八王子城落城の教訓

豊臣秀吉が小田原攻めしたとき、唯一の殺戮戦が八王子城で繰り広げられました。そんなこともあって、東京でも屈指の怪奇スポットです。行くのはお勧めしません。だいぶ前に私が行ったときは、昼だというのにわき道の小川が真っ赤に染まっていました。本丸跡まで行きましたが、面白半分で行くような場所ではありません。

八王子城は北条氏でも戦上手の北条氏照(北条氏政の弟)が城主でした。小田原城で籠城の際、八王子城主は小田原に行き、老臣が城を守ることになりました。前田利家、上杉景勝の連合軍1万5千に対し、守備側は千人足らず。1590年6月23日の早朝から攻められ、奮戦むなしく1日で落城し、女子供を含む全員が一方的に殺されました。

籠城して勝ち目があるのは、包囲されている敵軍を上回る味方の援軍が期待される場合と、敵軍の補給が困難となった場合くらいです。城主を欠いて、攻撃側の兵力が守備側の10倍以上、援軍も期待できないという条件では勝つどころか時間稼ぎもできません。勝者は勝ちを確定するために、敗者は負けを認めるために戦いを始めるのでしょう。

八王子城の歴史のホームページを見ると、北条氏も小田原評定なんかやってないで、八王子城が落城した時点で降伏していれば、領地は減らされても有力大名の1つとして残ったのではないでしょうか。戦で敗北が必至となった場合、いかに犠牲を少なくして負けるかを決めるのが生死の分かれ道となります。

橘みゆき 拝  2006/07/22