連載コラム11 楽園ロタ島:ランドシャフトで楽園を創る









前回の連載コラム10では、その建設について(再び)議論されているカジノ・プロジェクトについてお話し、楽園ロタ島での新しい観光のあり方を提案した。今回は、ロタ島に気持よい楽園を創るために、島の自然や環境、そして構造物(市街地、道路、建物など)に対する直感的で簡単な評価法について、近自然学から提案したい。その評価の物差しとなるのが『ランドシャフト』という新しい概念だ。



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1.楽園は『気持よい』所



皆さんは『楽園』と聞くと、をどんな情景をイメージされるだろうか?

いずれにしても、静かで、きれいで、自然豊かで、居心地よく、快く、そして気持よい場所だろう。そしてそれはある特定の人だけに当てはまるのではなく、楽園に住むすべての人たちに共通のことに違いない。



楽園をヴィジョン(理想像)としたロタ島では、当然のことながら、住んで気持よい場所の実現を目指す。どうしたら、そんな素晴らしい楽園が実現できるのだろうか? 近自然学ではどんなソリューション(解決策)を用意しているのか?



そのためのツール(道具・方策)が『気持よい』をキーワードとした『ランドシャフト』なのだ。



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2.ランドシャフトとは?



ランドシャフト』とは、かつて『景観』と日本語に訳されたドイツ語だ。しかし、景観という表現は(一般的には)見た目を主に意味するので正確な訳語ではない。そこで、最近では『景域・風景・風土・情景・心象風景』などと様々な表現が使われるようになった。英語の『ランドスケープ』に相当するが、その意味するところは少々異なる(注1)。ドイツ語のランドシャフトのでは、近年のヨーロッパにおける環境・エコロジー・人間心理などに対する意識の変化に伴い、その意味が大きく変わりつつある。最先端の意味は『五感+心(感動)』だ。つまり、視・聴・嗅・味・触覚という五感で感知する事柄と、それによって我々の中で起こる感動・恐れ、好き嫌いなどの感情や心の動きを足し合わせた物のことだ。



例をあげよう。今、ロタ島の小道を散策してるとしよう(写真)。








ロタ島の素晴らしい眺望を堪能しながら歩く。珍しい小鳥との出会いにワクワクし、その愛らしい姿やさえずりを心から愛おしむ。潮の香りをはらんだそよ風に疲れた心身が癒され、柔らかい草原の小道を踏みしめる感触を一歩一歩楽しむ。そうすると、心の底から生きている歓びが湧き上がってくるだろう。



素晴らしい景色はもちろんランドシャフトの重要な要素だ。しかし、我々は景色を見ているだけではない。同時に、風の音、潮騒の音、小鳥のさえずり、場合によっては雨の音、山鳴り、雷鳴……などに耳をすます。これらの音も重要なランドシャフトだ。また若葉の香り、草花の匂い、風の香り、雨の匂い、磯や潮の香り……などを嗅ぐ。これらの匂いもランドシャフトに欠かすことができない。さらにフルーツやハーブや水や食事の味……これらもランドシャフト。そして、風が頬を撫でる感触、小道の砂利や草を踏みしめる感触、海で泳ぐ時の波の感触、食事の時の歯ごたえや舌触り、着物の肌触り……これらの感触もとても重要なランドシャフトなのだ。

以上が五感で受け取る情報だが、さらにそこから生じる我々の中での反応がある。感動、興奮、安心、愛おしさ、憐憫、恐れ、不安、畏怖、畏敬、ワクワク、イライラ、ドキドキ……などの感情だ。つまり心の動き。



つまり、これら全てを合わせた物が『ランドシャフト』なのだ。



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3.良いランドシャフトとは?



では、『良いランドシャフト注2)』とは何なのだろう?



それは『気持よい』ことである。つまり『グッド・フィーリング』だ。

もっと言うと、快い、心地よい、居心地よい、美味しい、美しい、楽しい、愉快、好き……などなど。誰しも、こんな状態が大好きだし、いつもそうありたいと願っていよう。



しかし、もしかしたら皆さんは気持よいことに、一抹の不安とある種の後ろめたさを感じてはいないだろうか。または、快楽主義(注3)と取り違えていないだろうか。快楽は快く楽しいことなので、素晴らしいのだが、快楽、それも肉体的官能的な快楽が人生における唯一の目的となる快楽主義は少々問題があるかもしれない。肉体の快楽に耽るという状態に我々はモラルからだけではない抵抗を本能的に覚えるわけだ。



『気持よい』のは、本当はとても重要なことなのだ。



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4.気持よいと……生き延びやすい!



