BAKA層の選挙戦略

原亨氏は地球寒冷化"An Abrupt Climate Change Scenario and Its Implication for United States National Security"のペンタゴンリポート要約を読者に見せてくれたが、所謂PENTAGON REPORTの米国国防のための報告はブッシュ大統領に当初は無視されていた(そのために秘密報告がリークされたのだろう)。ところが、あの京都議定書からの離脱で地球環境に背を向けてきたブッシュ大統領が、イラク戦争での敗退が決定的となり石油エネルギーが手に入らなくなったので2007年1月18日、1月23日に行う一般教書演説で急遽「環境派」に転じる方針を打ち出した。温暖化の原因は人間の活動かどうかは不明としたブッシュ政権の心境変化はどのようなものだったのだろうか?単純に言えば「なくなるなら他から奪えばいいじゃん」と思っていたのが「無理」と判明したのでできればしたくなかったけれど、来る気候変動とエネルギー枯渇、食糧飢餓に備えざる得なくなってしまったのだ。米国が取るべき対策として「気候変動に最も弱い国を予想する。その国は暴力的になるかもしれない。」なんてあったが、最も暴力的に奪う側になろうとしたのはその実アメリカ合衆国であった。私も以前ベジは地球を救う?!で食糧危機の場合には肉食より菜食にすれば世界の食糧問題が解決すると書いたが、肉が高価になって食べられなくなったら皆がベジタリアンになって解決というように単純にはいかない。平等に食糧を分け合って仲良く平和にピースフード=菜食ベースの食事とは残念ながらならないのが現実社会なのだ。子供の頃、焼肉の席である男の子がジョークで「みんな、肉を奪い合う醜い戦いはやめようぜ」と言って笑いをとっていたが、エネルギー同様に「少ないなら奪おう」と肉を奪い合う戦争が現実に起こったり貧乏人から食糧を巻き上げたりするのが本当に国家レベルで行われる可能性がある。石油輸入量が70%減った場合、次のようなシミュレーションがなされている。

10日後 変化なし

2O日後 政府の規制によりGNP少し低下:96

30日後 更に低下 GNP:80~90台

40日後 更に低下

50日後 更に低下 GNP:88

60日後 備蓄石油O GNP:40~60台

70日後 GNP:78



100日後 死者 数千人

150日後 死者 30万人 GNP:34

200日後 死者 300万人 国民の財産の7割が消失 GNP:23

[堺屋 太一:油断!]

それではブッシュ政権が環境派となればアメリカ中心にエコロジー旋風が起こり世の中良くなりそうならいいじゃないかとは思えない。バイオエタノールを代替エネルギーとして推進しようとするアメリカ合衆国はまだ「奪う」立場から離れていないからだ。金持ちが肉を食べ続け、貧乏人は穀物・野菜などを食べていればいいのなら完全勝ち組と負け組なのだが、金持ちが自分達の肉を育てるための家畜の餌やバイオエタノールの原料のために貧乏人の食糧を奪うことが起きる。貧困、飢餓でパタパタと人が倒れてもとうもろこしやサトウキビや芋を大量に消費して牛ステーキを喰らい、燃費の悪いアメ車を走らす輩が出てくるのだ。少ないものは価値が上がる、価値があがれば取り合いになる。こうなると腕力や悪知恵や金や力のあるものが奪う側として出てくる。もう一度書くが、「気候変動に最も弱い国を予想する。その国は暴力的になるかもしれない。」さて、誰が暴力的になるだろうか?まず奪う側は奪うためなら何かといちゃもんをつけたがる。つまり暴力的な奴らは自作自演を行うのだ。ちなみに不可解な事件でもすぐに事実だと疑いなく飛びついてしまう、世界中で一番騙されやすいのは日本人である。例えばプーチンのモスクワ劇場占拠事件である。

Litvinenko believes these two men ? Abdul the Bloody and Abu Bakar - were working for the FSB and persuaded other Chechens to join them without revealing their connection to the FSB. Litvinenko thinks the Russian Secret Service organised the whole theatre siege and that all the others involved in staging it were killed to conceal the FSB's involvement.

