スイス近自然学研究所代表 山脇正俊
連載コラム3


1.ヴィジョンとは何か?
ヴィジョンとは理想像とそれを思い描くこと。つまり、我々の求める理想状態を、具体的な像としてイメージすることだ。何かを実現しようとする場合、具体的な形をイメージできるなら、ほぼ90%、事はなったも同然だ。あとはそのイメージを実際の形にする作業があるだけだとも言える(注1)。
ヴィジョンが重要なのには、2つの理由がある。まず第1点は、理想像をイメージすることが、何かを実現するという我々の創造的プロセスの重要な根幹をなすこと。そして第2点は、プロジェクトなどにおいて、右往左往するムダを減らすこと(図左)。つまり、効率を上げることだ。闇夜の航海での北極星や南十字星のような道しるべとなる明確なヴィジョン(理想像)がなければ、右往左往は必然であろう(図右)。いや、自分たちが右往左往していることすら気付かないだろう。それは右往左往と分かる明確な基準が存在しないからだ。

[ヴィジョンが明確にある場合] [ヴィジョンがない場合]
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2.バックキャスト手法について:
「ヴィジョン→到達目標→手段」の手順
プロジェクトなどにおいて、将来の着地点を決めてから、そこへ向かって進むやり方が、バックキャスト手法だ。プロジェクトを効率良く確実に成功へ導くための一つの手法と言えよう。バックキャストとは後ろへ投げるという意味で、前に投げるという意味のフォアキャストに対する表現である。
バックキャストでは、ポーラスター(北極星)のような、進むべき方向を指し示すヴィジョン(理想像)を、まず考える。これは理想なので、実現できるかどうかは問題ではない。我々が考え得る最高の状態だ。そのヴィジョンに向かう途上に、実際に到達したい目標点(実現したい事柄)を設定する。そして、そこに至る道筋(具体的な方策や手段)を決めて進む(実行する)(図)。

