人間は肉無しで生きられるのか?ベジ肉もどき生活

ベジタリアンとなる動機は健康増進のため、肉食への不安(食肉の汚染や病気)から、動物愛護の精神から、宗教的理由まで様々である。今回は「なぜベジタリアン?」という理由・根拠・動機の一部を載せる。肉食をしないと不健康になってしまうとか怪しい宗教だとか非難する人も多い。特に市民権を得てない日本だといくら世界で当たり前になりつつあるベジタリアンも単なる少数派以上に偏見や差別の対象になるだろう。給食の問題とか子供がもったいないことせず食べることとか協調性を学ぶことを私は一切否定しない。なぜなら生きることは食べることであるし菜食=偏食と思うべきではないと思うからだ。ただし何故肉食を避けるべきだと考えるのか、ベジタリアニズムが本当にいけないことなのか?何故ベジタリアニズムをベジタリアンは薦めるのか?ベジタリアニズムの世界を覗いてみようとするノンベジ(非菜食主義者)も知りたいところだろう。

航空会社によっては機内食もこんなにベジタリアン対応だった。

Pesco Vegetarian(魚介類OK)や Pollo Vegetarian(家禽類OK)以外のベジタリアンには栄養学的に不足する栄養があると言われる。本当に菜食主義は栄養不足になるのか?野菜をたっぷり摂取することや、肉食をしないことで健康になるという説がある(ただし個人の体質や食文化の差異もあり必ずしもそうとは言えない)。肉を食べないと必須栄養素が欠けてしまうのか?!ここで一番気をつけたいのが上記のPesco VegetarianやPlloVegetarianは魚や肉を正確には摂取していることになるし私のようなLacto Ovo VegetarianはビタミンB12やビタミンDの不足問題はなさそうだ。Vegan等の厳格なベジタリアンも含めた多くのベジタリアンが菜食のメリットと肉食のデメリットからその食生活に満足している。ここでは動物愛護の気持ち(動物が可哀想とか肉は動物の死骸だという理由)を省いた形で肉も食品として考えた上で肉食・菜食について考えたい。日本人はグルメ?食に無頓着?とにかく好き嫌いは良くないとしても社会や先生や親から間違った知識を教えられているのかもしれない。その代表が「たんぱく質=肉」という考えだ。確かにベジタリアンの料理はノンベジタリアン料理に比べてたんぱく質は少なめかもしれない。たんぱく質は身体の構成要素としてもとても大切なので絶食なので不足するのは困る。しかし必要な摂取量はベジタリアン食で充分カバーしているようで、むしろ現代の肉中心の食生活では過剰摂取となっている。高たんぱく質と言えばなんだか栄養があって元気になりそうだが、植物性よりも動物性のたんぱく質が腎臓に負担をかけるとか、良質なたんぱく源として指示を得ている牛肉もとにかくステーキを食べれば効率良くたんぱく質になるのではなく加熱調理で壊れたアミノ酸では駄目なのである。とはいえ必須アミノ酸が全種得られる肉信仰は強い。しかし肉だけ食べる…のではなく食事は他の食品と合わせて食べるように植物も必須アミノ酸のコンビネーションで摂取するといい。

それには「畑の肉」と言われるだけある必須アミノ酸をすべて含んだ大豆はベジタリアンにとっての強い味方である。中でも世界中で人気なのは豆腐である。ベジタリアンになる前から大好きだったが、日本や中国だけでなく欧米でも豆腐はヘルシーフードとして支持されてる。ベジタリアンとしてでなくても豆腐ハンバーグ等を食したことがある人も多いのではないだろうか?残念ながら市販の豆腐ハンバーグだと鶏肉が入っていたりするが、それでも肉の塊を食べるよりはよっぽどいいという意味でヘルシーフードTOFUはこれからも世界進出をしていくだろう。知り合いの外国人の中には固めの豆腐をクリームチーズのように食べたりする人もいるがベジタリアンCOOKINGには欠かせないもののようだ。たまには菜食レストランもいいです、ただし長寿国の日本料理はヘルシーと言われている割にはベジタリアンには愛が少ないようでベジタリアン料理を意識的に置くお店や菜食レストランは少ないようだ。豆腐ハンバーグ等いろいろなウェブサイトで豆腐レシピが紹介されている。自分でお好みの具で作るのがいい。豆腐料理だけでなくベジタリアンが食べるのを楽しまない人ではないのだな…ということが数々のベジタリアンお料理サイトでよくわかる。

