてふたつの違いについて注目しようとしなかった。Y染色体こそが偉大だと唱える遺伝学者はミトコンドリアDNAは人類の歴史を解き明かすためにはほんの少ししか役に立たないと思った。というのもミトコンドリアDNAは核染色体に含まれる途方もなく長いDNAの帯に比べれば遺伝子37個がぎゅうぎゅうに詰まった塩基16569個だけの小さな環だからである。『イヴの七人の娘たち』でブライアン・サイクス博士はミトコンドリアの研究によって母系図をたどってさかのぼった。今回は父系祖先をたどるためにY染色体ツリーを書き上げた。

サイクス博士はカヌーでの海を渡り、ハワイ、イースター島、ニュージーランドにまで定住を広げたポリネシアの人々を調査をしていた。ラトロンガ人の血液サンプルによるとポリネシアの女性史を解明してみると、彼女たちのほとんどが東南アジアを起源としており、南米からの移住説は消えた。ところがポリネシア人の男性史をたどると女性よりもバラエティ豊かなY染色体を持っていることが判明した。それは主に3つのクラスターに分けられた(その3つをA,B,Cと呼ぶ)。一番数の多かったAクラスターは島々に最初に入植したポリネシア人の末裔だった。Bクラスターは数は少ないもののAクラスターに非常に近かった。最初の入植者のまた別の染色体セットだと考えられた。CクラスターはA・Bとは近い関係にないことが解った。女と違って男だけが南米から来たのだろうか?アメリカの研究チームによる新しい遺伝マーカーシステムが開発されたときこれは明らかになった。Cクラスターはヨーロッパ男性のY染色体だったのである。

wikipedia クック諸島

サイクス博士にとってはこの事実に驚き、またクック諸島を例にあげて母親が娘をヨーロッパ人男性と結婚させようとしたと仮定した。普通、宣教師の布教による地元信仰改宗やヨーロッパからの伝染病による死亡からこのことを純粋な男女の混血だとして描写されることはないだろう。ただしこれをヨーロッパ人の到着を男女の出会い、精子と卵子の出会いと考えるようにする。ヨーロッパの卵子はそこに届かず精子だけがポリネシア女性と出会った。これが遺伝子としての戦いだとするとヨーロッパのY染色体はポリネシア固有のY染色体をもつ男から3分の1を奪って勝った。ヨーロッパ人の植民地化はY染色体の繁殖において大きな影響を及ぼしている。

ペルーでは自分達は純血のアメリカインディアンだと考えているパスコーとリマの住民に対して調査が行なわれた。結果は95%以上のミトコンドリアDNAがアメリカインディアンの末裔であるのにY染色体の半分がヨーロッパのものであると判明した。スペインが一番最初に入植した南米の地アンティオクイアではY染色体の94%がヨーロッパ、5%がアフリカ、たった1%がアメリカインディアンだった。奴隷貿易によって大西洋からもたらされたアフリカのY染色体の方が多い。ミトコンドリアDNAは90%がアメリカインディアンのもので、残りがヨーロッパとアフリカのものだった。つまりヨーロッパとアフリカの精子が大量のアメリカインディアン女性の卵子に受精し、アメリカインディアン精子は生き残りの上で敗者となったのである。アフリカ系アメリカ人やアフリカ系カリブ人における母系祖先がアフリカからのミトコンドリアDNAなのに対してY染色体はヨーロッパ父系がいる。こういった遺伝的名残は植民地の歴史を物語る。細胞内のY染色体には独占欲が刻み込まれているようである。

