熱力学第二法則
泥を水にいれれば汚れが広がる。熱い熱量は低い熱量へと拡散していく。エネルギーの移動の方向とエネルギーの質に関する法則である。第二法則は「世界は乱雑な方向へと動く」という意味である。現在の地球環境の問題をメタンハイドレードや常温核融合で解決しようしても上記のように汚染の問題で確実に失敗するだろう。日本では馬鹿な教師や汚れた親はその汚れを拡散させている。
世界の熱的死

水素原子核を回る電子の波動関数より
宇宙の熱的死とは宇宙の最終状態である。宇宙のエントロピーが最大となる状態を現わす言葉だ。宇宙が熱的死に陥るとする考えは、〝孤立系のエントロピーは増大する〟という熱力学第二法則から導かれる。この世は熱的死から逃れられないのだろうか。そして、人は死ねば終わりなのだろうか?
Maxwell's intelligent demon(マクスウェルの知的な悪魔)

マックスウェルの悪魔より
マクスウェルが考えた仮想的な実験内容
1.均一な温度の気体で満たされた容器を用意する。 このとき温度は均一でも個々の分子の速度は決して均一ではないことに注意する。
2.この容器を小さな穴の空いた仕切りで2つの部分 A, B に分離し、個々の分子を見ることのできる「存在」がいて、この穴を開け閉めできるとする。
3.この存在は、素早い分子のみを A から B へ、遅い分子のみを B から A へ通り抜けさせるように、この穴を開閉するのだとする。
4.この過程を繰り返すことにより、この存在は仕事をすることなしに、 A の温度を下げ、 B の温度を上げることができる。 これは熱力学第二法則と矛盾する。
マクスウェルの仮想したこの「存在」をケルヴィン (1874年) は、「マクスウェルの知的な悪魔」 (Maxwell's intelligent demon) と名付けた。
マクスウェルの悪魔 (マクスウェルのあくま、Maxwell's demon) とは、1867年ごろ、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱した思考実験である。 マクスウェルの魔、マクスウェルの魔物、マクスウェルのデーモンなどともいう。 分子の動きを観察できる架空の悪魔を想定することによって、「熱力学第二法則」で禁じられたエントロピーの減少が可能であるとした。
電光戦のドクトリン

水素エネルギーによるスクラムジェットエンジン(NASAより)
電光戦とはエネルギー革命と情報革命により実現可能となった戦闘教義である。幹部は運動方程式を理解し従来の軍編成を改良するのではなくC3+iを中心に新しく編成した情報と機動に勝る新軍のドクトリンである。機動力で勝る部隊に対しては機動力で対抗するしかない。騎兵のみで編成された遊牧民族の軍団に対して農耕民族の歩兵は速力の違いにより草原及び平原では捕捉できずほとんど一方的に敗れ去った。分散型エネルギーである水素エネルギーシステムによって支えられた軍隊は石油によって支えられた軍隊より機動性において比較にはならない。それは石炭(鉄道汽船)から石油(自動車航空機)に変化した以上の機動部隊への兵站補給能力の差となって現れる。そして、その高度に集積される情報量は司令部を情報飽和状態へと誘う。この情報飽和状態を解決するロジックをマスターし、諸兵団を長い訓練によって習熟させた部隊のみが電光戦を運用できる。ナチスドイツは電撃戦でフランスを中心とする連合軍を破ったが戦車の数は連合軍が勝っていた。ドイツが短期間で勝利したのはその教義概念と訓練の賜物だったのだ。電撃戦に勝てるのが電撃戦であったように電光戦に勝てるのも電光戦だけである。新エネルギー体系による分散型軍団は列強の目指すべき目標となる。
サイバードクトリンの完成
電光戦の中心ドグマはサイバードクトリンである。これは司令官が周縁全域の状況を全感覚によりその本質を認識する事によって初めて可能となる。電光戦の司令官はビジネス交渉においても常に主導権を確保し、株取引しても負けは無く、異性獲得競争において圧倒的な力を保有する。相依相関を理解し、多くの自らの経験により常に相手の立場による重ね合わせのポジションを目指す。これによって互いの部隊が如何に離れていてもテレパシーのように同じ解を出すことになる。Maxwell's intelligent demons(マクスウェルの知的な悪魔たち)によって粘菌のような行動を取る。特に特徴としてあるのは、味方であれ敵であれ同じ結論を持つという事だ。つまり、敵の中に味方が発生し、味方の中に敵が発生する。遊牧民族は勝てない戦はしないし話し合いで紛争を解決する。新しい人類は戦争などしない。
それが徹底されるのがCyberDoctrineである。敵を倒しつくした後に倒すべき相手がいなくなった時に人は誰を倒すのだろうか。それは残った自分自身である。克己の彼岸にあるのは荒涼と混沌の精神しかない。喰うだけ喰い姦るだけ姦り戦うだけ戦った後にそれでも尚、魂の充実が得るには慈悲と慈愛が欠けているからだ。ちっぽけな人間に比して地球は大きい。資源と水を奪い合い殺しあった末に到達できる未来をシミュレートするのに情報革命は高速化させる。生を恐れる(=死を恐れる)人々も恐怖に耐え切れず自滅していく。臆病は肉体の保護の為にあり、勇気は自己同一性の為にある。これらが完成するころ恐らく世界はリゾームからカオスに移っているだろう。もしかしたら宗教でいう地獄や最後の審判というのはこの現象かもしれない。現在より人口も減少し汚染も広がり再生不可能な資源も減少しているだろう。ただ、新しい人々はカオスからコスモスを生み出す。彼らには不可能と思えた地球環境の制御が出来るからだ。そして、新しい人類は黄金の時代を間違いなく迎えるだろう。
書籍
