エリート教育
エリート(仏:élite)とは、厳しい選抜と高度な専門教育を受け、ある特定の方面に於ける役に立つよう、充分に訓練されている人間。それらを育てる手法をエリート教育と呼ぶ。なお、エリートはもともとラテン語で「神に選ばれしもの」のこと。神に選ばれるというのはキリストに代表されるように、他人のために死ぬ用意ができているということであり、結局、自分の利害得失と関係なく自分以外の人や物事のために命を捨てられる人、を意味する。したがって、ラテン語でのエリートとは人について使う言葉であって、地位とか階級に使う言葉ではない。 出典:ウィキペディア
私は日本国外では日本のエリート主流と見られているがまだエリートではない。何故ならば、私はまだ生きているからだ。私は私の夢の為に親友を海外で死なせてしまった。親友を犠牲にして立身富貴を得てもそれは我々武士の末裔にとっては全く意味が無い。私の曽祖父は日露戦争で金沢第9師団の予備将校だった。詳しくは映画『二百三高地』を見て欲しい。当時は大学を出て自費で装備を整える有資産知的階級の徴兵期間は1年だった。待遇も将校である。しかし、日露戦争ではこの階層がほとんど壊滅してしまった。日中戦争から太平洋戦争に続く人材難は全てこの戦争に起因していた。
参照:第九師団と日露戦争
海陽学園に必要な要素

アクセス先を見る限り、エリート学校で有名な海陽学園も『連山』を読んでいるようだ。海陽学園関係者には『流星』や『飛龍』の購読者はいなかったと聞いている。日本は人材が払底している。海陽学園が現状でエリートを生み出す可能性は皆無である。だから何が欠けているかを私の人生を振り返る事で語ろう。もし、教育者がそれを実践して生徒に模範として見せる事ができれば良い学校となるだろう。
清和源氏と城跡の藩校

私は古い地方で育った。私の家は清和源氏であり、姓は源の朝臣である。私の曽祖父の父の名は源義輝、曽祖父の名は源義政である。戸籍の名字は普通の武士と同じく一所懸命の土地である地名である。私の父も兄弟も、私も、城跡にある高校に通っていた。元藩校で明治維新前は武士の教育機関だった。
職業は代々公務員

上記の刀は私が役所を退官する前に撮影した。私の家は明治維新前は武士、それ以降は代々公務員であった。それに従い私も総務係や財政課、公営企業などで短い期間だけど働いていた。しかし、阪神大震災の時に援助物資を持っていった。そこで自分の無力と役所の腐敗を実感した。次に大地震が来ても、この教訓はほとんど生かされないだろうと思った。実際、相次ぐ耐震偽装はその証拠である。両親は大反対し勘当されるのは確実であった。だから先祖の日本刀の写真だけを持って役所を退官し、家をでた。
相次ぐ出資者と親友との起業

既に会社を経営して10年になる。私には日本だけでなく、米州、東南アジア、中近東などに会社がある。誰も信じないが私が退官した時、パソコンの家庭教師でもして細々と暮らすつもりだった。私は株では一度も負けたことが無かった。相場ではデリバティブで一度だけ敗れただけだ。しかし、私が会社を始めると聞いて大学時代の親友が参加してくれたり、役所の上司や後輩が出資してくれたりした。一度も会った事が無いパソコン通信の友人も資金を提供してくれた。私は昔から金が嫌いだが金に困った経験が無い。日本には私の大事な人々が住んでいる。私は日本を立て直すには日本の外から動かすしかないという結論に達した。そして、日本の外の人々に手助けしてもらうしかないということを悟った。しかし、その道を遂行することができるかどうか私には確信がなかった。その時、両親から勘当が解かれた。そして、先祖の刀を受け継いだ。当然、警察や教育委員会に届けた正規の美術品(江戸時代以前の骨董品)である。私はその関の砥ぎ師に出した。もし、数百年前のその刀が再び光を放つ事ができるなら武士の血を受け継ぐ私にも偉大な源八幡太郎義家公のようなことが可能かもしれないと考えた。そして、その刀は確かに光を取り戻した。私の道はその時、確定したのである。
大台ケ原

偉大な神武天皇は大和盆地に攻め入る時、大阪からではなく紀伊半島南部の海上に上陸し、陸路で大台ケ原を突破した。私の熊野地方を巡って私の血のルーツと語り合った。そこには本当に美しい森林があった。偉大な神木もあった。そして、私はどのようにすれば日本の為に世界の人々の協力を得る事が出来る事ができるかどうかを知った。
遺言