肉を食べなきゃたんぱく質が摂れない・・・子供は成長しない・・・というのは正しい知識とは言えなさそうである。確かに昔は西洋人に比べ体格が貧弱で栄養面を強化することで明治天皇が肉を食べ国民を肉類や乳製品の摂取に導いてきたが、肉食が定着し過剰摂取となった現代ではアメリカのように肥満問題を含めて糖尿病や高血圧などの害が出てきたのである。動物性たんぱく質を取りすぎるとその分解にカルシウムが必要となる。このカルシウムは骨から大量に取ったりするのでご年配の女性に多い骨粗しょう症や男の人も腎臓結石、尿管結石の危険がある。それでは次に乳製品禁止のベジタリアンはカルシウムをどこから摂取するのか?ということだが、言うまでもなく骨・筋肉・神経のためにもカルシウムは意識して不足しないようにするべきである。確かにカルシウムの吸収は容易でないとされるが、何も「カルシウム=牛乳」ではない。小松菜や昆布、アーモンド等にも含まれている。そして前述の過剰摂取のたんぱく質を分解するためにカルシウムを必要としない分、その必要量も少なくなるので必ずしも肉食する人ほどのカルシウムを摂らなくてもいいことになる。それからカルシウム吸収も単に食べればいいのではなく吸収率をあげるためにアルコールや食塩・砂糖を過剰に摂取しないで身体を動かすことが骨密度UPに必要なようだ。

左:正常な背骨の縦断面  右:スカスカになった骨粗鬆症の背骨の縦断面

『財団法人骨粗鬆症財団』より

純菜食主義者にとって現実的に不足するのは植物には存在しないと言われるB12だ。(大豆発酵食品やスピルリナ等藍藻類に含まれるのは不活性のビタミンB12)。 しかし日本人にとっては朗報、海苔で摂取できるようだ。ただし大量の海苔をほとんど毎日食べないと不足してしまうことやビタミンDの不足も考えて卵&乳製品OKなのか純菜食なのかでは栄養面で大きな差があるようだ。魚介類を食べなくなったベジタリアン(Pesco Vegetarian)以外が心配するのはDHA(ドコサヘキサエン酸)およびEPA(エイコペンタエン酸)等の栄養についてだろうか?頭が良くなるDHAで有名なように学習機能や網膜反射機能の向上、また血液サラサラという血中の脂肪を低下させた抗血栓作用などが言われているものです。子供の脳や目に効くのでベジタリアン家庭も幼児の発達のために子供の頃はお魚を食べるべきかもしれない。しかしまたこれには純菜食主義者の中には魚の毒性等を指摘する声がある。アメリカン・ベガニズムでは魚の害について述べている。何にしろVeganになるには自己(の食生活)管理ができないとしんどうだろう。

その他いろいろ栄養学的に見ればいろいろとあるが、いくつかのベジタリアンサイトによると人間(特に日本人)は肉食に適していないそうだ。動物も肉食と草食ではその歯の形から腸の長さにいたるまで身体に違いがあるが、人間もベジタリアンとノンベジタリアンでは身体に違いが出てくる可能性は高い。まず食べるという行為に絶対不可欠な歯や顎など骨の形についてだ。人間は雑食なので草食に適した臼歯があるのが理由の一つだが、ライオンのように他の動物をしとめて食いちぎる牙はない。肉をほとんど噛まずに飲み込む肉食動物と違って顎も上下左右に動くように発達している。牙と同様に人間は狩猟用の爪がなく、木の実や野菜の採集に適した手を持っている。それから消化に関してだが、胃酸の濃度も肉食動物と違うし特に日本人の腸は草食動物のように長いので有名である。つまり人間は肉しか食べない肉食獣ではないので必ずしも肉を食べたら駄目なのではなくあくまで雑食だが、それぞれの身体に適した食べ物があるということがわかる。自分の腸が何m肉食不向きかどうかわからないけれど、菜食にしてから毎日便通はとてもいい。便秘の人は繊維を摂らなきゃいけないから野菜を多めに摂るというけど便秘じゃなくても肉食べてばっかりの時よりも野菜>肉の関係の方が身体にいい。