リトビネンコは、は血まみれのアブドゥルとアブバカルのこれらの2人の男性はFSBのために働いていたし、FSBへのつながりを見せずに彼らに加わるように他のチェチェン人を説得したと信じている。 リトビネンコは、ロシアの財務省秘密検察部〔秘密情報部〕が全ての劇場包囲攻撃を準備して、それを行なうことに関係した全ての他のものはFSBの関与を隠すために殺されたと思います。

Photograph of Vladimir Putin
Photograph of Vladimir Putin [President of Russia | For Media]

選挙と言えば不都合な真実も票集めのプロパガンダ映画である。アル・ゴアが主張している環境対策はバイオエタノールである。最近フルカラーの本は売れているそうだが、これは構造的に間違っている。本当にゴアの言っていることを実現するなら初期エネルギー(銭)がかかる。既にエネルギーも金もないアメリカにあんなことしたらアメリカ自体がバラバラの粉々に崩れ去ってしまう。つまり環境対策費としてお金は集めるだろうが本気で実現可能な対策を打ち出し、やる気があるわけではないのだ。まだアメリカにそのエネルギーやお金があるのならば必死に暴力的に奪う必要もなく売買で平和的に解決できるはずである。植物から燃料を得てガソリンに混ぜて使うためにもやっぱりガソリン不足を解決しなければいけないから奪おうとする。

アルゴア

不都合な真実を見て「ゴアは環境問題に尽力して素晴らしい」と思う日本人は冷静な目をもっていない。バイオエネルギー食糧難を急加速のように考える人がとても少ない。日本語で検索してみるといいが、日本人のほとんどがバイオエタノールのマイナス面を探らずにとにかくヨイショヨイショと乗せられている。食料自給率の問題をおいてどんだけの面積の農地が必要なのか疑問に思わないのだ。これはマスコミの体質が真実の追究よりも短期的な利益の追求を行うからである。納豆がダイエットに聞く!というのが嘘でも本当でも視聴率が取れればそれでいいのだ。テレビも新聞も本も賢い人に受けるように出すよりも誰でも判る程度の内容を出した方が売れるのである。それが小泉元首相もやった戦略である(とにかく純ちゃんの見た目で支持したおばちゃん達がいたではないか)。中年女性だけではない、若者も男も下の図にあるB層がだんだんと分厚くなっているのが日本だ。B層(BAKA層)を狙った選挙が日本のリーダーを選ぶのに必須なのである。

つまり構造改革についてよく判らなかったりよく調べないけれど改革には賛成というB層を味方につける戦略。これは環境問題も同じで環境対策の細かいことは判らないけれど(それが害になるかも調べないけれど)、とにかく地球環境に真剣です・・・という姿勢をマスコミを使ってうまく宣伝すればB層を取り込むことができる。これはゴアの票集めにすっかりそのまま当てはまる。このB層はバカ層だと思われている。お年寄りや奥様達をバカと呼ぶのは失礼かもしれないが、残念ながらBAKA層を狙った選挙戦略にすっかりはまり込んでいる日本で彼ら彼女らは大部分を占める有権者である。最近当選したそのまんま東がその例だろう。知名度だけで選挙で成功するとなるとBAKAが名前を知っているかどうかだけが戦略になる。「この人知らない、この人知ってる。知ってるから投票した...」っていうのが今の日本の有権者そのまんまだ。

人間が自然に合わせるのと地球環境を人間に合わせるのとどちらが有効か?というのは話すまでもないことだと思いたいが、「気候をコントロールする方法の開発」を唱えているのがゴアのしたい(しようと言ってお金を集めようとするだけだが)不都合な真実である。そんなスーパーテクノロジーがあるなら気候変動について人類は悩んでいない。根性でなんとかなるものと何とかならないものがある。貧乏人なんて死んでしまってもいいという人も貧乏人から奪ったトウモロコシで動く飛行機や戦車とオイルや水素燃料で動くもののどちらがパワー大なのかと考えて欲しい。オイルを止めてバイオエタノールにするのは小作人から搾取するような可愛らしいものではない。

