Cyber ULS
Cyber ULSは日本(大和、隼人、蝦夷、琉球、アイヌ)、アラブ、ノルマン(ゲルマンの一部)、フン(モンゴル、トルコ、中国の一部)、ヘブライ(ユダヤ)、アメリカを中心とする知的環境制御組織です。地球環境を良くすれば貧者も、富者も、宗教、民族、文化の違いに関係なく全ての人々が恩恵を受けます。特に農業を重視していますが人口容量を維持する為に産業や医療も大事にしています。人口抑制機能である文化芸術には最大限の敬意を持っています。実績経歴の伴わない人間は一人もおらず幹部は最低三ヵ国以上での就労・学習・資産形成の権利を持ち15カ国以上の特権的短期ビザ免除を保有しています。村長は村から出れば、ただの人ですが勇者は何処の村でも勇者だという思想であり現実に国境を越える騎兵部隊(マネージメント部隊)を指揮しなければならない必然性からそのようになっています。非攻と兼愛の精神を重んじています。ロシア革命も、辛亥革命も、白人植民地帝国打倒も、源流は同じです。
ヘブライ人の歴史
カトリックは金貸しを禁止していました。その為に金貸しはベニスの商人で有名なシャイロックのようなユダヤ人が生業として行っていました。江戸時代の日本では検校といわれる盲人の仕事でした。高利貸は利潤が高い為です。武士の精神やキリスト教的清純な精神が汚染されるのを恐れたからでしょう。盲人やユダヤ人は社会的に少数派ですから集中した富を使って社会を混乱させる可能性が少ないと考えたと思われます。その為に天候悪化などで社会が不安定化した時、富裕なユダヤ人は労役者である大衆から彼らは迫害の対象となりました。
ナチスとソビエトが殺した





誰がユダヤ人を殺したのでしょか。第二次世界大戦で言えば直接的にはナチスドイツです。彼らはユダヤ人を強制収容所に入れました。しかし、上の写真を見れば判りますように死因の多くは餓死でしょう。アウシュビッツを例に取るまでもなくユダヤ人の強制収容所は東ヨーロッパに多くが作られました。ナチスドイツがソビエトの赤軍によって敗退した時、赤軍は追撃を優先して強制収容所に手が回りませんでした。またソビエト自体が戦争によって食糧生産と食糧輸送が滞っていました。その結果、多くの収容所で栄養失調による疫病死と餓死が発生したものと見られます。最大加害者はソ連の共産主義者です。
誰がユダヤ人を助けたのか?

杉原 千畝(すぎはら ちうね、SUGIHARA "Sempo" Chiune、1900年1月1日 - 1986年7月31日)は日本の官僚、外交官。第二次世界大戦中、トランジットビザ(Transit visa.通過査証、通過ビザとも。以下ビザと記載)を発給することでナチス・ドイツによる迫害から約6000人ものユダヤ人を助けました。海外では、センポ・スギハラ、「日本のシンドラー」とも呼ばれています。「センポ」と音読みで呼ばせた理由は主に「ちうね」という発音のしにくさから、千畝自身がユダヤ人に「センポ」と呼ばせたといわれています。杉原千畝は語学に堪能であり、母語である日本語をはじめ、英語、ドイツ語、ロシア語、中国語など5つの言語を話していました。彼が本当はどのような組織に属していたかは永遠に表面化しないでしょう。私が親しい人から聞いた話だと正直で差別をしない人だったということだけです。
メラメッド氏の証言からは、当時一人のユダヤ人少年の目を通してではあるが、美しい日本の風景と、そこに住む心やさしき日本人の美風を垣間見る事ができる。ところが、近年の研究によって、杉原氏の行為は、一外交官の良心の問題にとどまらず、もっと大きなバックグラウンドがあった事が明らかになりつつある。杉原氏は1930年代にハルピンの満州国外交部におり、その後、彼の後ろ盾となったのが、山脇正隆大将だったと言われる。杉原氏がたんに個人的な思いつきでビザを発給したわけではなく、すなわち日本が、領事とか公使館レベルではなく、陸軍省とか外務省のレベルでユダヤ人の救出作業を始めた事が、レビン教授の綿密な調査によりわかってきたと言う。教授によれば、杉原氏がビザを発給することによって救われたユダヤ人の数は、1万人前後に達する。じつは、スイス人やフランス人が、個人のレベルでユダヤ人をかくまったりした事例はあるが、杉原氏ほどの規模でユダヤ人を救ったケースは他に世界に例がないと言うのである。