「バックキャスト」の例
高校卒業時に、
*世界平和に貢献するという人生の「ヴィジョン(理想像)」をかかげる。これがこれからの人生の方向性を指し示してくれる。
*次に、国連のしかるべき部署で働くという具体的な「到達目標」を設定する。
*そのために大学で専門知識を得たり、語学学校へ行って英語を勉強するといういくつかの「方策」を選択し、実行する。
「フォアキャスト」の例
高校卒業時に、
*成績が良いので大学に行く。
*大学の成績が良いので役所へ入る。
*役所である部署に配属になったので、そこで最善を尽くす。
というように、その場その場で最良と思われる道を選択していくのが、フォアキャスト手法だ。
どちらが良いか悪いかではない。しかし、限られた時間、限られた予算、限られた労力で目指す成功を収めたいなら、バックキャスト手法が効率的と言えよう。つまり、高い効率を求められる現代のプロジェクトなどでは、是非とも取り入れるべき手法なのだ。
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3.手段と目標を混同してはならない
設定した目標へ到達するための道筋が「方策(手法・技術)」だが、手法・技術そのものが目的になってしまってる例を多く見る。つまり、方策の独り歩きだ。
例えば、経済は我々に豊かさをもたらすためのものだろう。ここでは、我々の幸せが「ヴィジョン」で、豊かさが「到達目標」だ。そしてそれを実現するための一つの「手段」が経済なのだ。しかしながら、昨今、経済のために我々の豊かさ、そしてひいては我々の幸せさえをも犠牲にしていないだろうか?
もしそうなら本末転倒も甚だしい。我々の幸せに貢献しない経済は、手段として失格ということになる。
また、どんなに素晴らしいテクノロジー(科学技術)であっても、それは目標へ到達するための手段である。それ自身が目的になってはならない。
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4.ヴィジョン(理想像)としての楽園
ロタ島のヴィジョン(理想像)は、「地上の楽園」で決まりだろう。さらにその楽園を具体的にイメージしてみたい。
*太陽がさんさんと降り注ぎ、気候が温和で、暑くも寒くもない
*白いわた雲の浮かぶ紺碧の広い空がある
*漆黒の夜空には満天の星がきらめく
*大きな月が幻想的でロマンティックな光を放つ
*清い水がこんこんと湧き、水草が繁茂したきれいな小川が流る
*色とりどりの鳥がさえずり、美味しい果物が豊富に実る豊かな森がある
*色とりどりのサンゴや魚が棲む、エメラルド・グリーンの海がある
*ヤシの茂る純白の砂浜がある
*海ではイルカが泳ぎ、砂浜ではウミガメが産卵する
*自然の恵みである食物が沢山ある(旧約聖書では乳と密が流れるという)
*妙なる調べがいつも流れている
*人と動物が調和して生活し、野生動物たちは人を怖がらない
*皆とコミュニケーションがうまくとれ、平等で仲良く平和に生きる
*話したいと思う人といつでも会話できる
*見たいと思う場面がいつでも見える
*行きたい思う場所にいつでも行ける
*人々は健康で、不老長寿
*あくせく働かなくても皆が満ち足りて幸せに暮らすことができる
*素晴らしい自然と過不足のない豊かな生活が両立する
*理想的な伴侶がいる
*……
などか。
思えば、我々の近代文明はこれらの理想像(楽園)をテクノロジー(科学技術)で実現しようとした努力の積み重ねの結果ではなかったのか(注2)。
「楽園」は不足や過剰がない状態だ。現在のロタ島には、残念ながらその両方がある。しかしながら、上に羅列した項目の中には、ロタ島にすでに存在する物が沢山あることに驚かされる。それだけロタ島は、我々がイメージする楽園に近いと言うことだ。これらを維持したまま、不足を補い、過剰を抑制したい。そのための助けとなるのが、次のリストアップ手法だ。
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5.リストアップ:
ロタ島にある物、ない物、欲しい物
ロタ島の現状を把握するために、以下の点に関してリストアップする。
1)ロタ島にある物
2)ロタ島にない物
3)ロタ島に欲しい物
「ロタ島にある物」とは、住民にとって好ましい物、好ましくない物の両方を含む。そして、好ましいか、好ましくないかを明確にマーク(例えば○×で)する(写真)。

ロタ島に現在ない物で、島民がどうしても欲しいと思う物があるかもしれない。ここで考えなければならないのは、それを実現した場合、現在、ロタ島にあり、しかも住民がかけがえのないと思っている物が壊されないかどうかだ(図)。つまり、広い視野と長い時間に配慮した思考法を持たないといけない。そうでないと、折角新しい物(例えば下図中の黒○印の項目)を獲得しながら、もっと大事な物(例えば下図中の黒×印の項目)を失うことになり兼ねないからだ。

単純な例をあげよう。
近代的な高層建築が欲しいということになったとしよう。しかし、それを実現すると、ロタ島のかけがえのないランドシャフト(ここでは、素晴らしい景観という意味)が壊されることになるだろう。
または、多くの現金収入を得るために、沢山のツーリストを呼びたいと考えたとする。そうすると、航空便などキャリアの問題、空港・道路・ホテル・レストラン・エネルギー・食料・飲料水・汚水処理・ゴミ処理などインフラ設備の問題が生じる。さらには過当競争から勝ち組負け組がハッキリし、貧富の差が広がって行くに違いない。ロタ島の様相は一変し、今ある楽園的なたたずまいと住民の温和な心根は失われてしまうことだろう。
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6.問題点を解決する手法
バックキャストは、大きなヴィジョン(理想像)を遠くにかかげて、それに向かって確実に進む手法だ。それとは別に、現状の問題点を見つけて、それを解決する手法がある(図)。これは、ヴィジョン(理想像)へ近づくのを妨げている障害を取り除くやり方で、我々には馴染みやすいかもしれない。しかしながら、ここでもヴィジョン(理想像)をイメージすることが重要なのだ。なぜなら、問題点とは、「理想と現実の差」のことだからだ。ヴィジョン(理想像)が存在しないなら、問題も生じ得ないことになる(注3)。
同時に我々が往々にして見逃しがちなのが、コンセプトだ。ここではコンセプトという言葉を、問題点の優先順位を意識的に付けるという意味で使っている。重要度の高い問題点、さらには、今ならたやすく解決できる物などが上位に来る。このコンセプトがしっかりせずに、あの問題もこの問題も解決したいという姿勢では、結局、方策がどっちつかずのものとなり、成功はおぼつかない。つまり、プロジェクトの成功のためには、的を絞った明確な姿勢が重要なのだ。