ベジタリアンと言っても毎日フライドポテトとコーラだといけない。ただしベジタリアンの身体は健康な人間が多いのも事実、前回も触れたように各界の著名人もいるように筋力的にも精神的にも決して弱くない。というよりも私の考えではベジタリアンだから○○だ…ということはないような気がする。肉食べてても健康な人もいる。ベジタリアニズムの中にはベジタリアンに哲学者が多いことなどからベジタリアンは精神的に優れてるとか頭がいいと信じている人がいる。また身体が軽くなる、体臭が良くなるという意見もある。審議のほどは置いておいて死に至るような生活習慣病にはなりにくいようである(絶対ならないとかいうことではなくて)。日本ベジタリアン協会のウェブサイトには『21年間をかけてロマリンダ大学で行なわれた 25,000 人の調査によれば、ベジタリアンは普通食の人に比べて、肺ガン、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病の死亡率が半分以下という結果が。そのほかにも、高血圧や骨粗鬆症などの予防作用のあることが種々の研究で明らかにされている。これは、ビタミンAやC、カルシウム、カリウム、植物繊維などを菜食によって豊富に摂取しているためだと考えられている。』とある。とはいえ、こんだけ健康面から見たベジタリアニズムも実生活で健康食品ばかりで完全オーガニックな生活(例えばマクロビオテック)のようなことをするのはよっぽど時間もお金も志も堅い意志もなければしんどい。しんどい→ストレスとなるなら病気になっても寿命が縮んでも焼肉で幸せに生きていた方がいいような気がする。沖縄の人が長寿なのは何もラフテーとか豚肉食べてるからとかだけが理由とは思えない(ベジタリアンより長生きな引き合いにノンベジタリアン代表として登場させられる沖縄人)。しかし、私はベジタリアンだからと言って料理好きでもないし、めんどくさがりなのでそんな私の強い味方についても紹介する。ベジタリアンになったからといってラーメンとお別れもしていないし、肉もどきにはお世話になっているのである。

ご飯さえ用意できればカレーなんかも缶詰でチキン(もどき)カレーやマトン(もどき)カレーを食べている。インディアンスタンダード MOCK(見せ掛けの、模擬の)お肉は決して肉の味が嫌いじゃなくてむしろ好きな人にはありがたい。厳格に健康のために菜食をしていて、野菜も有機栽培に限っているような人には受け入れがたいものかもしれないが、普通の生活をしている上だとこういった便利な商品は役に立つ。ベジタリアンは皆いきなりお腹がすいても生野菜をボリボリかじっているわけではない。ベジタリアンを語るなら肉もどきなんかに頼るなと言わないで欲しい。徐々に食生活を変えていくことで入門編でつまずかないためにも、料理に自信がなくても大丈夫なのだ。大人になってから大好きなお肉にバイバイした人にもいいと思う。これは本物の肉ではないのだから…別に罪悪感を感じながら食べる必要もない。

健康とベジタリアンについてを見てきたが、ベジタリアンが健康だからという理由で実施している人ばかりではない。次に動物愛護の理由でベジタリアンをしている主にVeganに多いと言われる人々について触れよう。この観点でのベジタリアニズムは食生活のみならず動物が虐待されると思われるもの全てを拒否する考え方である。動物実験も動物製品もいけないことだというので毛皮愛好者等の敵とも言える存在だ。これには世界最大規模のPeople for the Ethical Treatment of Animals、通称PETAという団体のメンバーも多い。毛皮を着ている有名人に暴行を加えたり、ケンタッキーフライドチキンに対して裸で抗議したり過激な存在としても有名だが、動物愛護の理由からベジタリアニズムをするのであればPETAの考えはごもっともである。簡単にいうと牛さんにも権利があるし鶏さんを人間が食べるために育てるのはおかしいし、豚が殺されるシーンを見て自分の子供がこんな風に殺されたらどうなんだ?という感じである(豚には3歳児程度の学習能力があるという説から)。菜食のススメというウェブサイトではこの観点からのベジタリアンの意見が日本語でたくさん載っている。このサイトにあったベジタリアンになる30の理由の映像は確かにそういう人々の生の声を聞いたことがなかったので驚いた。つい最近まで肉を食べていたし自分のことを棚にあげてあの化粧品はダメとか真珠もダメとかそこまで私は言えないので、この理由でベジタリアニズムを実施している人々の主張は詳しくない。しかし屠殺現場を見たことで肉が食べれなくなった人の話はよく聞く。家庭でスーパーでパックされた肉を買って食べるのが普通だと動物が殺されるのがどんなものなのか知らない子供は多い。同じく菜食のススメで見た様々な屠殺現場を子供は見るべきなのか?ショックは大きいかもしれないが大人も子供も知らないで食べるよりは知った上でもまだ食べれるなら感謝して食べる必要があるかもしれない。イスラム教徒は指定の殺し方+お祈りで殺したものなら食べることができる(豚は駄目)。動物の権利を主張しているベジタリアンから見れば祈ろうが感謝しようが殺して食べてしまう結果を見るといけないんだろうけど、祈りの制限もなしにがつがつと何の気負いもなく食べるよりもいいような気もする。日本でベジタリアンが認められてないのはこの「制限」が少ないからかもしれない。多くのベジタリアンは宗教的理由でベジタリアニズムをしている。日本では「宗教」と聞くと危険なものを想像してしまうし神様に対してとか先人の教えから食事に制限を持つことをしていない。こうなるとアメリカに倣って肉食が多くなっているのは納得なのだが、狂牛病かもしれないアメリカ牛肉を日本人が買って食べてる間に本国アメリカでは知識層や富裕層はベジタリアンが急増中だとアメリカン・ベガニズムにも載っていた。この牛肉にまつわる日本人とアメリカ人の関係はよく話題になる。