私は幸運な男として有名だった。金にも不自由せず、女性にも人気があった。頭もよく喧嘩も強く、友人にも恵まれた。会社を作るといえば不思議と出資者に恵まれて銀行などの金融機関に金を借りた事が無い。役所でも親切にされ私の意見は不思議とよく通った。私は十分過ぎるぐらい幸福だった。不可能と思えた砂漠の緑化にも目処が付いた。恐らく500年ぐらいは必要だろうが間違いなくそれは可能である。また、エネルギー問題もほとんど解決した。後は、人々にその意思があるかどうかである。地球を見て欲しい。もう、森林や草原が消滅して酷い状態になっている。海陽学園でも他の学校でもいいからその痛みを自分の事として受け入れて欲しい。そうすればエリートとして生きる事が出来るだろう。
【強襲】日本への帰還

日本本土には私の仲間がいるし友人もいる。しかし、私によって計画を台無しにされた人々もいる。過去の悪徳を暴露されたり、組織を壊滅させられたりした連中は私をさぞ殺したいだろう。しかし、今の私は1人ではない。私と同じ階梯の友人達は日本のためには動かない。しかし、私が殺されれば話は別である。彼らは確実に私を殺した連中に報復するだろう。私は1人だが彼らは5人、戦力は一気に5倍となる計算だ。だから私は何の心配もしていない。私の日本本土への帰還を喜ぶ友人は少ない。それは私の肉体としての身を案じるからだ。しかし、私は盟約を守る。必ず天皇誕生日には日本にいるだろう。私は肉体の同一性より、魂の同一性を優先するからだ。私が何を海外で行ってきたかは水素文明を読めば良い。私が日本で殺されれば、私は真のエリートとなる。そして、私の友人が必ず私の仇を打つだろう。アラビアでの作戦と違い、今回は奇襲ではない。強襲作戦である。『連山』コラムニスト及び読者諸氏の突撃支援空爆に心から感謝をする。
ありがとう

コメント
貴サイトにはいつも感謝しています。
今日は、初めてコメントさせて頂きます。
>私が日本で殺されれば、私は真のエリートとなる。
・・という考え方を、私は受け入れることができません。
どうして男性は、往々にしてこのような考え方をするのでしょうか?
真に国を思うのであれば、先ず生き延びることを第一に考えるべきです。
結果として命を落とすかもしれないという覚悟は大事かもしれませんが、死を美化するのは止めて下さい。
そのような間違った姿を、若者に示さないで頂きたいです。
先の戦争では同じように考えた尊い命が、多くの場合意味なく失われました。
その死を意味のあるものにすることが、二度と戦争をしないという誓いなのです。
>私は日本を立て直すには日本の外から動かすしかないという結論に達した。
それで良いと思います。
詳細はわかりませんが、仕事でも大きな成果を挙げられたのではないですか?
私を始め多くの人が「連山」を通じて真実を知り、多大な影響を受けています。
その一つ一つは目には見えなくとも、とても大きな力です。
日本の外からこの国を心から支援して下さることは、とても心強いことです。
そしてそれは、これからの冬の時代こそ痛感することなのではないでしょうか?
なのに何故、この時期にこのようなエントリを掲げて帰国されるのでしょうか?
まるで死ぬために帰国するかのように受け取れます。
どうしても帰国する必要があるのであれば、生きるために帰国して下さい。
真に国を思うのであれば、この国をいかにして救うかにこそ命を懸けて下さい。
これから日本がどのような道を歩むのか、今の私には見当もつきません。
でもいざとなった時には、若者には可能な限り海外に逃げて欲しいと思います。
真っ先に命を落としそうな憂国の正義感あふれる若者こそ、逃げて逃げて生き延びて欲しいのです。
そしていつの日か来るこの国の建て直しを、その若者たちに託したいのです。
そのいざとなった時、日本の外からできるだけ多くの有為の若者を救って下さい。
本土に来て共に闘うことより、はるかにその方が価値あることではないですか?
もちろんこれらのことが、妄想であり杞憂であることを心から願っていますが。。
以上初めてにも拘らず、失礼・長文をお許し下さい。
掲載の有無は貴サイトにお任せします。
Posted by blue mermaid at 2007年11月 8日 07:30
武運長久を祈ります。
Posted by Anonymous at 2007年11月 8日 08:34
先日武士道について思いめぐらし、良書を探していたところ、思いついた言葉がありました。
上の方の言葉と通じる内容なので、私も初掲載させていただきます。
私の思いつきの言葉です。
「武士道は生き抜くことと見つけたり。」
大和のハーンにこそ、生き抜いていただきたいです。
そう祈らせていただきます。
Posted by 志願者 at 2007年11月 8日 18:25
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