世直しの本流(5/8)
第二章 環境変化と移動と農耕 ~絶滅種の挽歌(対策編)~
この内容は8つで1つです。一つ一つを読んでもほとんど意味がありません。またリンク先と四次元で繋がっています。そのアクティブ構造こそ伝えたいシステム(系)内容です。

第一章 人口の変化と社会変遷 ~侘び、寂び、萌え~
第二章 環境変化と移動と農耕 ~絶滅種の挽歌~
第三章 サイバー・キャッシュ ~貧しさの秘密~
第四章 電光戦とハイパーハイドライド ~破滅と創造~
第五章 サイバー・ドクトリン ~色即是空と空即是色~
あとがき ~全ては遠き理想郷~
教育に失敗した日本
現在の日本は食糧とエネルギーを他国に大きく依存しています。人的資源のみが国を支える土台です。しかし、日本は教育に失敗しました。今の日本の大学生が考えている事は如何に楽をして大学生活を送り、就職を決めてしまうかと言う事です。その就職に関してもブランド名を選択理由とします。当然、仕事をすぐに辞めます。熟練度があがらず生産性も上がりません。このようにして生産性の低い労働者を嫌う企業は安い外国人労働者を雇うようになります。国内産業は空洞化します。教育の失敗は長くその国を蝕み続けます。少子高齢化で財政破綻した老人国家は集団ヒステリー化していくでしょう。
では、日本の教育に絶望を感じた人々はどうすれば良いのでしょうか。2つの方法があります。一つは海外で教育し国境を突破できるグローバルな教育です。もう一つは日本の地域伝統に根ざした特殊条件によってのみ習得ができる分野です。バジル・ヘンリー・リデルハート卿の言葉を参考にしてみましょう。21世紀、人類は生存の為に戦う時代となりました。彼の言葉は役に立つはずです。

戦いの原則
1. 目的を手段に適合させよ。
家庭の状況に合わせて教育を選択しなければなりません。資産や居住場所、親の職種などによって将来予想を幾つか選択する必要があります。スポーツマンにするか、芸術家にするか、労働者にするか、農民にするか、技術者にするか、科学者にするか、などです。
2. 目的を常に銘記せよ。
子供の幸せと子孫の繁栄が第一です。子供を犠牲にして学習させれば学問は死にます。それを常に忘れてはいけません。然し、教育によって付加価値を高めなければ生活に困窮する可能性が高い事は厳しく子供に理解させる義務を教育者と親は持ちます。
3. 最小予期線を選択せよ。
競争率の高い学校にいれるべきか、それとも通学時間が短く他の習い事や自由時間を持てる学校に入れるべきかなど、人生という限られた時間の合理的活用法を選択しましょう。
4. 最小抵抗線を活用せよ。
その子供及び親が最も得意とする才覚が何かを客観的に観察して導入しましょう。
5. 代替目標への変更を可能にする作戦線を取れ
スポーツや芸術の道は狭い門です。体を壊す事もあるので代替プランを必ず準備する必要があります。例えばスポーツトレーナーとかスポーツの医者やマッサージ師等です。
6. 計画及び配置が状況に適応するように柔軟性をとれ。
教育は成功するときもあれば失敗する時もあります。半分成功、半分失敗の場合もあるでしょう。万が一失敗した時に素早く再教育を可能とする準備を常に心がけましょう。
非代替性優位の法則
21世紀での生存を考えた場合、友人の選択が教育において最も重要となります。親は選べませんが友は選べます。選択する事によって自分も選択されます。選択する場合、性格が合い尊敬に値する事は最重要ですが長く利益を分け合うには「非代替性優位の法則」が必要となります。例として3名の友人グループがあれば1名は日本の文化伝統の勉強を行いもう1名は海外での教育を受ける。もう1名はそれぞれ中間の教育を受けるなどです。均質の教育を受けた人々に比べて環境の変化において強い耐久性を持ちます。情報ネットワークや人的ネットワークの広さがあります。広い交易網を構築したり新しい製品を開発したり新しい教育を生み出したりするにはそれがとても大切であるからです。自分と違う人間を大事にする。友人が異民族であったり年齢が離れていたり宗教が違う事は実は素晴らしいことなのです。考え方が違う事が個性であり、その違いを融合させる事によってより新しい概念や製品を生み出す事ができます。
小さな政府の誕生は、知識集約的経済から資本集約的経済への構造的変化を反映している。政府が主導する大規模な計画経済は、規模の経済が働く資本集約的経済において有効であるが、知識集約的経済では失敗する。なぜなら、官僚は、知識集約的経済で要求されるようなイノベイティブなアイデアを持たないからである。イノベイティブなアイデアは、競合する個人から生まれる。そうした競合を促すためには、報酬は、労働時間に対して支払うよりも、労働の成果に対して支払う方が望ましいし、投資家も経営に参加するほうが望ましい。実際、情報社会においてはそのような傾向が見られる。
民族大移動の世紀
21世紀の地球は温暖化の世紀です。極めて短い時間で気温が上昇します。一部の地域では乾燥化し、一部の地域では暴風となり、一部の地域では豪雪となります。特に水不足は深刻です。水を求めて人々は戦争したり難民となったりするでしょう。水と石油の不足は食糧危機となります。既にバイオエタノールの生産の為に世界中で食糧価格が上昇しています。飢えに苦しむ環境難民は地球上で発生するでしょう。彼らとの衝突を防ぐ為にも彼らの文化や言語、宗教を理解した通訳が必要となります。死を覚悟した大衆は恐ろしいものです。話し合いで極力解決しなければ長江文明のようになるでしょう。(下記の図は、気候変動の文明史より 著者は安田喜憲氏)