なぜ『気持よい』のが重要なのか?



それは、『素晴らしい人生』を実現してくれると同時に『生き延びやすい』ことにつながるからだ。



それはなぜか?



我々人類はその数百万年の歴史の中で何度も危険な目に遭ったであろう。そんな危機を乗り越えれなくて消えていった人類が沢山あることも分かっている。しかし我々の祖先はその都度うまく危機を回避してきた。だから、今、我々が生きているのだ。つまり、我々には危機を敏感に察知しそれにうまく対処する能力が備わっているのだ。

地球上の他の動物たちのそれと同様に、我々の五感(視・聴・嗅・味・触覚)も危険を察知するセンサー(外界の情報を検出し伝送する器官)として発達したことが分かっている。このセンサーがとても鋭敏なので、我々は生き残ったとも言える。もちろん、危険のあるなしを危険や安全としてダイレクトに認識する場合もあるだろう。しかし、それは大きな危険の場合であって、危険がもっと小さい場合、我々はどう感じるのだろう?



それが、『気持よい・気持わるい』なのだ。



危険センサーである五感に違和感がないのが『気持よい』状態だ。これは我々が、危険が少ない、食物や水が豊富にある、健康によい、子孫が繁栄する、生き延びやすい……などを直感的本能的に察知しているという意味である。快い、心地よい、居心地よい、美しい、美味しい、愉快、好き……などもそれだ。

逆に、危険センサーである五感に違和感がある状態が『気持わるい』だ。これは我々が、危険が潜んでいる、食物や水が少ない、健康を害する、子孫が繁栄し難い、生きていく上で不都合がある、生き延び難いことなどを直感的本能的に察知してるという意味だ。不快、心地わるい、居心地わるい、醜い、不味い、不愉快、嫌い……なども同様である。



つまり、『気持よい』のはとても重要なことなので、もっと大事にしたい。








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5.良いランドシャフトと悪いランドシャフト



我々人類には危険を察知する能力が備わっていて、それは『気持よい』『気持わるい』という形になって現れることをお話した。そうすると、「『気持よい、気持わるい』は個人的な物で、人によって違う」という反論が来そうだ。確かにその通りだ。しかしながら、人類に共通する基準があることも事実らしい。私が今までスイス人、ドイツ人、日本人、アメリカ人、チャモロ人などに講演した際に確かめた経験からも、それは言えそうだ。



ここで、いくつかの写真をお見せしよう(写真8対)。皆さんは、対の写真の左右のどちらを気持よいと感じ、どちらを気持わるいと感じるのだろうか?






左のような直線道路では事故が多いことが分かっている。右の蛇行した道路は環境に配慮してるだけではなく、運転しやすい上に安全なのだ。

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右の小川の方が魚を含めた動植物が格段に多い。つまり食べ物が豊富ということ。水質浄化能力も高く、しかもローコスト。思わず入って行きたくなる。

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右の川では動植物が多く、水辺へ近づけ、水質浄化能力も高い。しかも水害に対する安全性もしっかり確保されている。

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右の混交林は下草も生えて植生が豊かだ。野生動物のエサも多い。

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右はスイスの中世の町並みを残している街。クルマは通行禁止で排ガスがなく、街に住民の生活が感じられる。

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右は交通量が少なく木陰も涼しげなロタ島の道。思わず歩きたくなるのでは?

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左の高潮堤は住民の生命財産を守るための物だ。問題は、危ない場所に人間が住むことと、住民が海と折り合いをつけて生きる知恵を失ってしまったことだろう。子どもの頃遊んだ静岡の浜が高潮堤で覆われてしまったショックから、私はいまだに立ち直ることができない。

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左は典型的な近代文明のしわ寄せであるゴミ。使われる材料や製造はすべて石油依存である上に、素材が製品の耐用年数を過ぎても自然分解しないのでゴミとなりやすい。右はチャモロの伝統的文化である丸木舟。ロタ島でとれる木を使ってマンパワー(人間の労働)で作られる。しかも壊れたら薪として利用できる。エンジンが付いていないとバカにしてはいけない。モーターボートは石油がなくなったらどうするのだろう?