『ヘイズ 来襲』より

各地で焼畑が行われせっせと人を殺して食糧を燃料にする方法である。二酸化炭素の排出という面でよろしくてもこれが本当に人や地球に優しい方法だと言えるのか?焼畑農業による大量の煙がシンガポールなどの都市を包み、住民の健康被害をもたらしたり視界不良による交通障害を起こしたりする深刻な煙害がある。この煙害はシンガポールでヘイズと呼ばれているのだが、外を見ると一面真っ白で目に見えて身体に悪そうな煙である。初めて見たときは何事が起こったのかと思った。

出典:朝日新聞

日本人はベジタリアニズムを馬鹿にしているが、異常気象で不作となったときに備え無しに弱い者から奪う側としてやっていけるのだろうか?ベジは地球を救う?! 日本人は喜捨の精神こそないもののお人好しでアフリカの子供を救おうとかアジアの子供達に未来をとかでたくさん寄付している。どこに消えているか判らない寄付や利己主義なボランティアをしながら熱帯雨林を燃やして牛を育てて農作物をその牛に食わせていく矛盾を続けるのだろうか?暴力でもって食べ物を奪い、エネルギーを奪う時代に奪う側にも奪われる側にもならないようにすることが本当の対策である。弱肉強食、弱者は死んで当然の動物の世界ならそれでいいと思えばそれまでだが、日本は・・・そして貴方はそんなに力があるだろうか?肉を争う戦争に賛成&参戦したくない人は備えあれば憂いなし...と菜食ベースの食生活に転じてみたらどうだろう。主婦もベジタリアンレシピのレパートリーを増やしてみるべきだし、ビジネスマン&ウーマン健康食としてはじめてみるのは悪くない。肉の代わりに肉もどきを食べてみよう。子供もどんな肉でも当たり前だと思わずに世界を見て欲しい(狂牛病の肉を平気で食べてはいけないこと、世界には四つ足動物を食べない人もいることなど...英語教育を小学生からしてる割りには知らないことが多すぎる日本人)。純粋で天真爛漫に生きることも大切だけれどBAKA層として利用されないようにすることは大切ではないか?選挙でもバカダンサーとして踊らされているのに弱肉強食のリングに立った時に奪う側として勝てるだろうか?気候変動も災害もそうだが、突然来る肉戦争でワル知恵や金や暴力で奪う側に立てない、または立ちたくないと思う者こそ肉崇拝をやめた方がいい。ベジタリアニズム実践者の特にアメリカ人はお金持ちが多いそうだが、むしろ貧乏人が備えるべき対策法かもしれない。

豪華でおいしかった店員オススメの新ランチメニュー。

お好み焼きとニラ饅頭を合わせた味のベジカバブ。

パニールをふんだんに使用したビリヤーニ。インディアンスタンダード

アラブの国々で食べたベジ・コンボの写真(上3点)。おまけ、アラブの男のダンス(下)、世界最強インド人もポカーンと見入ってしまう不思議なエンターテイメント。ベジ・コンボを食べる手も止まってしまった。剣を高く投げたり、銃をくるくるとバトンのように回したりする。バラバラなのにカンドゥーラ(白い服の民族?イスラム?衣装)で統一性を保ってるようなやっぱりバラバラなような。

白服の踊り(Cyber Festa07)

追記:写真集

ガルフカップ(サッカー)、エアショー、Environment2007(展示会)など

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コメント

いつも楽しく読ませて頂いております。

西田さんは選挙(をはじめとする選択)において、民衆が見識ある選択をできないことを問題視されていると思います。これは私も同意です。
しかし宮崎県知事の選挙においては、私はそうは思えません。
他の候補者が東国原氏より遥かに優れたビジョンを示していたとは思えません。

私が思うに、これは選挙という制度そのものの欠陥と考えます。
そもそも選挙とは、「有権者が政治情勢や政策を長い目で見て、的確な選択を行うことができる」という前提に基づいているのではないでしょうか?

さらにもう1つ問題があります。
衆院選で、ある小選挙区で、AとBの候補が議席1を争う場合を仮定します。
「年金ではA候補の言う通りだけど、教育ではB候補を支持したい」という人は、どちらに投票したらいいのでしょうか?

