レ・ミゼラブル

先日、さいたま市のコンビニに強盗が入りました。犯人は69歳の男性。もう何日も食べていなかったから、5000円を店員から奪って逃げたそうです。生きるために罪を犯すという事件が度々報道されます。このような事件を見るたびに、レ・ミゼラブル(ジャン・バルジャン物語)を思い出してしまいます。パンを盗んで刑務所に入れられ、脱走してはつかまって、結局19年も刑務所に入っていたというのがこの物語のスタートです。彼は並外れた力持ちだったので、港で港湾労働者として稼いでいれば犯罪を犯すこともなく、物語として語られることもなかっただろうに……とミュージカルを見たとき、そんな感想を抱きました。(友人にはかなりヘンだと言われました)

生きるため、当面の糊口をぬぐうために犯罪を犯す。似たような事件は今後増え続け、ニュース性もなくなるでしょう。世の中で起こったことの全てがニュース記事にはなりません。読む人が興味を持って読んでくれるであろうと作り手が判断したものが記事になります。当事者には悲劇であっても、類似のケースが多く発生するのであれば埋もれてしまいます。殺人や自殺、交通事故でニュースになるのはほんの一部です。もちろんニュースにならないからといって、存在しないことではありません。

困った人を地域で助け合う仕組みを維持するとして、だれがそのお金を負担するのかを考えると、お金持ちの人に多く負担してもらうにしても、それだけでは足りません。働ける人みんなで出し合う必要があります。こういう場合なら助けましょうという合意があって助け合う仕組みが機能します。そのため、助けてもらう人は、多くの人にお金を出してもらえるような理由が必要となります。私は弱者なのだから助けてもらうのが当然だという態度をとると、嫌われてしまいます。「いつもすまないね~ゴホゴホ」という決め台詞は、昔話で多用されていますね。

わが国の憲法に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が書かれていますが、実際に、事故や病気、失業などの理由で収入の道が断たれてしまった人の前では無力です。生活保護の受給申請者が増える一方、地方自治体の財政難でなかなか認められないのが現状です。福祉にできるだけ頼らず、働ける限り働くことを奨励する仕組みとなっています。(生存権は国の努力目標であって、生存権が侵された人が生活費を要求してもダメという判例もあるそうです)

橘みゆき 拝  2006/08/25

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