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7.楽園への第一歩
では、どうやって「新しい楽園」に近づくのか?
2つの手法をご紹介した。「バックキャスト手法」と「問題解決手法」だ。この2つは融合させて使うことができる。
例えば、こんな感じだ。
1)まず、我々が考える楽園をイメージする。これがヴィジョンであり、理想像を具体的にイメージすることだ。
2)次に、現在ある物、ない物、そして住民がどうしても欲しい物のリストを作る。
3)欲しい物を実現した場合、現在あるかけがえのない物を失う危険性を考慮する。そして、それでも実現したいのかどうかを熟考し決断する。
4)いくつかの、実現する物(新たに追加する物、今ある好ましくな物を解決すること、さらには現状を変更することをも含む)のリストができる。
5)それらの項目の優先順位を決める。重要な物は当然上位に来る。と同時に、今やれば簡単だが、例えば3年後には解決が難しくなると思われるような物も上位に来る。
6)それぞれの項目を実現するための最も良いと思われる方策を考える。
ここでは、それぞれの方策がお互いにバッティング(邪魔し合う)しないかどうかを確認しておく必要がある。
7)重要なこと、やりやすいことの両面から始めると良い。重要なこととは、例えばグランドデザイン(全体構想)などであり、やりやすいこととは、例えばゴミ拾いなどだ。
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次回より、具体的な項目について徒然なるままに書いていく。
2006年9月29日、スイス近自然学研究所にて
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注1)イメージできるなら、ほぼ90%、事はなったも同然
これはプロジェクトだけの話ではない。スキーやテニスなど、世界の一流プレーヤーは必ずと言っていいほど、イメージ・トレーニングを取り入れている。実際に身体を動かす前に、理想状態をイメージするトレーニング法だ。
それはなぜか?
イメージすることにより、身体が付いて来るからである。イメージすることが現実の形に反映するからだ。元々、東洋哲学では、外面世界は内面世界の投影だと言う。我々は再び、東洋哲学の世界観に近づいているとは言えないだろうか。
注2)近代文明は理想像をテクノロジーで実現しようとした
遠くの人と話すのがテレフォン、遠くへ文章を送るのがテレグラム、遠くの情景を見るのがテレヴィジョン。また、遠くへ移動(テレポーテーション)するのが、鉄道・自動車・飛行機などの交通機関だ。
さらに、十分な食料を確保するために、我々は大規模潅漑(かんがい)を実現し、大量の石油エネルギーと大型機械を投入した近代集約農業を開発した。
これらが良いか悪いかは別として(石油枯渇を目前に控えた今、大きな見直しを迫れられている)、近代文明は、我々の理想像である楽園をテクノロジー(科学技術)で実現しようとした試行錯誤の繰り返しであった。
注3)ヴィジョンが存在しないなら、問題も生じ得ない
プロジェクトなどでは、ヴィジョン(理想像)が明確に存在しないにもかかわらず、解決すべき沢山の問題点があげられていることが多い。論理的にはおかしな話である。問題点とは「理想と現実の差」のことだからだ。ヴィジョンがなければ、どんなに惨めな現状であっても問題は生じ得ない。にも関わらず、沢山の問題点があげられる。これは、明確なヴィジョンが定義されていなくても、個人個人の中におぼろげなヴィジョンがあるからだ。しかしながら、ヴィジョンがおぼろげなので、問題点も不明瞭となる。不明瞭な問題点の原因は曖昧(あいまい)となり、そんな問題の解決策を見つける作業は至難だろう。