「民衆に見識を求める」という前提にも関わらず、見識があったとしても、それを反映できるシステムがない。
これでは「民衆が見識を持つことに消極的になる=BAKA層が増える」ことを、世は批判できないように思えます。

そう考えると、私はBAKA層を批判する気になれなくなってしまうのです。
未来のために、正しい選択のために見識を蓄えても、それを反映させるだけの制度が整ってないのですから。それこそ「無駄な努力」になってしまいます。
それを分かった上で、「無駄な努力をするくらいなら」と、見識を蓄えることを放棄して、今の他人の幸せを考えている彼らを責める気にはなれません。

この点、ぜひともご意見を伺いたいと思います。

>正しい選択のために見識を蓄えても、
>それを反映させるだけの制度が整ってない

  この指摘に大きく肯いてしまいました。

  地方にしろ中央にしろ、実質的に政策を立案・運営(事後検証は無し!)しているのは試験に受かった官僚です。だから、知事や議員が颯爽と登場しても、結局は彼らの御注進がなければ日々の行政が動かないようになってしまっているのです。

  私も以前はそれに憤っていたのですが、ある意味仕方がないのかもしれません。

  その地方や国には、行政を運営してきた歴史やノウハウがあるわけですよね。それらを無視した政治を実行するのは、表計算ソフト無しに大学ノートで会計帳簿を付けるようなもので、明らかにコストがかかります。そういうフォーマットの動き方を押さえた上で、空中分解しないように行政改革を行おうとしたら、4年の任期ではとても足りなくなってしまうのではないでしょうか。
  王侯貴族が政治を運営していた時代は、確かに横暴がまかり通ることもありましたが、いい点もあったのです。それは、その政治共同体と自分の運命が同一であるために、必死に成らざるをえない点です。
  翻って今の議員や首長を見ると、選挙に受かることで精一杯であり、本当に未来のために行政にメスを入れることができない気がします。ある意味かわいそうです。
  ある意味政治家に「現代の王侯貴族」となってもらうべく任期を10年や15年にすればいいのかもしれません。しかし、民主主義だの国民主権だのといった手垢にまみれたスローガンに頭の中を染められているマスコミや、納豆を食べれば痩せられると簡単に信じるような層の国民が、その趣旨を理解できるとは到底思えません。
  そうなると、根本治療は期待できないということになります。歳出カットや行政執行者の首のすげ替えなど、対症療法で行くしかないと思います。

私もやはり根本はB層に見識を求めるという前提自身が、ポピュリズムや官僚主義を呼ぶという、ジレンマに繋がっていると思っています。これを根本的に解決するにはろろさんのおっしゃるように「現代の王侯貴族」を復活させることではないかと思っているのですが、これは実際には非常に難しい。当面は対症療法でいくしかないというのも同感です。

そして長期的には国民教育を少しずつ改善していくしかないですね。
その際に、私が考える具体案に基も近いものは、「晴耕雨読」というブログで紹介でされている「開かれた地域共同体」というものです。

http://sun.ap.teacup.com/applet/souun/msgcate17/archive

このアイデアの導入で、食糧自給・分散型エネルギー導入・経済・教育・地元政治の問題がかなりすっきりしてくると思います。この段階で地域のリーダーは共同体の運命と同体になります。「鶏口となるも牛後となるなかれ」で、地域のリーダーとなる人を育てることができます。

そして私はこの「開かれた地域共同体システム」に、国際競争や創発に必要な先端技術や知見を担うための「専門職育成システム」を加えれば理想だと思います。高度な専門職育成のためには、以下のような議論に出てくる日本的職人哲学と新「徒弟制度」を導入します。↓

http://news.goo.ne.jp/article/nbonline/business/nbonline-116261-01.html?C=S

上記二つの概念が、日本人の倫理感を現代社会に蘇らせる鍵になると思っています。

>バイオエネルギー食糧難を急加速のように考える人がとても少ない。

イギリスにジェームズ・ラブロックという研究者がいます。彼は世界ではじめてフロンなどの有機ハロゲン化合物が地球全体に拡散していることを突き止めた人であり、「生物圏が地球気候と大気組成を生物が生きていく上で最適な状態に調整・維持している」という「ガイア仮説」を提唱した研究者として非常に有名です。