世界のコミュニケーションメディアとしての日本人
現状、近代西洋文明は崩壊の危機に瀕しています。EUモデルを参考にすれば2020年に豊かさの限界に達し、2050年から2070年には現代文明は崩壊すると予想しています。人間は弱く、卑怯で、臆病な動物です。失敗してもすぐにそれを忘れて同じ失敗を繰り返します。この原則に立てば水やエネルギー不足によって戦争が発生しその為に加速するのが現実的な分析です。何時の時代も、何処の世界でも、常に昨日の自分と戦い、より強い明日の自分を生み出す人間は少数です。近代西洋文明による民主主義は多数による専制です。難しい事を考えず、面白いか、面白くないかだけを価値基準とします。大衆化した人間は成功の快楽より、短期的な楽を常に追及します。国家の財政赤字や家計のローンなど少し我慢すればすむことを常に先送りにします。その結果として原子力発電所では事故を隠し、耐震偽装のビルが地震国の日本で濫立しました。しかし、日本人の中にも常に自分自身と戦う『克己の精神』を持つ人々もいます。士道や武士道に代表される人々です。彼らは一秒でも早く海外に雄飛して世界全体のコミュニケーションメディアとしての日本人となるべきだと考えています。それは新しい文明モデルの構築にはそれらの精神と日本人の文化的な伝統が必要とされるからです。またそれを選択する事が一番各個人にとってもそれが安全だからです。今の日本に居続ければ環境の悪化が進行するのに比例して依存心の強い大衆が増加しそれによって彼らは潰されるでしょう。人は選択する事によって他者からも選択されます。共同体が危機的になれば生贄の羊がどうしても必要になるからです。武士道の継承者は二重の意味で今の日本に居続けてはいけないのです。彼らが治さなければならないのは系としての地球環境であり個々の要素ではないからです。

分散型農業と分散型エネルギー
昔はエネルギーである薪を各家庭は融通しあいました。薪の少ない家庭は多く持っている家庭に借りていました。それらは分散型のエネルギーでした。水車や牛、馬などの製造・運搬エネルギーも分散型でした。既に石油は生産のピークを過ぎました。これから石油は減少する一方です。20年後にはデンマークでは風力発電の比率を50%までに高める計画です。再生可能なエネルギーはインフラ投資が必要です。まだエネルギーの余力があるうちにエネルギー密度の低い国々は対策を採るべきです。産油国もロシアもお金だけではエネルギーの供給をしなくなります。歴史を見れば森林資源や石炭、石油は常に戦略物資として戦争の原因となってきました。不足すれば必ず奪い合いとなります。そうなれば戦力に勝る国々が勝ちますが資源はやはり減少します。結果、より早く文明の崩壊となります。


