滅びの命
イラン:28年ぶり米産小麦の輸入再開 日照りで生産減少
【ワシントン斉藤信宏】イスラム革命後の80年に米国との国交を断絶したイランが、28年ぶりに米国産小麦の直接輸入を再開していたことが明らかになった。米紙ウォールストリート・ジャーナルが報じた。 同紙によると、イランによる米国産小麦の輸入量は、6月からこれまでに100万トンを超えているという。米政府は核開発疑惑などに絡み、イランへの経済制裁を実施しているが、農産物の輸出は禁じていない。イランでは、日照りの影響で今年の国産小麦の生産量が昨年の1500万トンから約1000万トンまで落ち込むと予想されている。
出典:毎日新聞
世界中でStampedeと呼ばれる現象が発生している。日本では猿とゴリラとオラウータンが地球温暖化対策と騒いでいる。しかし、もう手遅れだ。グリーンランドの氷が阻止限界点を越えて溶けた為にヤンガー・ドリアス寒冷期と同じ現象が発生する。中東諸国は農業が壊滅的状況になる。既にイランでは1500万トン作れた小麦が1000万トンしか作れない。サウジアラビアは世界有数の小麦輸出国だったが後数年でそれが全滅に近い状態になる。乾燥地域から膨大な数の難民が民族移動を始めるだろう。日本は国境を固めるために核装備を含めて防衛力を高めなければならないし、私がいうまでもなくStampede的にその現象は発生するだろう。江戸時代の超平和主義から大日本帝国の軍事主義に日本は変化した。戦後はアメリカの核の傘の下、平和主義が跋扈したがそれも再び逆転する。
Stampedeとは説明するまでも無いがパイソンやゼブラ、鳥の群れに見られる現象である。ある一匹の仲間が動き始まるとそれが群れ全体へと波及し、一斉に行動を始める。それが外敵の場合もあるがそうでない場合もある。人は自分の利益の為に他人を酷使したり大量虐殺できるほど精神が強くは出来ていない。多くの場合は集団の利益を言い訳に人には言えない行動をとる。日本企業のサラリーマンにはその影響が非常に強い。本来は自分の為だが、部下には会社の為という嘘をいい、家族には生計の為という嘘を言う。嘘に嘘を重ねて来た為に日本の社会は不安と不信で一杯になってしまった。
関連コラム:アメリカ国防総省のレポート
子供は親の鏡
知的障害者ねらい暴行、恐喝...少年グループ逮捕 2008.8.22 12:00
知的障害者を狙い暴行や恐喝を繰り返したなどとして、警視庁少年事件課と青梅署は、いずれも東京都青梅市の無職少年(16)や中学3年の少年(14)ら14~16歳の少年8人を逮捕、13歳の少年を児童相談所に送致した。
(中略)
脅し取った現金は健康ランドやゲーム代などに使っていた。
中学3年の少年は、「自分より弱そうな相手を選んだ」と容疑を認めているが、「障害者をいじめて何が悪い」と反省の態度はないという。
出典:産経新聞
ジャック・ラカンが面白い事を言っている。
"
鏡像段階論 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
初期ラカンを代表する、発達論的観点からの理論。
鏡像段階論とは、幼児は自分の身体を統一体と捉えられないが、成長して鏡を見ることによって(もしくは自分の姿を他者の鏡像として見ることによって)、鏡にうつった像が自分であり、統一体であることに気づくという理論。生後6ヶ月から18ヶ月のあいだに幼児はこの過程を経るとされる。
幼児はいまだ神経系が未発達であり、自己の身体の統一性を獲得していない(「寸断された身体」)。そこで幼児は鏡に映る自己の姿を見ることにより、自分の身体を認識し、自己を同定していく。この鏡とはまぎれもなく他者のことでもある。つまり人は他者を鏡にすることにより、他者の中に自己像を見出す(この自己像が「自我」となる)。
すなわち、人間というものはそれ自体まずは空虚なベース(エス)そのものであって、いっぽう自我とはその上に覆い被さり、その空虚さ・無根拠性を覆い隠す(主として)想像的なものである。自らの無根拠や無能力に目をつぶっていられるこの想像的段階(この段階が鏡像段階に対応する)に安住することは、幼児にとって快いことではある。
しかしながら、人間が自己同一性や主体性をもち・それを自ら認識するには、言語の媒介・介入が欠かせない。つまり象徴界へと参入するということは、想像界に安住するのを禁ずる父の命令(「父の名」)を受け入れることであり、このことは社会的な法の要求を受け入れること、自分が全能ではないという事実を受け入れることと同義である(なおこの受け入れ過程は、幼児の全能性=「ファルス」を傷つけることという意味で、「去勢」と呼ばれる)。こうして、人間は自らの不完全性を認めることによってはじめて、不完全であるところの自己を逆に積極的に確立するのである。