彼は、2006年1月に英インディペンデント誌に「温暖化はすでに引き返せる地点を越えてしまった。今世紀が終わるまでに10億人以上が死ぬだろう」との衝撃的な記事を発表し、2月には温暖化悲観論「ガイアの復讐」を発刊しました。
http://news.independent.co.uk/environment/article338878.ece
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/forum/549.html(日本語訳)

そのなかで彼は「私たちの食事のレベルを第二次世界大戦当時に落とせば、国民を養うだけの食料は生産できるでしょうが、バイオ燃料用だとか、風力発電用の土地が余分にあると考えるのは滑稽です」とはっきりとバイオエネルギーや安易な自然エネルギーの推進に異を唱えています。

一流の研究者であるラブロックは、温暖化の「危機の本質」がどこにあるかすでに見抜いているわけです。

また、彼は日経エコロジーの2006年12月号の特別インタビュー『「孫たちは厳しい気候に生きる」自然エネルギー推進には懐疑的』においても、ガイアに悪影響を与えるバイオマスの利用は、現在の農業生産か出る廃棄物を使う以外に、燃料用の農地を増やすべきではない、と述べています。

で、続く彼の主張としては、(当面有力な代替エネルギーが出てくるまでは)原子力エネルギーの利用こそが唯一の現実的な対策であると述べています。また、京都議定書の政治的欺瞞について批判しています(要するにゴアの例のように温暖化にまつわるプロパガンダを批判しているのです)。

彼が原子力の推進を示唆するのは科学者として、温暖化の危機とのリスクバランスを考えれば、それしかないと判断しているのであって、原発のリスクを無視しているわけでありません。水素エネルギーの実用化が目の前にあるならば、彼のようなインパクトのある研究者を味方につけておくことがきわめて重要であると思います。もしまだコンタクトしていないようであれば、ぜひとも「連山」の活動に賛同が得られるよう、働きかけるべきでしょう。

政治において大切なのはビジョンではなく統治のための実務能力だと考えています。どんなに大きなビジョンを描いてもそれが実現可能でなければ逆に有害となります。夢ばかりを見せて現実がより悪くなると、選挙に行く度に裏切られた人々は政治離れするでしょう。R.Hayaさんがおっしゃる通り選挙制度の欠陥だと思うならばその欠陥をなおせる良い人間を選ばなければなりません。しかし良い人間が選ばれるのならこの制度は変える必要ありません。つまり、良い人間が選ばれるようなことを考え議論した方がいいでしょう。それでは良い政治家とはどのような人物でしょうか?そのまんま東さんの例から言えば、彼のできること、持っているものは政治において有効でしょうか?お笑い芸人のネットワーク、連続犯罪の経験は宮崎県知事の役職に有利でしょうか?知事は一人で仕事はできません。いくら一般人に名前と顔を覚えられていても、それはイコール政治的に宮崎県を有利に動かすコネクションと同じにはなりません。理想が高ければ高いほど実現は困難になります。他の候補者に優れたビジョンで勝利したのであればなおさらそのビジョンが問題です。政治を会社に例えてみます。R.HayaさんはIT関連会社で20年以上勤務しているベテラン課長です。ところが先日株主総会で社長の交代が決まりました。新しい社長は元大工のBさんです。BさんはR.Hayaさんの本社のある地方で生まれ、方言も喋れます。ただしIT取引のコネクションはなくウェブデザイナーにもプログラマーにもSEにも友達がいません。貧乏ではありませんが、個人資産も決して多くありません。大工時代に重大な顧客とのトラブルも何度も起こしていたそうです。いかがでしょうか?賢明な社員は転職し、転職の難しい社員はBさんの下で働く意欲がわきません。R.HayaさんはBさんに物凄い売上げ目標を命令されます。確かにそれだけ売れれば素晴らしく会社は儲かり、R.Hayaさんの給料も地位も上がります。ちなみに知事は県警の上となるところ(警察は地方公務員)です。逮捕歴のある人間にいい感情は持ちませんし、些細なトラブルも自己解決できない人間に他人の生活の管理ができるでしょうか?自分のケツもぬぐえない力のない人間が、力がなければできない立場でうまくやっていけるでしょうか?人は力のある人間の言うことを聞きます。それでは力とはなんでしょう?1つは強制力、2つ目は資金力、3つ目は知恵です。どれか一つが突出していても良いでしょうし(ただしこの場合圧倒的な数値が必要)、3つがバランス良くあっても良いでしょう。問題はその総量です。何かが欠けていたとしても同じです。学歴がなくても強制力と資金力があれば知識人を使えます。強制力と知恵があればお金は集まります。知恵と資金力があれば、強制力は身につきます。一般市民は弱い人間には従いません。いえ、従えません。リーダーというのは全体の士気を上げる力が必要です。それが統率力です。ビジョンが低くてもそちらの道に精通している方が良い、というのが他の候補者に言えることでしょう。先ほどの会社の例でいきますと、他の中小企業からきたIT関連の人材に詳しい現実に可能な売上げ目標を設定する社長の方がまだいいのではないでしょうか?

