【書評】アダムの呪い1

『アダムの呪い』というタイトルはなんとも如何わしい本を読んだ。遺伝学の歴史がわかりやすく書かれていて、しばらく離れていた科学の授業がフッと甦ったようで読みやすかった。もっとも専門的な本を読みなれている人にはものたりないかもしれないが。文章は小説のようで図解が少ない。基本的な知識さえあれば、NHKの遺伝学(DNAとか)のビデオ(学生の時に授業で見た)よりももっと深く考察、想像できるかもしれない。ノンフィクションの物語にSF世界が垣間見えるような本である。

第一章 サイクス家の起源

英国オックスフォード大学の人類遺伝学教授ブライアン・サイクス博士は自分と同じ姓を持つ知らない人サー・リチャード・サイクス氏と出会い、細胞採取させてもらう。そこから採取したサー・リチャードのY染色体の遺伝指紋はサイクス博士とぴったりと一致したのである。これはすなわち父親から息子に引き継がれる男性DNAをたどると両サイクス氏の父系祖先はひとりの男性のとこに行き着くことになるのである。それではサイクス家という性を持つ男性はみんな家族なのであろうか?サイクス博士はイギリス(ヨークシャー・ランカシャー・チェシャー)に住むサイクス姓を世襲した人々にDNAサンプルを提供してもらう。なんとそれらの半分がぴったりと一致したのである。非父系となった残りのY染色体指紋は「息子が養子である」「ある一家が姓を変更した」「女性の不倫」「レイプ」等が考えられるだろう。そもそも日本では苗字なんて住んでた土地とかで勝手につけたり仕えた者によって変更したりしていた人々がほとんどなのだから由緒正しい家柄でなければ(もしくはあればあるほど)姓をたどって同じ姓の人と生物学的に祖先は一緒とはいえない。そういう私も祖父が養子で祖母が養女であったそうなので同じ姓の人を見ても血の縁があると思ったことはない。ただしやはり半分が一致したということは姓というものは家族を示し、共通祖先を推測するのに役に立つ資料である。サイクス博士は前作『イヴの七人の娘たち』で行なった母系で受け継がれるミトコンドリアDNAの解読から今度は男性遺伝子の歴史を解き明かすテーマに注目したのである。

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第二章 孤独な染色体

白血球は遺伝子の命令で体内に侵略してきた微生物を破壊する。その命令は染色体内にあるため白血球は染色体を手もとにとどめておこうとする。といっても染色体が目に見えているのは細胞分裂前後の数時間だけで細胞の中にすぐに溶け込んでしまうのである。だから血液サンプルから染色体を取り出すためには白血球を分裂させる必要がある。サイクス博士は自分のY染色体組織標本作成のため培養液を作成、試験管の底に二本の染色体をひきはなした血液細胞を集めた。そして不要になった培養液を取り除いた後、白血球を破裂させずに取り出すために細胞内の液よりもほんの少しだけ薄い食塩水を加える。それから白血球内にある染色体を鮮明に見えるようにするためにいろいろな作業は続けられ、顕微鏡でパートナーのいないY染色体を見つけ出す。この染色体が見られるようになったのは誰かが食塩水濃度を間違えたことが発端だそうだ。発見とか発明は意外なところから生まれるものだなぁと思う。99%の努力と1%ひらめき…とはよく言ったもので、努力が必要なんだというよりも1%の偶然や思いつきが物事を大きく動かすのかもしれない。