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様々な国や文化の人々に、上のような写真を見せながら「Do you habe a good feeling?(気持よいですか?)」と聞いたわけだが、例外なく左の写真を「No!」と、右の写真を「Yes!」と答えた。実は私自身もそう思うのだが、恐らく、皆さんも同感なのではないだろうか。この共通性は偶然ではない。



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6.近自然学からの提案:ランドシャフトを使ってロタ島に真の楽園を創ろう!



危険に対しての感覚に関して、細かな個人差は当然あるだろうし、国や文化による違いもあるかもしれない。しかし、おおまかには全世界の全人類が似たような感覚と反応を持っているようだ。それは頭で考える理屈ではなく、誰でもが直感的本能的に感じるもので、もしかしたら遺伝子の中に何らかの形で書き込まれている可能性もある。動物は学習しなくても危険に対して正しく反応できることが分かっているからだ。

我々人類の場合、小さな危険の有無に対しては『気持よい』かどうかという形で現れる。そしてそれは同じような危機を乗り越えてきた人類が共通に持つ危険察知能力のようだ。現在の環境や気象の変化に対して、多くの人が「何かおかしい」という違和感を持っているが、これも我々の危険察知能力が警鐘を鳴らしていると理解できよう。



そこで、この誰もが持つ危険を察知する能力を活用して、自然や環境やまちを住みやすくてきれいな上に、健康で安全にしたい。つまり、『気持よい』かどうかで、自然や環境やまちを見直し、より『気持よい』方向へ改善しようというわけだ。もちろん、専門家による科学的な調査と評価が不要なわけではない。しかし、『ランドシャフトと気持よさ』による評価なら誰でも参加でき、しかもかなり正確な評価が瞬時にくだせる。誰でも参加できるので多くの人たちが参加できよう。それは広い範囲に監視の目が行き届くことを意味する。また、瞬時に評価できるということは迅速な対応が可能という意味であり、自然環境が破壊されて取り返しがつかなくなる前に対処できる可能性が高くなる。



広い範囲を緩やかに監視するのは、危機管理の鉄則ではないか(注4)。



近自然学からの提案:ランドシャフト(気持よさ)を使って環境を見直し、ロタ島に真の楽園を創ろう!



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2006年11月29日、スイス近自然学研究所にて




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注1)英語の『ランドスケープ』に相当するが、その意味するところは少々異なる

ランドスケープはアメリカで発達した学問で、当然のことながら、広大で厳しいアメリカの自然条件が強い影響を与えている。そこでは、主に都市景観を対象としていると言われる。つまり、デザイン的な意味合いが強いわけだ。

それに対して、スイス・ドイツ・オーストリアのランドシャフトは、造園学から独自に発達した景観工学に根ざし、自然も田園も都市もその対象となる。特に、近年では人間との関わりが重視されるようになった。つまり、人間がどう感じるかを考えて対処することだ。





注2)良いランドシャフト

良い悪いは我々の判断の問題だ。良いとは我々にとって都合の良いという意味。故に、良いランドシャフトとは、我々に都合の良いランドシャフトということ。





注3)快楽主義

古代ギリシアに始まった倫理学のひとつであるヘドニズムのこと。

快楽(特に、官能的な欲望の満足によって起こる快い感情)を人生の最高で唯一の目的、または唯一の善と考え、行動の原理(行動の正しさや義務の基準)とする立場、または生活態度のこと。18世紀のフランスにおける唯物論や功利主義にも通ずるだろう。

快楽のみを追い求め苦を避けようとするため、場合によっては、利己主義、功利主義などにもなり得る。故に、主義そのものは個人の自由だが、社会生活の上からは問題が生じやすいと言えよう。





注4)危機管理の鉄則

危機管理上でよくないのは、狭い範囲だけを徹底的に監視することだ。問題がそこで起こるかどうかは確率の問題でもあり、外れた場合は破滅を意味する。

むしろ広い範囲を緩やかに監視し、ある場所で何か異変らしき兆候が見付かったなら、そこを徹底的に調査する。その方が、破滅の危険性を減らせるので、好都合だ。


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