それでは動物愛護などの精神的なものを含めたベジタリアニズムと宗教についてポイントを抑えておきたい。ベジタリアン=動物が可哀想だから食べないというわけではないし、宗教的ベジタリアン=殺生の回避ではない。そしてベジタリアンの中には自身の属する宗教によって菜食主義を実施している人が多い。ベジタリアニズムはそれら目に見えないスピリチュアルなものと深い関わりがある。これにはもちろん解釈の違いや地域差、宗派等によってベジタリアニズムをしている人もしていない人もいるので詳しい信条はわからない。宗教というのはだいたい生まれた家庭に左右されるだろうから親がベジタリアンだから昔からベジタリアンだという人も多い。宗教だけは絶対関わりたくないという人も国際的に活躍していく上でこれから会うかもしれないベジタリアンの種類についていろいろあるのだな…という程度で知っておいた方がいい。

ヒンドゥー教

*乳製品OK。

*宗派や階層、また地域や家庭によって純菜食から肉食OKだと考える人までいる。

*牛は神聖、豚は不浄だと考えている。

ジャイナ教

*卵そして採取により命を絶ってしまう植物(大根・芋・葱・にんじん等)も食べない。

*乳製品はOK。

*僧侶は微生物の殺生も避けるために水を取ることさえ拒否して入滅してしまう場合もある。

道教 *全真教は出家で道士(僧侶)たちは道観内で菜食主義の共同生活。
仏教

*南伝パーリ経典では肉食はOK、ただし肉が僧のために殺されたものとなると食べてはならないと解釈される。在家は肉に関わる職業に就くのは禁止。しかし釈迦のために在家が肉を用意したり病気の治療に肉をあげている。

*北伝の大乗仏教の経典では釈迦の肉食やそれによる不殺生戒を破ったという記述はないが、慈愛の心を育む必要から肉食を避ける。大乗仏教の菜食は肉食だけでなく球根野菜の使用も避ける。

*中国仏教はより厳格な菜食主義を主張。

*日本仏教では厳格な菜食主義を放棄、そして学術文献から釈迦の肉食も事実する。ただし受動的な肉食と能動的な肉食は異なるとして托鉢以外の場合は菜食を奨励している場合もある。

*チベット仏教では菜食不要。

ラスタファリアニズム

*Ital Food(アイタルフード)という自然食

*旧約聖書で禁じられた豚肉・甲殻類・貝類は食べない。

*自然から採れるものを摂取

*禁酒

*鶏・山羊肉ならOKだと考える人もいる。

ニューエイジ等

*ニューエイジ的な考えからベジタリアニズムとなる人もいる。

*PETAなどの動物の権利を認める主張も活動家・思想家として宗教枠に入るかもしれない。

*哲学者のように倫理学的な理由からベジタリアニズム(功利主義の立場から脊椎動物のみを食べない等)