第十五章 ヴァイキングの血

ヴァイキングはスカンディナヴィア半島に住む人々で多くのキリスト教徒にとって怖ろしい海賊で、中世ヨーロッパの武装船団を指す。ヴァイキングにとって沿岸の修道院は格好の襲撃場所であった。海沿いは急襲しやすく教会には聖なる宝物がたっぷりあった。しかし彼らは元々ノルウェーの付近に住むごく普通の農民や漁民であった。しかし8世紀後半頃から海を渡り海外進出を始め、スコットランドの島々にやってきた。スコットランド北部に残るロングハウスから彼らが生活のために入植してきたことは確かであるが、どういう形のやってきたのだろうか?アイスランドへの定住は遺伝的な解明の必要がないほど有名な武勇伝であるが、ヴァイキングの男たちは自分たちの女を連れてきたのか?それともポリネシアへきたヨーロッパ人同様に男ばかりの集団だったのだろうか?ヴァイキングが故郷を捨て、異国へ移住し出した理由はいくつかの説がある。その中でも気候条件が良くなり人口増加によって土地が限られたことが取り上げられている。父親の農場を長男が相続すれば他の息子たちは行き場がない。土地を持つ男性は当然女を独占するだけの力があり、一夫多妻制が行き渡るという可能性もある。そうなれば多くの若者は女性を獲得するためにも住む場所を探さなければいけない。バイキング博物館

ポリネシア人とヨーロッパ人のミトコンドリアDNAとY染色体を区別するのに比べて、スカンジナビア人とピクト人のそれらを区別するのは難しかった。どちらも本質的にヨーロッパ人であり、共通の祖先は近いところにある。まずアイスランド人のミトコンドリアDNA配列を出し、スコットランド人とノルウェー人のミトコンドリアDNAを分析、そしてアイスランド人のものを同じプロセスでDNA配列の一致を確かめた。数年前、アイルランド人の中にぴったりと一致するものが出た。こうして集められた血液サンプルからヴァイキングである確率とゲール人(アイルランド人もしくはスコットランド人)である確率を出していった。この結果アイスランド人はヴァイキングというよりゲール人に近いことが判明、アイスランド人のミトコンドリアDNAの60%がゲール人であり、ノルウェーを発端とするだろう配列は40%であった。つまり父系祖先はヴァイキングであるが、母系祖先はスコットランドやアイルランドから過半数が受け継がれている。これはポリネシアのような女性入植者ゼロというのに比べれば多い。

wikipedia ヴァイキング

シェトランド諸島やオークニー諸島のY染色体調査結果からヴァイキングがピクト人を皆殺しにしてすっかり入れ替わったとは考えられなかった。現代人の中にヴァイキングの父系祖先と繋がっているのは島の3分の1程度の男たちだったからである。ミトコンドリアDNAは驚くことにY染色体と同じくらいの割合でスカンディナヴィア人を祖先とする人々がいた。つまりヴァイキングの艦隊(男性)がイギリス本土の沿岸を襲撃略奪していたころに、これらの諸島では家族単位の比較的平和な移住が行なわれていたのである。他の土地にあるような残忍なヴァイキングが島の男を殺し、その妻を奪ったというような評判は事実ではなかった。ウェスタンアイルズではヴァイキングを父系祖先に持つのは4分の1だけで母系祖先はもっと少なかった。つまり確かに渡ってきた女性がいたものの地元の妻を得る構図に近い。

遺伝的な調査だけではなんとも言えないが、ヴァイキングの時代をサイクス博士はこのように推測する。

「ヴァイキングの時代は、アダムの呪いをもっとも顕著に表している-できるだけたくさんの女性と交配しようとする男性の飽くなき願望と、その結果として生じるY染色体同士の激しいせめぎ合い。長男が故郷で富を蓄え、女たちを集める一方で、異性の気を引く手段を奪われた不運な弟たちは、まるで尾羽を奪われたクジャクのごとくうなだれ、遠く離れた海岸で交配相手をさがそうと海をわたっていった。土地を見つけたあとは、ノルウェーに戻って褒美を要求し、妻を連れて新しい植民地へ戻るものもいた。彼らの尾羽がふたたび生えてきたのだ。あるいは、わざわざノルウェーに戻ることなく、地元の女性と身を落ち着ける若者もいた。荒れ狂う海に面した、この野性味あふれる美しい島にいまなお暮らしている男女のなかに、Y染色体とミトコンドリアというかたちで、彼らの成功の記録が刻まれている。」

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