しかも、近年、日本の外務省外交資料館で発見された資料の中には、杉原氏のほかにも、ウイーン、ハンブルグ、ストックホルムなど欧州12箇所の日本領事館で、ユダヤ避難民へ、数百件のビザが発行された記録が見つかっている。これら記録は、たんに杉原氏だけが思いつきでビザを発給したわけではないことを裏付けている。レビン教授は、「杉原氏はユダヤ人救出の為の何らかのネットワークを持っていたと確信する」と言う。さらに、教授によれば、当時欧州各国の日本領事館から、ユダヤ人ビザ申請者を不平等に扱うべきか否かを問い合わせた通信文書が見つかっている。結果的に、これら日本領事館は、ユダヤ人申請者に対しても平等に対応した。さらに驚いた事に、これらユダヤ人難民達が日本にたどり着いたとき、日本政府はすんなりと彼らを受け入れた。「日本の入国官吏官は、通過ビザのチェックに意外なほど寛大だった」(生存者の一人、杉原ビザのリスト17番、イサック・レビン)と複数のユダヤ人が証言している。それだけではない、最終目的地のビザも旅費もなく、途方にくれていたユダヤ人難民が、ごく普通の日本人によって手厚く遇された記録も次第に明らかになってきつつある。日本側の当時の対応は、逆に多くのユダヤ人がいたはずのアメリカが取った非協力的な対応に比べ、天と地の差があるという。

山脇正隆氏
山脇正隆(やまわきまさたか、1886年(明治19年)3月2日 - 1974年(昭和49年)4月21日)は、陸軍軍人、陸軍大将。官位は従三位勲一等功三級子爵。その孫の山脇正俊氏(スイス在住)のビデオ映像です。
我々が留守の間にいろいろとユダヤ系財閥が某宗教団体と組んで悪事をしているという噂が海外にも流れています。真偽は何れ調べるにしても、日本人はユダヤ人の恩人だという事と報恩復仇は武士道の習いという事を言明しておきましょう。
富裕層の役割
戦後、ナチスドイツの復活を恐れた英米は世界戦略としてソビエトを封鎖し、ドイツをユダヤ人抹殺のレッテルを貼り精神的に封鎖しました。同じことは日本の従軍慰安婦においても行われています。イギリスの世界統治のやり方は巧妙ですが判り易い方法を取ります。ヒンズー教徒のインド人の支配者にはイスラム教徒を選びます。イスラム教徒の民衆にはヒンズー教徒の統治者を選びます。その結果がパキスタンとインドの三度にわたる印パ戦争と互いの核開発です。東南アジアでは満州族の支配を逃れてきた中国人(華人)を使って原住民のムスリム(イスラム教徒)を支配させました。戦後の日本では幾つかの植民地人や宗教団体、被差別部落や非暴力組織を使って圧迫をしました。最も、日本のそれらの間接統治は基本的に失敗でした。理由は2つです。こんな見え見えの策略に引っ掛かるのはマスコミ人ぐらいしか日本には居なかった事。次にあまり日本でそれらの行為をやりすぎると士族階級(敗戦まで戸籍上も存在していた)が暴れまくるのが分かっていた事。彼らにとってはソビエトの交易的包囲とドイツの精神的包囲が第一優先事項だった為に日本に対しては徹底性を欠くことになったのです。
本来の富裕層は節約の精神の体現です。節約する事によって飢饉に備え先祖からの贈り物であり、子孫からの借り物である森林資源や農業技術、産業システムなどを構成に合理的に移譲する役目を受けています。商道と言っても良いかもしれません。富の力を持って世界を操ろうなどという傲慢な考えが間違っている事はこれから起きる労役者革命によって証明されるでしょう。日本はアメリカの労役者革命から逃げてくる国際金融資本家によって買収されるでしょう。彼らには多くのユダヤ人がいます。恩知らずのユダヤ人には恩を知るユダヤ人をぶつけます。どちらが強いかは言うまでも無く、結果は神のみぞ知るでしょう。
破滅する日本
21日から欧州5カ国訪問に出発する天皇、皇后両陛下は、初めて訪れるリトアニアで、第二次大戦中、ナチス・ドイツの迫害を受けたユダヤ人難民を救い日本のシンドラーと呼ばれた元同国領事代理の故杉原千畝氏の記念碑に立ち寄る。遺族は「人道に尽くした行為が両陛下にも認められた思いだ。天国で喜んでいるはず」と話している。杉原氏は1939年、リトアニアに赴任。40年7月、迫害から逃れるため日本を経由して第三国に避難しようとユダヤ人がビザを求め日本領事館に殺到した際、外務省の命令に反して約6000人にビザを出した。 旧ソ連から独立した91年以降、杉原氏の功績をたたえ首都ビリニュス市郊外の通りを「スギハラ通り」と命名。旧日本領事館も杉原記念館として整備され、01年には杉原氏の母校、早稲田大学が発給されたビザのプレートを埋め込んだ高さ2・2メートルの記念碑を設置している。
