ヨブ・トリューニヒト
トリューニヒトは、田中芳樹さんの小説「銀河英雄伝説」に登場する自由惑星同盟の政治家で、国防委員長を歴任後、同盟最高評議会議長に就任、銀河帝国との戦争敗戦の責任を取って辞任しています。ルックスがよく、彼の笑顔により、同盟市民からの受けがよい。彼の支持者は、政策や理念ではなく、その笑顔に対して投票したのだと言っても暴論ではないでしょう。自由惑星同盟は多くの問題を抱えていた。だが、自分達で問題を解決するよりも、誰かにやってもらって自分達は無責任に批判するだけという立場に自らを置いていた。軍隊や政府の上層部はトリューニヒト派で占められ、少数の反対派は沈黙するか、閑職に回されていた。また、政治の失敗を追求すべき報道機関やマスメディアは、政府と一緒にダンスを踊り、一部批判勢力に対しては暴力組織である憂国騎士団を使って圧力を加えていた。どこぞの国に似ています。
自由の意思を持った個人
民主政治は、自由意志を持った個人が集まって、多数決を原則として意思決定を行います。民衆に選ばれた為政者が政治権力を握るため、為政者の失敗はその人を選んだ民衆自身の責任となります。選挙で適切な人を選ばなかったのが失敗の根本原因というわけです。民主主義は、古代ギリシャ時代にその起源がありますが、その当時ですら、扇動的な政治家(デマゴーグ)が魅力的なことを主張し、欲望をちらつかせることで、衆愚政治と化してしまい、アリストテレスやプラトンなどの哲学者達の批判を浴びてきました。銀河英雄伝説で、トリューニヒト議長が自由惑星同盟が全面講和を受け入れるとの決定をした際、アイランズ国防委員長の抗議に続いて、宇宙艦隊司令長官ビュコック元帥は、次のように発言しています。
責任をともなう個人
「要するに、同盟は命数を費(つか)い果たしたのです。政治家は権力をもてあそび、軍人はアムリッツァに見られるように投機的な冒険にのめりこんだ。民主主義を口にとなえながら、それを維持する努力をおこたった。いや、市民すら、政治を一部の政治業者にゆだね、それに参加しようとしなかった。専制政治が倒れるのは君主と重臣の罪だが、民主政治が倒れるのは全市民の責任だ。あなたを合法的に権力の座から追う機会は何度もあったのに、自らその権利と責任を放棄し、無能で腐敗した政治家に自分たち自身を売り渡したのだ」
二人の英雄
また、バーミリオン星域会戦後のラインハルトとヤンの会見では、より辛辣に語られています。
「それほど民主主義とはよいものかな。銀河連邦の民主共和制は、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムという醜悪な奇形児を生んだではないか」 「‥‥‥‥」 「それに、卿の愛してやまぬ-こととは思うが-自由惑星同盟を私の手に売り渡したのは、同盟の国民多数が自らの意思によって選出した元首だ。民主共和制とは、人民が自由意志によって自分たち自身の制度と精神をおとしめる政体のことか」 そこまで言われると、ヤンは反論しなくてはならない。 「失礼ですが、閣下のおっしゃりようは、火事の原因になるという理由で、火そのものを否定なさるもののように思われます」 「ふむ‥‥」 ラインハルトは唇をゆがめたが、そのようなしぐささえ金髪の若者の優美さをそこなうことはできないようであった。 「そうかもしれぬが、では専制政治も同じことではないのか。ときに暴君が出現するからといって、強力な指導性をもつ政治の功を否定することはできまい」 「私は否定できます」 「どのようにだ?」 「人民を害する権利は、人民自身にしかないからです。言いかえますと、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム、またはそれよりはるかに小物ながらヨブ・トリューニヒトなどを政権につけたのは、たしかに人民自身の責任です。他人を責めようがありません。まさに肝腎なのはその点であって、専制政治の罪とは、人民が政治の害悪を他人のせいにできるという点につきるのです。その罪の大きさに比べれば、100人の名君の善政の功も小さなものです。まして閣下、あなたのように聡明な君主の出現がまれなものであることを思えば、功罪は明らかなように思えるのですが‥‥」
橘みゆき 拝
日本精神
『連山』は圧力者から執筆人を守ります。しかし、多くの場合は圧制者も同じ日本人です。西洋のチェスと日本の将棋の最大の相違点は取った駒を使えるかどうかです。政治家も人間ですし経営者も日本人です。無闇に潰すよりも味方に出来ればどれだけ素晴らしい事でしょうか。読者コラムニストはペンネーム又はアラカルト、オムニバスにて匿名にての投稿が可能となります。チーム制ながら無秩序を避ける効果的な戦略を重視しています。自由な討論により衆議を尽くし秩序を生み出す空間を提供します。人は常に成長します。故に人は大事にしなければなりません。人は自分だけでは足りないので友を作ります。まず友を大事にすることが未完成な人が完成に近づき秩序を生み出します。秩序は心の平穏を生み出すでしょう。その為に必要なものがコミュニケーションメディアです。そして、それは『連山』の場合は、読者だと思います。
