空気はつもらない

出典:プロパガンダ
浅い分析は、連山にそぐわない。国を守りたいのなら、正確に情報の裏を取れ。明らかに君自身がプロパガンダを見抜けていない。
Posted by 連者 at 2008年8月21日 06:47
土や水を空中に投げると下に落ちます。ではどうして酸素や窒息からなる空気は積もらないのでしょうか? 同じ分子である以上、それらはタイルのように敷き詰められるという理論もなりたちます。
これは位置エネルギーを小さくしたいという運動と分子確率を大きくとりたいという動きにより、上空では空気は薄く、低空では空気が濃いという妥協的な現象となります。
ホテルで10人がどこの部屋(同じ料金クラスで同じような景色)だとすれば、10人は別々の部屋を選択する確率が高くなります。一つの部屋を10人が選ぶ確立は基本的には少ないのです。
土や水は互いに結びつくエネルギーが強く位置エネルギーが強く影響し確率の問題を無視する事が出来ます。例として1つの部屋をシェアすればお金の節約ができるなどの確率以外の理由がこれに当てはまるかもしれません。兎に角、プロパガンダは人々の選択を加速します。国というエネルギーと確率という動きの妥協で国家や国民も変化します。江戸時代と戦前と戦後では同じ日本人でも大きく変化しました。これからの時代はそれが今まで以上に強く発生します。高度情報社会は情報のコストを下げ、情報の激増を生みます。情報の激増の果てを知ることは情報の意味を知ることより重要です。
世論の捏造と世論の意味
出典:マケイン氏の攻勢顕著に オバマ氏に5ポイントリード
プーチンも、マケインも、冷戦型プロパガンダを使います。その根本にあるのはKGB自作自演のモスクワ劇場占領事件や9・11テロ捏造が発覚する事に対する恐れです。上記のFOXニュースはロシアを避難していますが放映された内容では12歳の少女がグルジア政府がグルジア人を殺してロシア兵に感謝するという内容です。嘘(米露の対立というドラマ)の中に嘘(ロシア兵の活躍)を入れる事により世論を誘導する二体構造における微分方程式の解析的メディア手法です。このような方法はその発信者の自壊を加速します。参考:的中したサイバー攻撃とマケイン陣営の崩壊
まず、世論を捏造しても、捏造を信じた人々が物心共に幸せを感じられなければ長くは持ちません。そして、世論に意味があるとすればそれは多数派が正しい場合のみです。病気になったら馬の小便を飲めば治るという迷信を信じる人々が多数でも病気が治癒する確率は小さいでしょう。アメリカもロシアも石油依存型の人造国家構造です。選択による選択という確率論こ高度に昇華させたサイバードクトリン(制御理論)を伝統文化的に理解できる能力は小さいものがあります。コラム:終焉を迎える統一教会・創価学会 ~日本の分断統治体制の崩壊~を書いた人もコメントを書いた人も日本の歴史と伝統文化に造詣があれば私が何をいいたいかを文字ではなく、行動によって読み取れると思います。人が言葉によって伝えられる情報は25%以下です。人間の脳細胞は一定ですが際限なく飽和的な情報が与えられた時、そこで発生するのはノイローゼとカタストロフィです。人は自分が考えているほど幸せでも不幸でもありません。問題なのは自分は不幸だと思っていることです。これから情報による圧殺が始まります。プロパガンダを信じる人々は生計と精神が破綻します。世論に迎合しても、世論を無視しても、世論自身が正しくなければ社会は安定せずより不安定流動化します。正しい世論を作るには情報の制御が必要です。情報を隠すのではなく、処理できる順番で処理できる分量を分散的に提供するという事です。プーチンとマケインにより、カオス度が上昇しています。カオス度が上昇すれば情報それ自体より、増加する情報の結果として何が発生するかが重要となります。その秘密を知りたい人は下記のどれかの本を購入し2008年10月5日 サンクリ41を選択してください。情報革命は既存の社会を変えます。変れない人は消え去ります。ちょうど大規模な気候変動によって人口崩壊と民族大移動が起きる季節です。人々は選択により選択されます。なぜプロパガンダが終わるかと聞かれれば、人の頭脳は有限であり情報の中心型伝達では混沌と混乱を引き起こすからです。抽象概念が理解できない人はこの時点で終わりです。多くの人々がネットを読むことやブログで自分の経験を書くは脱中心化した情報伝達です。しかし、それは正しくない世論が水素文明では有害なようにその不確定性は雑音となります。プロパガンダは一神教であるカトリック教会の布教聖省が始めたそうです。そこには分散的制御というものなく、ローマ帝国のような中央集権がマッチしたのでしょう。西洋諸国は神を殺し、神々の誕生を誘発しました。多くの神々がいれば必要となるのは話し合いであり、コミュニケーションです。その核となるのは真実ですがそれには数学や論理学が不可欠です。但し、人は自由より隷属を好む人が多いのである程度の被害が発生して更に追い込まれるでしょう。

コメント
ある情報に意味があるかどうかを検証する事は重要ですが、これを追求し過ぎると形而上学という怪物を連れてくる事になります。
'本当に、ある記事が真実かどうかを確かめるには、現地に飛び、関係者の話を自分で聴くなどするしかない'と私はよく言います。しかし実はそれでも真実か否かは判断できません。人は時に嘘をつくものだからです。つまり、ある噂がデマか本当かという論争は、理論上決着がつかない故に不毛な言い合いになるのです。重要なのはソースの真偽ではなく、その後の結果ではないでしょうか。
情報の激増の果てに何があるのか。まずはじめに混乱や錯乱があります。その錯乱は'社会の、社会による大規模な自傷行為'※によっていったんの収束を見ます。その後に待っているのはおそらく人々の空虚感と喪失感です。社会の自傷行為の末に生き残った人々は、そこから社会をやり直すわけです。
※この現象を個人的には'社会自殺'と呼んでいます。
おそらくは、情報という名の新しい'火'を活用できるほど人類は大人ではなかったのです。火遊びをした子供はたいてい、結果的に火事などの損失を招きます。'特に重要度の高い情報を扱うのは、精神的な大人に任せる'という方針は正しいかと思います。
個人的には、
>1日1時間の勉強を50年行う水素文明
>社会人による生涯学習に大学設備を従属させる
のくだりがいいですね。
ただ、ギアス風に言うならば、
「よし!これで条件は全てクリアされた!」
からと言って敵にその手札を見せてしまうのはどうかと思います。こちらの優勢ぶりを見せたくなる気持ちはわかりますが、相手はカードが見えれば当然対策を打ってくるからです。チェスなどの戦略ゲームの基礎の中に、'ポーカーフェース'と'手札を見せない'事は含まれていると考えます。
Posted by 枢木 at 2008年8月21日 16:45