更に政策を見ることが見識あることだと私は思っていません。人の身体が良いか悪いかを見るときに全体を見ずして判断ができるでしょうか?年金は右目、教育は左足だと考えてみましょう。左足がとっても長くて筋骨隆々でも右足や手、胴体などが調和していないと健康とは言えません。例え中肉中背や身体が小さくても、バランス良く整っている方が機能的な身体でしょう。先ほどの力の話ですが、目先のビジョンより、到達点を見ることが見識ではないでしょうか?迷い道でAを選ぼうかBを選ぼうかということよりもどこへ続く道なのかということが重要です。この場合、どの到達点まで彼、または彼女が民衆を連れて行く力量があるか?が投票の本来の姿ではないでしょうか?

申し訳ないのですが、最後の部分は意味がよくわかりません。私はBAKA層を利用した選挙戦略について書きましたが、BAKA層の見識を批判して責める責めないという問題は別の話のようです。

 返信ありがとうございます。


 まず最後の部分から。
 私は、西田さんが「BAKA層」と言う呼び方をする時点で、彼らを非難していると受け止めました。そうではなく、あくまで選挙戦略に限った話でしたら、私の過大解釈のようです。


 恐らく私の「年金と教育」の例えが悪かったのだと思いますが、私の意図と違った部分があります。
 西田さんは「目先のビジョン」と表現をされていますが、私は「ビジョン=到達点を見据えたもの」と言う意図で使いました。目先の「戦略」の意味のつもりではありません。

 ですので
>迷い道でAを選ぼうかBを選ぼうかということよりもどこへ続く道なのかということが重要です。この場合、どの到達点まで彼、または彼女が民衆を連れて行く力量があるか?が投票の本来の姿ではないでしょうか?
は、全く賛成です。


 西田さんの言う、この「投票の本来の姿」をするための制度が、整っていないことを申し上げたかったのです。
 「木を見て森を見ず」ではダメです。しかし「ボトムアップアプローチ」として、個別の政策からビジョンを描くことは必要です。
 「個別の政策からビジョンを描く」ためには、個別の政策がどんな影響を及ぼすか。この国をどの方向へ向かわせることになるのかを判断する「見識」が必要になります。
(このような意味で「見識」という言葉を使いました)
 この見識を得る努力は、それが報われる環境がなければ育たないと思うのです。その点、制度上の欠陥と考え、問題だと思うのです。


嘆いてるだけなのでしょうが、この点はどう思われますか?

>「木を見て森を見ず」ではダメです。しかし「ボトムアップアプローチ」として、個別の政策からビジョンを描くことは必要です。

バックキャスト方式です。
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/yamawaki/post_117.html

参考にご覧下さい。

BAKA層は死ぬまで治らないですよ

BAKA層とは、面白い発想ですね。12月までは、当たってます。ただ、策を弄する者は、策に溺れるんじゃないですかね。BAKA層については、もっと BAKA層の選挙戦略2なるものがないと理解できないってゆうのが、本音でしょう。BAKA層こそが
意外に選挙に行くもの。じゃー上記をどういう風に変化させていくか?日本国民の良識の舵取りフラグを西田知代さんはとることになりますが?