知のコスモス
現在、世界最大のエネルギー密度を持つ中東は戦争をしています。かつて地球が温暖化し、 乾燥化した時、大河の周りに人々が集まりました。農耕民族と遊牧民族が融合して文明が発生しました。世界最古の都市文明です。古代文明は2つのパターンで滅亡しました。世界最古の叙事詩であるギルガメッシュ叙事詩にあるように環境破壊による農業生産力の低下です。もう一つは中国の長江文明に見られるように他民族との戦争による破滅です。中世のヨーロッパはキリスト教が支配する暗黒時代だといわれています。彼らは修道院で神と向かい合い人口を増やしませんでした。その為に自然環境は維持されました。カトリックは金利を禁止した為に経済を常に発展させる構造になっていなかった事も役立ちました。魔女狩りのような間引きによって増えすぎた人口を減らしました。都市を養う構造を持たなかったので知力はローマ時代より落ちました。知が分散化した為です。これから地球が温暖化すれば知力は低下する可能性があります。それを防ぐ為には知識は集中し、居住は分散化する必要があります。例えば現状の発電システムは送電ロスが多くあります。もし発電所の近くに居住していればそれらのロスは少なくなります。もし、職場と住居が近ければ通勤の為のエネルギーは少なくてすみます。集中型のエネルギー構造のインフラを切り替える必要があります。しかし、集中型の代表である国家や行政、大企業はそれに対応できないでしょう。力のある個人や中小企業、地方の町村が自衛の為にそれを独自に進めていく事になると考えています。
経済システムの脱中心化と平行して、エネルギーシステムの脱中心かも始まろうとしている。電力自由化により、小型分散型電源が電力網に参加し、これまでた んなる電力の消費者に過ぎなかった電力網の端末が、電力の生産者として、電気をアップロードすることが可能になるだろう。どの小型分散型電源が望ましいか は、政府が決めることではない。電気の消費者であると同時に生産者でもある各端末の選択を通じて、市場原理により決められることである。
絶滅する種と生き残る種
もしも、寒冷化が西ローマ帝国を滅ぼしたのだとするならば、なぜ東ローマ帝国は、同じ原因で滅びなかったのかと読者は訝しく思うかもしれない。東ローマ帝国は、西ローマ帝国とは異なって、高度な文明国であるペルシアと国境を接していた。このため、税源を農作物のみに頼る必要はなく、交易による富にも依存することができた。このため、凶作による税収入の落ち込みが、西ローマ帝国ほどひどくはなかったと考えられる。
21世紀は20世紀以上に大きく変化します。この変化を楽しいと感じても、悲しいと感じても、結果は同じです。環境に対して小さな要素でしかない人間には環境を変える力は有していません。環境を変えられない以上は、自分や自分の子孫を変える事を考える事が大事です。絶望して自殺する人々も増えるでしょうが、それなら変化を楽しむ事も重要となります。人が生を受けた以上、必ず全ての人は死にます。死が悲しいから生が楽しいのです。昨日と違うから今日を生きる意味があり、明日を予想できないから楽しいのです。これから例えこれから短期間で地球の人口が半分になるとしても2人に1人は生き残ります。日本は少子化が進んでいます。子供だけでも生き残るすべを作るか、何もせずに全滅するかを選択する事はできます。西ローマ帝国は滅びましたが東ローマ帝国は滅びませんでした。もし、多くの人々が集中的に実験した新しい文明モデルを分散的に対策を行えば被害を最小限度に抑える事も可能でしょう。死ぬ人々が確実に減らす事ができるでしょう。しかし、地球は温暖化が進行しています。人々の知的能力は今日より明日、明日より明後日、確実に低下しています。もし、各個人が文字として残すなら早い方が賢明です。何故なら、明日は今日とは違うからです。
(追記)
人々は何もしない。その結果、現実問題としてユーラシア内陸部と人口密度の高い島々は地獄化する可能性が高い。生存本能の結果として砂漠のオアシス地帯と人口密度の低い島々にエリートは集中する。それら地域での資本の集中投下による知の負荷集中による新文明の実験と事前に頭の訓練をした大衆層の分散的対策が重要となる。だが被害は人々の想像を絶するだろう。
Do not put off till tomorrow what you can do today.
(今日できる事は明日に延ばすな)