逆に見れば、自己を同定し、自我を確立するためには他者が必要だが、決してそこで真の自己と出会えるわけではない。人は常に「出会い損ね」ている存在なのだ。ここに人間の根源的な空虚さを見出せるとも言える。
このように、彼の言う「我、思わぬ故に我あり」は、フロイトの「エスがあったところに自我が生じなければならない」という警句の別言である。ラカンの鏡像段階論は、フロイトのエディプス理論のラカン的読み替えなのである。
"
人間の成長が鏡像関係にあるならば父親が弱ければどうなるだろうか? ひたすら弱い人間に対して集団で苛め抜くという行動になる。不正や外敵ではなく、身近で弱い存在への攻撃によって集団全体の利益を犠牲にして個体の利益を増大させる。しかし、個体が全体の一部であるので結局は個体も弱くなり消滅する。日本人は言語的文化的に均質で島国という環境である。よってStampedeが非常に発生しやすい。個体Aの許容範囲や警戒範囲と個体Bのそれが似通っている為である。我々が外部より情報を提供すれば自分の殻に入る官庁や学界は劇的な創造的進化を引き起こすと考えていた。これはこれで間違ってはいなかった。
しかし、それ以上の速さで発生したのが自滅という破壊である。どんなに破壊を繰り返してもそれだけで創造は発生しない。然しながら創造的行動は、それが窒息しそうな密閉空間にいる人間には破壊衝動となること、そして、その拡散速度は創造的な人間の数的増大より大きいとは計算できなかった。我々は国境を突破できる人間だからだ。
このことは少し考えれば理解できることだった。
破壊が嫌いな人間は自由な創造できる場所を求める。類は友を呼び創造は融合的創造を誘発する。破壊が好きな人間は個別に破壊行動を取るが、創造によって誘発される破壊の方が単発で繰り返される破壊より破壊力が数次元は上である。昔、ダイナマイトやマシンガン、核兵器を作った人間はこのような大きな殺傷破壊力のある兵器が誕生したのだから戦争という破壊はなくなるだろうと考えた。ダイナマイトもマシンガンも核兵器も、創造的な産物である。然しながら、創造的な人間は単体で破壊を行う強盗殺人犯よりも圧倒的な多数の人間を圧殺した。
今回、世界はインターネットや衛星放送、携帯電話で結ばれている。情報は安いコストで送受信される。知的レベルの高い人間は知的レベルの高い人間を必然的に結ばれる。当然、創造的な世界が発生する。非創造的な人間はそれを無視するか、それを購入したり鑑賞するしかない。非創造的な世界にいれば創造力は必然的に退化していく。精神的に出口がなくなり、経済的に劣悪化する。待っているのは硫化水素のような自滅的な行動である。
弱い男、特に臆病で惰弱な父親は罪である。この事は遠からずStampede 創造が誘発する破壊により実証されるだろう。
破壊が嫌いな人間は創造すればいい。しかし、それは結果としてより多くの破壊を生み出す。世界的な気候変動は既に発生した。人は創造しなければ、環境の変動によって更に多くの人間にとっての破壊を経験するだろう。日本人は群集心理で動き始まる。その制御が腕の見せ所である。絶対守護領域からどの程度の制御ができるかはわからない。但し、創刊二周年を期して主力執筆人の多くは『連山』からは消える。それは創造の影響による破壊を可能な限り抑える為である。『連山』を読んだだけで自分なりに解釈してちゃんとした教本(現在、日本語版を作成中)を使わず素人の生兵法で環境問題を行えばより大きな破壊を必ず生み出すだろう。制御とは順番を決めることである。それぞれの知的レベルにより、ある時は映画、ある時はゲーム、ある時は書籍、ある時は議論、などで情報を複合伝達する統合準備を行っている。平均的に順番を決めずに文字データだけで情報を送った場合、25%以下の伝達率しかない。同じ情報を送る場合でも、順番や分量、方式を考えるのが制御である。その集大成がサイバードクトリン(制御理論)であり、その実践がサイバー教育である。孤立したグループも、最低一つは形態共鳴能力のあるメンバーが必要である。黎明期だけにその数が圧倒的に足りない。日本本土でももう少し総合的に歴史を微分し解析し積分し演繹し帰納法処理する人間がいるものだと考えていた。それは少し難しかったようだ。日本が第二次世界大戦で敗れたのも第一次世界大戦の被害が少なかったからだ。日本が非対称戦争(マネー戦争、テロ戦争、情報洗脳戦争)で苦戦しているのも冷戦での被害が少なかったからだ。米ソは冷戦で大きく疲弊し、ドイツは分割されたていた。アジア通貨危機の痛みも日本は軽かったが、非対称戦争の激痛を感じ始めている。日本の財政はインフレと高齢化によって破滅的な状態に突入した。これを変革のチャンスと取るか、ピンチと感じるかは、ここ20年の人生がそれを決めるだろう。過去の実績が最重要となる時代であり、現代の行動が次に重要となる時代である。それが情報社会の時代であるからだ。
関連コラム:民主主義の末期に誕生する人物