第三章 生命のリボン

人間のDNAは暗号となる分子の配列で構成されている。2001年にはそのほとんどが解読されている。暗号は四文字(A,G,C,T)で構成されていて、そこに含まれる情報量はブリタニカ大百科事典約千冊分に匹敵すると言われる。ところが約30億もある遺伝子のうち遺伝的指示を実質的に行なっているのは約3万個のみで残りは一体どんな目的があるのかわかっていない。遺伝学と言えばメンデルの業績はお馴染みであるが、メンデルの功績が認められたのは彼の死後、20世紀になってからであった。やがて遺伝を調べるための繁殖実験においてショウジョウバエが実験材料として使われることになる。遺伝学者トーマス・ハント・モーガンはニューヨークのコロンビア大学に世界で最初にハエ研究所を設立、ハエ研究所での大規模な実験から遺伝子と染色体の関係をつきとめることに成功するのである。ハエをじっと見つめたことなど私は一度もないが、ハエも遺伝子に左右され目の色、羽の長さなど様々な外観がある。ハエ研究所でモーガンの弟子アーサー・スターヴァントが発見した法則は遺伝子的特徴は常に70%の確率で次世代へと受け継がれていることである。同じ特徴の組み合わせでは何度実験しても70%の確率で親から子へ遺伝が行なわれたのである。これによりスターヴァントは遺伝が100%でないのは染色体というのは切れているかもしれない、常にしっかり固定されたものではない不安定なものだと考えたのである。それから染色体内には遺伝的距離が存在するとして、遺伝子が染色体上で直線的な固定配列をしていることに気づいたのである。

第四章 最後の抱擁

細胞の中には身体を組織するための体細胞と次世代に遺伝子を残す生殖細胞がある。生殖細胞は細胞分裂の最終段階になると二組の染色体を一組に減らし、それを卵子か精子に詰め込むことができる。この染色体が最後の細胞分裂の直前、他の染色体と出会いその先端から絡み合う。その瞬間、目に見えない切り口が開かれ染色体はそっと結合する。そして絡まりはほどかれ引き離される。まるで最後の抱擁である。これによってDNAのプレゼント交換がなされ、その遺伝子セットはランダムに両親からのDNAを組み替える。これによって子供は単なる親のコピーではなく、(一卵性双生児を除けば)同じ遺伝子構造を持つ人間が存在しないのである。コロンビア大学のハエ研究所ではメスからは2本のX染色体、オスからは1本のX染色体と1本のY染色体を発見。更に2本のX染色体と1本のY染色体を持つメスのハエを発見したのである。これはすなわちオスはY染色体があるからオスなのではなく、X染色体が1本であるからオスであるという結論である。人間もハエと同じくXとYの染色体を持つために誰もが人間もまたX染色体の数で性別が決まっていると思い込んだ。しかし科学者がそれは大きな間違いだと気づくのに数十年の年月がかかったのである。

第五章 性と性染色体

人間の染色体は両親から23本づつ受け継がれて、通常は合計46本となる。ダウン症は染色体が1本多く47本であることで引き起こされる。これは今ではどこの学校でも生物の先生が教える常識中の常識である。ところが1912年、最初にヒトの染色体を調べた学者の見間違いによる合計48本の発表を疑うことなく追随してしまったため30年以上も学者は「48本の呪縛」から抜け出すことができなかったのである。その呪縛から学者たちを解き放ったのは植物細胞学を専門にするアルバート・レヴァンであった。神経学者であり、カナダ空軍の軍医であったマリー・バーはメス猫、そして人間の女性にも細胞内に黒い斑点(バー小体)があることを発見する。またイギリスの細胞学者パット・ジェイコブスとジョン・ストロングはクラインフェルター症候群(染色体がXXY、XXXY、XXXXY型)の男性は2本以上のX染色体と1本のY染色体を持ち、ターナー症候群の女性はX染色体を1本しか持っていなかったことを発見。そのうえX染色体を3本持つ女性や4本持つ女性も発見された。これら非典型的な異常例によって性別を解明するためのいろいろなことがはっきりする。X染色体を2本持つ女性も実際は1本は閉鎖し、男女共にX染色体は1本で活動している。この不活性かされたX染色体がバー小体の正体であった。だから女性の場合は胎児のうちに父親からもらったX染色体もしくは母親からもらったX染色体のどちらかを閉鎖決定する必要がある。カンガルーの場合は常に父親からのX染色体を閉鎖しているが人間はランダムに閉鎖されるため、どちらかわからない。X染色体の情報では皮膚や髪の色に表れるものがないので目では確認できないそうだ。ハエと違って人間にとってはX染色体の数は性別に関係ないことがわかる。X染色体が3本ある女性には2つのバー小体、4本の女性には3つのバー小体という具合に余分なX染色体の遺伝子は殺されてしまうのだから。40年間にも及ぶ誤解と混乱の後、ついに人間の性別はY染色体があるかないかで決まるということがわかったのである。

次回へ続く。

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