現在、日本は社会的な病に罹っています。しかし、その根源にあるのは地球全体の病気です。頭痛がするので頭が痛いといいますが脳みそに痛覚神経はありません。痛いと感じているだけです。日本の社会病を治癒する為には地球環境をまず治癒せねばなりません。しかし、そのことを理解している人々はほんの少数です。その少数の人々でも最精鋭は本来、身近に居てお守護せねばならない場所から遠く離れた場所にいます。追い詰められた人々を諭して窒息しそうな状況に社会的呼吸孔を空けることができる人々がいなくなれば本来の社会秩序は更に悪化していきます。今後、更に親殺し、子殺し、夫婦や旧友や仕事仲間同志での争いが増えるはずです。環境制約が増加すれば生物は同じ行動にでるからです。地球環境を最も破壊するものは戦争です。戦争が止めれないなら早めにやりたい人間にやらせて被害を軽くして復興の道順を作る必要があります。特にエネルギー密度の高い地域での混乱は世界全体に影響を与えるからです。水源が汚染されれば下級の農業地帯人口密集地帯が崩壊するのと同じです。次に労役者革命が発生するであろう地域、特にその地域が大量の武器を保有しているならそこを優先せねばなりません。Cyber ULSのクリルタイで第一次及び第二次優先順位が確定している以上、この方向で進みます。太平洋戦争中、最初にオランダを倒して、次にイギリスをインド洋から放逐し、中国国民党と和睦して、アメリカと講和交渉をするのが陸海軍共通の約束事項でした。帝国海軍はその約束を破り主戦場をインド洋から太平洋(ミッドウェイ)へと戦略重心を変更しました。そして日本は原子爆弾を落とされて敗北しました。今回は例え日本が破滅しても戦略は徹底されるでしょう。前漢は王莽の新によって一時滅ぼされましたが光武帝の劉秀によって復活しました。復活の準備もせずに不平不満を言う人間こそが日本を滅ぼす元凶です。弱肉強食は世の常です。優秀な指導者が社会を改革してくれるという幻想は捨てなければなりません。克己の精神こそが大切なのです。敵は外にはおらず自分自身の中に存在します。昨日の自分より本日の自分、今の自分より明日の自分がより強く、より正しく、より美しく、そのように考え努力する精神こそが大事なのです。
復活の日
乳児の遺体を捨てたとして、千葉県警捜査1課と印西署は23日、乳児の母親で千葉市、無職少女(18)と、少女の知人で同市、無職少女(19)の2人を死体遺棄の疑いで逮捕したと発表した。調べによると、2人は2月中旬ごろ、千葉県白井市の市立第三小学校裏の雑木林で、男の乳児の遺体をビニール袋に入れ、遺棄した疑い。2人は容疑を認めている。死因は硬膜下出血で、県警は乳児が死亡した経緯についても調べている。母親の少女は「1月下旬に実家で出産し、直後に赤ん坊が死亡した。親にも相談できずに、知人と一緒に捨てた」と供述しているという。
社会全体が目の前のことしか見えていません。親に相談しなくても子供を捨てれば殺人・死体遺棄です。当然、親にもバレマス。このような目先の事しか見えていないのは親が大馬鹿で無責任な世間知らずだからです。ブロイラーな学校を出て、会社に入ってその世界しかしらないとこういう馬鹿になります。馬鹿は馬と鹿の違いも判らず、子供を生み阿呆に育てます。まず、復活に備えてやらなければならない事は精神の鍛錬と知の収集です。特に『連山』推薦本は別にして海外での直接体験は重要になります。ここで勘違いしている連中が多いですがまず第一に精神、それが出来てから海外修行です。剣道場で免許皆伝の腕が無いのに武者修行をすれば命が幾つあっても足りないでしょう。身に付くものも皆無です。家庭の事情で海外武者修行が出来ない人々は『連山』を2年間読んでください。(購読方法:クリック)捏造と隠蔽と大衆扇動が仕事のマスコミよりは有益な情報が得られるでしょう。
関連コラム
知のコラムニストの補給源
売上げは知の無償ボランティアコラムニストにamazonギフト券として送られます