セブンスデー・アドベンチスト教会

*卵と乳製品OK。

*豚肉、鱗を持たない魚介類等の旧訳聖書レビ記第11章で不浄とされる動物は食べない。

*鶏肉と鱗有りの魚は食べてもいいという信者もいる。

*三育フーズや三育…系の学校などを経営しているようです。

*ベジタリアンに対応した病院(特に妊婦等に対してベジタリアンを禁止する医師がいるが)神戸アドベンチスト病院などもある。

モルモン教

*珈琲・紅茶等の刺激物の禁止、禁酒

*肉食は禁止されていないが、過度の肉食は控えた方がいいとなっているために一般的にベジタリアンだと思われていることが多い。

ゾロアスター教 *原則全てOK、しかしペルシャからインドへ避難した際に牛・豚を食べなくなった人がいる。
イスラム教

*言わずと知れた豚肉は食べない考え。

*ハラル(認められた)とハラム(認められてない)食事がある。

*イスラム方式で殺されていない牛も鶏も食べないので、日本で市販されている精肉は食べない。

*厳密にはゼラチン等も食べられない。

*禁酒

*魚介類、乳製品、卵はOK。

神道

*明治天皇が肉を食べたり、昭憲皇后が牛乳を飲むことを神道の宗教家は反対。

*宗教的に禁止をしていたわけではないようだが、基本的に四足は食べないものだというのが当たり前になっていた時代があったようである。

儒教

*「医食同源」「薬食一如」という食法。

*死別(上司・肉親・近親者等)で喪に服す際の食事は「疏食」(菜食)が、死者に対する礼儀。 

等々…他にも菜食に関わるいろんな宗教があると思われる。

上記から分かるようにベジタリアンは宗教であって宗教でない。宗教=ベジタリアンではない。ベジタリアンであることにある種の思想を持って何かのためにしていることで活動を展開している人もいるので宗教でないという風に否定もできないが、その宗教でも菜食を守る義務がなかったり根拠が曖昧だったりする。簡単に上にまとめてみたが、私はどの宗教にも当てはまらない、つまりは信者でないのでよくわからない。それでもとにかく聖人の中には肉食又は肉食の一部(豚は駄目とか)を禁止していることが多い。何故食生活に規制をかけるのだろうか。なんでもかんでも好きなように好きなだけ食べてもいいよ…というわけに何故ならないのか。神様的にも先人の教え的にも人間に食の自由を与えてしまうことは危険なことだからではないかと思えないだろうか。

道教か仏教(観音信仰)の斎(菜食)マークのお店で食べたベジタリアン料理お肉のようでお肉でないもどき食材たっぷりのおかずに斎福建麺を食べた。おいしかった。

菜食主義者のほとんどが菜食のメリットからベジタリアンとなっただけでなく肉食の持つデメリットを指摘している。中には肉食を責めるベジタリアンもいる「なんで動物の死骸が食べれるの?」とか。しかし私はベジ歴も浅く基本的に肉も食品として成立するとは思っているので責める気も蔑む気も全くない。というよりも「肉はうまかったなぁ」なんて考えるベジタリアン初心者はたくさんいるのだから。反ベジタリアニズムというものも存在する。反ベジタリアニズムの意見には「肉だけと言わずに、もう食べませんという宣言をしたらいい」なんて言ってる人もいるが、極論というかなんというか…どうぞ肉だけ食べて生活して下さいである。私自身が純菜食主義者でないからかもしれないが、反ベジだろうが親ベジだろうが人それぞれかと思う。セミベジタリアンなる人とかたまにベジタリアンな人とかもかまわない。菜食主義と言っても実に様々である。動機も様々種類も様々なのでベジタリアンを一束にして批判はできない。肉しかないとか、肉を食べないといけない状態や時代にまで菜食してないのはおかしいというベジタリアンも同様だ。ただし肉食の過度が問題となっていることは指摘されるところであり、日本人にベジタリアニズムの知識がないこともよく言われている。ベジタリアンな奴が仲間にいると気を使ってベジタリアン料理の店を探さなくてはいけないとか、食事を一緒に楽しめないからうっとおしいと感じる人もいるだろう。それは一理ある…ベジタリアンに愛がないお店がほとんどだから私はベジタリアン、他の人らは好きなだけお肉食べて…というわけにはいかないからである。乳製品や卵も駄目なストリクトベジタリアンだとそれは大変だろうと想像できる。まぁ嫌な思いまでして一緒に無理して食事しなくても「一緒に食べることが大事」なのか「菜食を探すのが面倒」なのかは自分で選択すればいいと思う。ベジタリアンからすれば日本人にもうちょっとベジタリアンに愛があれば…と思うところなだけだ。私がノン・ベジのままだとしてもレストランやスーパーにベジタリアン用の食材があっても別に嫌ではない。肉が食べたければ肉を買うと思う。ただし過剰な肉食のデメリットがベジタリアニズムの構成要素の一部であることは正しい。動物性脂肪摂取による肥満や内臓への負担による生活習慣病等の健康面でのデメリットだけではない。動物(愛護)好きだろうが嫌いだろうが、好きなものを食べて個人が病気になろうが知ったことではないという人も多いだろう。ただし皆でシェアしなければならない環境が侵されるとなれば話は違う。次回はエコロジーな観点から地球に住む人間にとって何故肉食が危険であるということを含めてベジタリアニズムを解いていく。ベジは地球を救う?!

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cyberuls.com/blog/mt-tb.cgi/462

トラックバック

» アダムの呪い8 from 連山改
第二十章 罪なき者の虐殺 インドでは娘の結婚の時に多額の持参金を用意しなければならないことや後継ぎへの期待のために女の子よりも男の子を産みたい夫婦が多い。... 続きを読む

コメントする